第十一章 提案と妥協4


 箱と言っても、特別に何か変わったところがあるわけではない。

 ただの箱だ。


 桜ノ丘学園では、生徒からの意見を尊重するために、校舎の各所に意見箱を設置している。

 役員が毎日その用紙を回収して、日々の議題として活動をしているのだが、それに似た考えだ。


 三人が呼び出しを受ける時には、決まったパターンがある。

 大半の生徒が、机やロッカーなどに手紙を入れて呼び出す。


 そして、少数ではあるが本人を目の前に、堂々と伝える二パターンだ。


 その中でも、最も多い手紙……要はラブレター、恋文、差出状、それらを投書する箱を設置しようという案だ。

 ただそれだけ。


 面白みも意外性も微塵もない。

 誰にでも思いつく簡単な発想だが、それだけに実施することは少ないだろう。


 だが、本当にこれで何か変わるのか、気になるだろう。

 目に見えて、大きく何かが変わるということはない。


 ただ、ロッカーや机の中に入れるより、校舎のいたるところに設置されている箱ならば、気軽に出すことができるので、生徒たちの三人を呼び出せないという問題は簡略的すぎるが解決だ。


 まずは、それでいい。

 小さな変化から、初めて行くことが大事だ。

 

 

 

「でも、それだとこの用紙に書かれた内容は解決していませんよね?」


「……でも、何かしらの対応はしている」


 これを書いた人の中に、本当に生徒会が全てを解決してくれると期待している生徒は、果たして何人いるのだろうか。

 もしかしたら、一人もいない可能性もある。


 どの組織でも同じだ。

 変化の希望要望を集めると言っても、実現されるのは最低限のものばかり。

 

 妥協すれば、これくらいなら話が伝わっていたのだと相手に思わせることができればそれでいい。

 この問題でも近しいものがある。


 生徒もすべてが解決すると思っていないが、生徒会が何かしらの対応策でも考えてくれれば御の字。

 むしろ、スルーされないように過剰な書き方までしているかもしれない。


 告白とは、友人にすら恥ずかしいと感じて、公(おおやけ)に話すことができない話だ。

 大半が一人でこそこそと計画を進めているパターンが多い。


 小さな変更点でも彼らにとってはありがたいものなのだろう。


 だから、それに甘んじで簡単にかつ、迅速に対応できる案でこちらも対応する。

 

「曜日も時間も設けない、あとはお前たちに直接呼出しをするのではなく、この箱の中に投書してもらうことで三人も選択の余地ができる」


 面と向かって話されたら、中々断りづらいだろう。

 それに、大体が当日の放課後を指定する。


 だが、間に一つ挟み、投書したその日の呼び出しは禁じれば、彼らにも余裕ができる。

 放課後予定があるなら、後日にしてもらうなどができるからな。


「それと、最後に手紙の返事をすると決めた生徒だけの話を聞くことにする」


 厳選する……そう言うと、偉そうに感じてしまう。

 しかし、三人がこの人からなら話を聞いてみたい……そう感じた人にのみ返事を出す。

 

 こうすることで、余計な呼び出しを回避できる。

 一人一人に馬鹿正直に応じていたら、毎日どこかしらに行くことになる。


 運試しやおふざけ半分の生徒もいるんだ。

 優斗や雫が手紙を読んで、この人は本気なんだと思ったら応じて、その場で彼らなりの答えを出してもらえればいい。


 最後の判断は彼らに委ねる形になるので、生徒会が加入しすぎることもない。


 そうすれば、双方に少なからずの利点があるはずだ。


 生徒達側で言えば、書式とはいえ告白をするきっかけを与え、受ける側からすれば急な呼び出しを避け選択の余地ができる。

 俺が思いつく案と言えば、これくらいのものだ。


 あとは三人に委ねる。

 静かに三人の表情を伺うが、雫は数回頷いていた。


 彼女は特に異論はなさそうに見える。


 次に綺羅坂は、これといって反応がない。

 そもそも、彼女自身、生徒からの呼び出しには応じていない。


 それは会長も言っていた。

「怜がともかく」と。


 つまり、この問題に関して言えば、彼女は特に関心も興味もなく、結果がどうであろうと変わらないのかもしれない。

 つまらなさそうにしているのが何よりの証拠だ。


 最後に優斗に目を向ける。

 彼だけは、いまだ俯いたまま、考えているようだった。


 しばらく間を置き、顔を上げた優斗は苦々しく笑みを浮かべると頭を横に振った。



「俺は遠慮しておくよ」


「……なんでだ?」


 それは、どんな理由があってのことだろうか。

 告白してくれた生徒に対しての罪悪感でも出ているのだろうか。


 場を設けず、時間すら取らないという行為自体を、彼は嫌っているのか。

 純粋に疑問に思っていると、その答えを優斗は話し始めた。

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