第十二章 準備と違和感6
授業中の屋上は、静かで居心地が良かった。
昼休みなどは数人の生徒がいる場所も、さすがに今回ばかりは俺達三人だけしかいない。
綺羅坂を先頭に、教室を出た俺達は当然ながら会長の元へと行くはずもなく俺達は屋上で手すりを背に時間を潰していた。
そもそも、学年が違えど授業の時間は同じなのだから、会長も授業中だ。
それに気が付かない担任は、珍しく声を発した綺羅坂に動揺していたとしか思えんな……
今は学校特有の賑わいを微塵も感じず、耳元には風が吹く音だけが聞こえてくる。
「私は真良君を呼んだのであって、あなたは呼んでいないのだけど?」
「お気になさらず、私はただの監視ですので……それに授業中に湊君を連れ出すだなんて非常識です」
「……」
君も教師に嘘ついていたの忘れているのかな?
静かに言葉を交わす二人を横に、校庭に視線を落とす。
偶然か、この時間は体育の授業は行われていない。
誰もいない校庭は、青々とした木々が風に吹かれ葉を飛ばしている。
景観も同じものを毎日見ていると見慣れて飽きてくるものだが、こうして普段見ることのない時間で見てみると何故だが良く見えてくるものだ。
ただ授業をサボって屋上で風を浴びているだけだが……
「それにしても、こういう班行動だと知らない人と話すことが多くなって嫌いだわ」
鬱陶しそうに、髪を掻き揚げて綺羅坂はそう言った。
女子生徒にしては少し短めだが、それでも男子生徒寄りは十分に長い髪は陽の光で反射して輝いて見える。
「大して話もしていないだろ……さっきも連絡先の交換も断ってたし」
事実だけを述べる。
客観的に見て、彼女が話している光景など先ほどの連絡先云々(うんぬん)の会話だけだ。
どこで話していたのかむしろ気になる。
俺の言葉に、少しだけムッとしたように目を細めると、すらりと伸びた白い指で一つ一つ説明を始める。
「まず挨拶で一回、それに女子生徒から話しかけられたのが一回、連絡先の交換で二回……」
「全然話してないじゃないですか」
鋭いご指摘ありがとう。
雫が綺羅坂へ即答で返すが、今回は冷静に言い返す。
「あなたのように毎日誰かれ問わずぺらぺらおしゃべりしている人と比べないでもらえるかしら?……それに彼は私よりも少ないわよ?」
「俺に振るなよ……」
白い手をこちらに向けて、おちょくるような微笑を浮かべて綺羅坂は視線をこちらに向ける。
何も言い返せないだろうが。
話をしたと言っても、自分の事でなく優斗のことがほとんどだ。
綺羅坂の会話の少ないとは、少し意味が違う。
真良湊という人間に興味はなく、あわよくばその周りにいる人たちとの繋がりを得たいがために話しかけてきている。
こうして考えてみると、なんとも情けないものだ。
優斗や雫、綺羅坂との接点を作るためだけの理由で話しかけられているのだから。
だが、俺自身彼らとまともな挨拶も交わしていないし、それを求めていない。
どうせ、彼らとは今回の実習のみでの付き合いだ。
今後、あの二人とは関わることもないだろう。
普段から住む環境が違う。
賑やかに学生という時代を謳歌せんと日々を過ごしている彼らと、ただ静かに暮らしていたいと考える俺では、話す内容も性格も何もかもが合うはずがない。
少しの間だけだが、近くで観察して言葉を交わし、彼らとは仲良くなるのは難しいとの考えにたどり着いたのは自然の流れだろう。
合わない相手と無駄に話を合わせたところで、精神的に疲れるだけで良いことなど一つもない。
やはり、必要以上の交友関係など必要がないのだ……なんて捻くれた考えが浮うかんでくる。
「湊君は良いんです、元々クラスでさえ話す友達も少ないんですから」
「おい……少しは遠慮して言えよ」
子供じみた言い訳みたいになったではないか。
けれど、本当のことだから質が悪い。
幼馴染だから説得力も人一倍だ。
綺羅坂も否定はしないのか、フッと息を吐いた。
冷めた目で、心底うんざりとしたように。
「ただの学校行事にあそこまで盛り上がって……何が楽しいのかしら」
「……」
綺羅坂の意見には同感だ。
一日だけ違う環境で過ごすことに、なぜ彼らはあそこまで楽しそうにするのか。
未知の場所へ行くことへの興奮や、将来への期待。
その他の感情が、彼らの中には渦巻いているのかもしれない。
何故そんな感情が出てくるのかと理由を問われると答えは分からない。
ただ、個人的な見解ならある。
「場の空気がそう感じさせるんだろ……本気で楽しんでいる生徒なんてほんの一握りだ」
皆が何かしらの不満を抱えている。
たぶん、希望通りの場所で仲良い生徒と組めた人だけが、本当の意味で楽しんでいるだけだ。
しかし、周りと合わせることに特化している今の学生は、本音を隠して楽しいと演じていると言ってもいい。
一人、あからさまに不満そうにしている生徒を見て、不快な感情を抱かない生徒はいないだろう。
だから、自分も周りと同様に楽しんでいると演じる。
それが人間関係でも、学業に取り組む姿勢にしても正しいからだ。
綺羅坂に様に感情を素直に表に出して、それを拒む生徒は少なかろう。
「今回の実習に関して言えば、俺や綺羅坂のような人にはやりづらいのは確かだ」
本気で取り組めば、本気すぎると笑われ引かれ、逆に取り組まなければ協調性がないと叱咤される。
常に一人や少数での行動に慣れている人にとってみれば、協調とは厄介なものだ。
だから綺羅坂ほど非協力的でもなく、雫ほど真面目に取り組みもしない俺ぐらいの立ち位置が一番良いのではないだろうか。
「本当に嫌になるわ……」
様々な感情を含んだ低い声音の呟きに、背筋が凍るような感覚に陥る。
不機嫌とか、怒っているとかではない。
ただ単純に嫌気が彼女の感情を支配しているのは、なんとなくだが分かった。
それでか、一つの答えにたどりついた。
「そろそろ戻りましょう……遅すぎると先生も疑いますよ?」
「そうだな……」
雫の一言で、思っていた以上に時間が経過していたのに気が付く。
もうすぐで授業が終わる時刻となる。
名残惜しくも、この静かな屋上を後にすることにした。
確かに日頃から孤立しがちな生徒にとっては、集団行動ともなる学校行事は嫌なものなのかもしれない。
でも、本当に嫌だと感じているのは、もしかしたら雫や綺羅坂、もしかしたら優斗のような常に周りに人が集まるような人気の生徒たちなのだろうか。
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