第十二章 準備と違和感4
楓から問いに、ハッキリとした答えを出せないままその日は過ごしてしまった。
気にしないようにしていた些細な違和感を、指摘された気分だ。
雫と綺羅坂が楓と共に食事を作り、それを俺と優斗がごちそうになる。
食後は他愛もない話で盛り上がり、その様子を少しだけ離れたところから見ている。
そう……変わらないはずなのだ。
一見して、互いが適度な距離を保った関係性。
でも、決して同じではない。
雫は想いを告げ、けれど答えを求めず。
優斗がフラれ、でも諦めず。
俺もまた、雫の想いに答えを出せずにいる。
恋とは何なのか、人を好きになることがどういう気持ちなのか未だに分からない。
それによって生まれた、わずかな違いを楓には見透かされていた。
俺を誰よりも身近で見てきた楓だから気が付いた変化。
周りの人には分からない僅かなもの。
それを喧嘩でもしていたのだと、考えたのだろう。
「……喧嘩なんてしてないぞ」
答えの本質は言わず、濁す形でそう答えるので精一杯だった。
不仲とか、相性の悪さなどではなく、今の現状においては普段通りに接するには時間を置くのが短すぎた。
少しでも妹に気を使わせまいと、似合わない作り笑顔で髪を撫でてやることで、その場をしのいだのだ。
「じゃあ班長は真良がやってよ」
教室で、ある法則性により普段とは違う席順で座る生徒。
その中に俺も当然ながら混ざっている。
話したこともないクラスメイトに、勝手に今回の職業体験の班長を任命され、同じく話したことのない男子生徒が同意の声を上げる。
「真良は真面目そうだし、俺もいいと思うぜ」
「……まだやるって言ってないんだが」
普段から賑やかに話したり、その場に参加していないだけで真面目と判断するのは早計だろう。
と言っても、俺も彼らがどのような性格で、どんな生徒と交友あるのか知らないので判断できない。
第一印象で相手の性格を決めるのも、分からなくはない。
同意もしていないのに、名簿リストの一番上、班長と書かれた欄に自分の名前が書き記されていく。
漢字が分からないのか、ひらがなで書かれた名前は、女子生徒特有の丸みを帯びた字をしていた。
なんで、女子生徒はあんなに丸々しい字なのだろう。
とりあえず、ひらがなを小さく書くのはやめような。
なんで「わたし」という文字が「ゎたし」に変換されているんだ。
自信なさげに見えるのは俺だけだろうか。
ものの数分前までは、希望する相手と班が組めなかったことに対して、不平不満を訴えていた彼らだが、担任が聞く耳を持たない姿勢を見て現実を受け入れたのだろうか。
渋々ながら話を進める二人に声には真剣さを微塵も感じられない。
かくいう俺も、今回のイベントに対してやる気十分ではないので人のことは言えない。
強制的に班長にされた俺達の班の話題は、本題からは次第に離れていく。
「そういや荻原たちはどこ行くんだろ?」
「どうだろうね~、私も後で聞いてみるよ」
荻原”たち”と言っているが、男子生徒は雫、女子生徒は優斗の行く場所を気にしているようだった。
自分たちの事よりも、周りの方が興味があるんですね。
それもそうか、彼らは同じ班になれることだけを期待して今回のイベントを楽しみにしてきたのだから。
俺は一人で配られた資料に記載されていた日程と体験場所を再度確認する。
俺たちの班は、最寄り駅付近に建っているホテルに配属されることになった。
幸い、学生に接客業務はさせないのか、部屋の掃除の体験や、風呂場の清掃、ホテルマンの一日に密着する形で体験すると書かれていた。
何気に大変そうな職種に、苦々しい顔になるがこればかりは仕方がない。
「真良って三人と仲いいよね」
「三人……?」
唐突に女子生徒が質問を投げかけてきた。
名前を言え、三人だと分からんだろうが。
どうせあの三人だろうけど……
「神崎さんと荻原と綺羅坂さんだよ!特に神崎さんとは幼馴染なんだろ?」
「まあ、そうだけど……別に幼馴染くらい誰にでもいるだろ」
体を前のめりにして、男子生徒は声を荒げてそう言った。
俺が話す相手が、あの三人くらいしかこの教室内にいないだけだ。
もっと言えば、学年にもいない。
さらに言えば、学校全体を通しても居ないとも言える。
いや、最近は生徒会の人とも話すようになったから、進歩しているかもしれない。
俺の言葉に何か不満な点でもあったのか、二人は嫌そうに表情を変える。
分かりやすくていいと思います。
俺の周りには表情で感情を読み取らせない人が多いので、助かります。
「確かに幼馴染みとかいるけど、あのレベルだとね~」
「そうだぞ、いくら幼馴染とか中学が同じだからって言葉には気を付けろよ?」
「……以後、気を付けますよ」
自分の中で彼らの位置を高く見るのは良いが、人にその価値観を押し付けるのはいかがなものなのだろうか。
俺にとっては、あいつらも普通の生徒だ。
俺らより、少し人脈が広く、容姿と成績が良いだけ。
一人は超が付くほどのお金持ちなだけ。
なんだ、全然普通ではなかった。
これは、ありがたく思った方がいいのかもしれない。
明日からは、三人に敬語を使って正しい接し方に努めるとしよう。
冷めた視線で目の前の男女を一瞥していると、彼らは言葉を続ける。
「そうだ!三人について知ってること教えてよ!」
「それいい!ナイスアイディア!」
何がナイスアイディアだ。
二人だけで盛り上がっているからか、急にこの二人から一秒でも早く離れたいと思っていると、これまた勝手に質問を投げかけてくる。
誕生日や好きな食べ物。
昔の思い出や、彼らの好み。
好みって言っても、異性の相手に対してのだ。
メモ帳でも取り出して、記録しそうな勢いで聞いてくる二人に少しだけ椅子を下げて距離を取る。
視線を机の上に乗せた用紙から、二人へ向けると爛々と輝く視線がぶつかった。
「……聞きたきゃ本人に聞けばいいだろ」
これも一応は個人情報だ。
最近は個人情報の取り扱いには厳しいからね。
俺も気を付けようと、今この瞬間決めたのである。
だから二人の質問には答えられない。
俺が短くそう返事を返すと、二人はつまらなさそうに表情を崩す。
「なんだよ、別に隠すことでもないだろ??」
「誰にも言わないからさ~教えてよ」
この手の誰にも言わないという言葉以上に信用のない言葉はないのではないだろうか。
質問に以前として沈黙を貫く俺の態度に、二人は苦い表情を見せる。
奇遇だな、俺も君たちのことは嫌いになれそうだ。
むしろ、二度と話をしたくないとまで今は思っているよ!
ここ最近、周りの生徒と関わらないことが多くなったからか、この感覚は久しい。
俺を通じて、少しでも優斗や雫に近づきたいという考えが見え透けている人と相対するのは。
何年も似た会話を多数の人としてきたから、慣れたと思っていたんだがな。
久しぶりだと、また感じ方も違うらしい。
視線を横に動かして、生徒に囲まれている優斗と雫を見ると、ついついため息が零れた。
彼らが人間関係という点に関しては、大変だということを再認識しつつも、その彼らと時間を共有したことが長いことも、それでまた面倒な問題が多くある。
何故、俺のような人間が三人と関わるようになったのか、どこからルート選択を間違えたのか考えて視線を動かしいると、綺羅坂が視線に入る。
一人窓側でつまらなさそうに外を見ている。
時折、班の生徒と会話をしているのか口元が動くが、そのたびに周りの空気が重くなっていく。
……頑張って
俺は一人、同じ班になった生徒達の健闘を祈るばかりだった。
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