第十一章 提案と妥協3


 生徒たちのいない校内は閑散としていた。

 一人歩く足音が廊下を響き、世界に誰もいないのではないか、そんな錯覚さえしてしまう。


 世界に一人……

 男子高校生的感性から言わせれば、少しこそばゆい言葉だ。


 一人でいる俺カッコいいみたいな、孤独を演じている感が半端じゃあない。


 ポケットに手を入れ、少し猫背気味で歩けばそれこそ完璧だ。

 だが、あいにくだが教室は目の前、その時間はない。


 長年の劣化で滑りの悪い引き戸を開け、日の光のみで照らされた教室内には三人の生徒が自分の席に座っていた。

 窓際に綺羅坂、真ん中に雫とその近くに優斗が腰掛けている。


 綺羅坂は本を片手に、雫はおそらく課題を進め、優斗はそんな二人を眺めていた。

 こうも都合よく三人が教室にいたわけではない。


 綺羅坂は図書室で読書をしていたし、優斗はグラウンドの生徒とサッカーを楽しんでいた。

 雫は一人、変わらぬ席で課題を進めていたらしいが。


 雫と電話した際に、後ろから綺羅坂らしき声が聞こえてきた気がしたが……気のせいだったと考えておこう。



「俺が最後か……悪いな急に呼んで」


 自分の席ではなく、教卓に立つ。

 手をつき、一つ息を吐く。


「珍しいな湊から話があるだなんて、生徒会の仕事でもあったのか?」


 突然の呼び出しに、優斗は至極当然な質問を投げかけてくる。

 雫も綺羅坂も、こちらに視線を向ける。



 さて、どう話し始めたものか。


 彼らがどれほど人気があるかについて、他人の俺が説明すること自体がおかしな話だ。

 それを聞くことになる彼らもまた、良い気分ではないだろう。



 俺の言い方ひとつで、生徒会の印象がだいぶ変わる。

 普段の俺の話し方では、命令口調に捉えてしまう可能性まである。


 一応、生徒会の代表として話すからには、その点を注意すべきだろう。



「……まあ、生徒会の仕事なのは正解だ」


 自分で話すより、当事者の彼らなら見せても構わないだろう。

 カバンの中から、生徒会の資料を取り出すと、匿名で書かれた用紙を取り出す。


 それを彼らに向けて見せると、雫が小首を傾げて聞いてきた。


「それは何でしょうか?」


「生徒会に寄せられた匿名の要望だ」


 教卓から一番近くに座る優斗に、用紙を手渡す。

 無言でその内容を見る優斗は、一瞬だけ表情を歪ませると雫に渡す。


「こんな要望が……綺羅坂さんも見ますか?」


「遠慮しておくわ、大体内容は予想できたから」


 手元から一度も視線を動かすことなく、綺羅坂は返した。

 集められた生徒の面々と要望という単語のみで、すぐ内容を察した綺羅坂は流石としか言いようがない。


 本当に何が書かれているか、彼女は分かっているのだろう。


「それで、生徒会として話し合った結果どうなったのかしら?」


「……曜日と時間を決めようとなった」


「そう……妥当な案ね」


 綺羅坂はまるで興味がないと言わんばかりに、淡々と言葉を並べる。

 読み終えたページにしおりを挟むと、本を閉じ立ち上がる。


「それでは今日は解散でいいかしら?話す内容も他にないのでしょう?」


「ちょっと待ってください!少なくとも私たちでも話し合った方が―――」


「なぜかしら?」


 雫の言葉を遮り、冷たい声音……いや、感情をまるで感じさせない声音で綺羅坂は聞き返す。

 理解できないというかのように。


 予想は出来ていた。

 綺羅坂なら、この話を持ち出しても食いつきもしなければ、興味も示さないだろう。


 彼女にとっては楽しい対象でも、何やら面白そうなイベントではないからだ。


「でも……少なからず私たちにも問題が……」


「私たちに問題なんてあるわけないじゃない」


 面倒とばかりに一つ息を吐く綺羅坂は、再び椅子に腰を下ろす。

 頬に手をつき、言い聞かせるように話す。


「これは一般の生徒たちにとっての問題であって、私たちの問題ではないわ。少なくとも私たち自身で何かを変える必要性なんてあるのかしら?」


「……確かにな」


 彼女の言葉は正しい。

 生徒会にいくら要望として書かれていたとしても、彼女たちの問題ではない。

 

 話し合い必要もなく、変わらず過ごしていればいいのだ。


 共通の友人、知り合いを介して集まっているからこうして話し合いは成功しているが、本来なら話し合いすら行われず生徒会も生徒のおふざけの要望として流していたかもしれない。


 綺羅坂怜という女子生徒は、今回の話に興味もなく、解決を望んでいない。

 自分が気に入った生徒以外は、どの生徒も等しく興味の対象外。


 だから、話す必要もなく、告白されても断り、自分で群れに参加しない。

 その必要性を感じないからだ。


 呼び出されたとしても応じず、何を言われようが興味のない生徒の話なら聞く必要もない。


 故に、彼女は一人で「氷の女王」なんて呼ばれている。



 今回の問題について、優斗と雫と彼女では考え方がそもそも違う。

 少なからず罪悪感を感じている二人に、何も感じていない一人。


 後者が悪く聞こえてしまうかもしれないが、俺からすれば綺羅坂の態度は普通の反応だと思う。


 だから、生徒会でこの手が出た時に、賛成と頷くことができなかった。

 こうなると、頭のどこかで理解していたから。



「これはあくまで生徒会の人から出た案だ、俺のとは違う」


 ハッキリと別案があると強調して言った。

 俺の考えはこれではない、そう分かるように。


「湊の案は違うのか?」


「あぁ……俺は生徒会の案は反対だ……と言っても、今は俺も生徒会だから案が二つあるってのが正しいな」


 彼らからしたら俺も生徒会の役員だ。

 反対だ、その一言だけだと間違った説明になってしまう。


 だから、同じ生徒会の一人として二つ目の意見があると説明するのが正しい。


 雫は変わらず聞く姿勢で言葉を待つ、綺羅坂は視線だけこちらを向いている。

 少なくとも、さっきの話よりかは興味を持ってくれていると思っておこう。


 ここからはメリットとデメリットの説明が重要だ。

 一問一答に気を付けなければならない。



 俺は手で四角を作り出すと、こう言った。


「箱でも作ればいいだろ」


「「「箱?」」」 


「そ……箱」


 何を言っているのか理解ができない。

 そういった三人の表情に、俺は淡々と自分の意図について説明を始めた。


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