第十章 一枚の記憶6
生徒会の面々は、用意された椅子に腰かけカメラの中心に視線を向けていた。
会長を中心に、小泉と三浦が左右に座り、さらにその左右に俺と火野君が座る。
何も写真撮影にこんな本格的な機材もいらんだろう。
デジカメでいいだろ、デジカメ。
普段向けられることのないものを向けられると、少しばかり緊張するものだ。
と言っても、始めればどうってことはない。
近くを通る生徒たちに見られるのも、カメラを向けられていることも気にならなくなる。
しかし、その後ろに立ち外野からがやがやと指示を飛ばしている生徒には一向に慣れない。
「はいそこ、表情が乏しいわよ」
「湊君!もっとリラックスしてください!もっと、こう……」
メガホンを手に持ち、カメラマンでもないのに自称監督は偉そうに指示を出し、雫は体全体で何かを伝えようとしているが、全く伝わってこない。
いくら幼馴染と言えど、パントマイムでは分からないものは分からない。
小泉や火野君がもっと苦戦すると思っていたのだが、案外普段通りで俺ばかり注意を受ける。
「なんだ真良、緊張でもしているのか?」
会長が挑発じみた言葉を掛けるが、返す言葉もない。
現に、注意を受けているのは俺だけだ。
笑顔と言われれば、口角が不自然に上がりニヤついているように見えてしまい、かといって真面目な顔をすれば真顔になる。
だから写真撮影は嫌いだ。
自分が想像している表情とは違う顔をしてしまう。
「笑顔でなくても、凛々しくなくても私は構わない。ただ、君たちと思い出になる写真を残しておきたいだけなのだろう」
私の我儘だ、会長は最後にそう付け足した。
その言葉に、強張っていた小泉と火野君も力が抜けたように見える。
でも俺は、その言葉の裏を、彼女が何を思い発しているのか、考えずにはいられなかった。
黒井さんがレンズの交換という名の小休憩を挟むと、その間に優斗が小泉と火野君の髪型を直す。
流石は、今を生きる男子高校生、髪の毛を弄る手つきが慣れている。
指先でちょんちょん触っているようにしか見えないのに、何故あんなにも髪型が整うのか。
俺には不思議でならない。
真横から優斗マジックを眺めていると、不意に優斗と視線が合う。
「そういや、なんでお前がいるんだよ」
優斗を目にした時から、気になっていた質問をぶつけた。
来るなとは言わないが、彼も居心地が悪かろうに。
「なんか流れでな……黒井さんの頼みだし断れなくて」
「彼はアシスタント兼荷物持ち兼メイク係よ」
カメラの後ろで特設の監督椅子に腰かけていた綺羅坂は、いつの間にか目の前で腕を組み立っていた。
さっき感情が乏しいと言っていた彼女は、自分こそ感情を一切感じさせない顔でそう告げる。
納得のしてしまう答えだ。
完全な雑用として呼ばれているのがよくわかる。
それを断らないところも彼らしい。
俺なら絶対に断る自信がある。
「真良様はもっと普通にしていてもらえば大丈夫です」
「普通ですか……」
撮影した写真を確認していた黒井さんは、優しくそう言う。
普通とは俺の得意分野だ。
生まれてから、俺以上に普通だと感じた人を見たことがないとも言える。
思考は止まり、ただカメラの一点を見つめる。
レンズの向こう側で黒井さんは、何を思いカメラのシャッターを押すのだろうか。
歴代最高と言われる会長の作り出した生徒会に、どうしてこんなにも普通の生徒が生徒会にいるのかと考えているかもしれない。
俺にも分からない。
何故、自分はこの場にいるのか、なぜ一般の生徒とは一線を画す連中が周りに多くいるのか。
最近は分からないことだらけだ。
一瞬、フラッシュで視界が真っ白に染まると遅れてシャッター音が耳に届く。
笑顔とも真面目な顔とも言えない、見る人によっては不機嫌とも感じる、そんな生徒と楽しそうに微笑む四人の生徒という温度差がその写真には写しだされていた。
「なんとも言えない写真になったわね」
「まあ、湊君らしいと会長もおっしゃってましたから」
撮影が終わり、解散となった校内を綺羅坂と雫と三人で歩いていた。
優斗は一人残り、機材の片づけを手伝っている。
俺や火野君は手伝うと言ったが、黒井さんにやんわりと断られた。
仕えている人の手前、手伝えとも言えないだろう。
俺は生徒会室に置いてきた荷物を取りに校内へ戻っているのだが、後ろから綺羅坂と雫はさっそく現像された写真を手に各々感想を述べていた。
確かに、なんとも言えない写真になった。
それだけは同意だ。
会長が、普段の生徒会らしいと満足していたからよいものの、本来なら撮り直しすべき写真だ。
あの人も、なかなかに変わっていると実感していると、ちょうど中庭から校舎の陰に夕日が隠れる瞬間になる。
「割と綺麗よね」
「近くの農道から写真を撮影する人もいるくらいですからね」
「……」
山々が連なり、自然が豊かなこの地域では、確かにカメラを趣味とする人からは良い撮影スポットだろう。
よく家に近くにホタルを撮りに来る人もいるくらいだ。
横並びで立ち止まり、完全に夕日が隠れるまで眺めていると、後ろから足音が校内に響く。
上履きでは鳴らない音に、すぐに誰か察した。
「お嬢様、準備が整いました」
「そう、では私は帰ろうかしら」
綺麗と言っていた割には、あっさりと立ち去る綺羅坂の背中を見送る。
あっさりとし過ぎて、違和感すら覚える。
しかし、待っていたとばかりに雫が声を上げた。
「さあ、湊君!私も写真を撮りましょう!」
「え、もう嫌だよ……」
綺羅坂がいなくなったことで、気にする必要もなくなったのか、雫は右腕に抱き着くと引っ張り歩き出す。
そこは、特に記憶に残っている場所ではない。
ただ、石碑に『桜ノ丘学園』と彫られている石があるだけだ。
半強制的に連れていかれた場所では、すでに優斗が撮影の準備をしていた。
「何これ?」
「黒井さんから借りたんだ」
「時間もありません、パパっと撮りましょうか」
だから優斗は一人残って片づけをしていたのか。
テキパキと指示する雫とそれに従う優斗。
完全に断れる雰囲気でもなく、不本意ながら第二回撮影会が開始された。
「お嬢様、こちらです」
「ありがとう、じぃ」
車に乗り込んだ綺羅坂に、黒井は一つの写真を手渡す。
そこには、休憩の合間に湊の髪を整えながら微笑む綺羅坂が写っていた。
相変わらず湊は不機嫌そうな顔をしていたが、それでも綺羅坂はその写真を見てそっと微笑む。
「これで二枚目ね」
ポケットから取り出された一枚の写真。
そこには、今日撮ったばかりの写真同様、綺羅坂と湊の姿が写っていた。
芝生の上に寝転ぶ湊、そしてその横に座る綺羅坂。
制服がまだ真新しく、少し幼い顔立ちをしている。
おそらく、湊はその時の記憶はない。
ただ、何気ない会話だったのだから。
「来年も撮りたいわね」
「そうですな」
それでも自分にとっては、大切な思い出であり一枚でもある。
大事そうに胸の前に写真を抱く綺羅坂を、ミラー越しに黒井が微笑むと車はそっとその場から自宅へ向け出発した。
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