第十章 一枚の記憶5


 授業が終わると、生徒は早々に下校していく。

 部活動がない生徒は、我先にと足早に歩いている。


 過半数の生徒がすぐにでも帰宅して、ゲームや趣味、友人との放課後ライフを楽しみたいことだろう。


 その意見には、俺も同意だ。

 早く家に帰り、風呂に入ってソファで一息ついて妹と楽しい会話に花を咲かせたいものだ。


 けれど、生徒会室で生徒達が帰るのを窓から眺めていた。

 吹奏楽部の演奏が校内に響き、気持ちでは一日が終了したと感じているのに帰ることは許されない。


 俺を含めた生徒会役員の一日はまだ終了ではない。

 授業までがチュートリアルで、むしろこれからが本番でもある。




 生徒会室では、小泉と三浦、火野君が鏡を前に髪型を整えていた。

 普段は、あまり髪型で遊んでいない火野君も、今日はなぜかオールバックになっている。


 だから、周りの生徒に怖がられるんだよ……

 マジで今日の火野君は怖い、それはもう絵に描いたような不良みたいだ。


 その鋭い眼光と表情、赤く染まったオールバックで睨まれた日には、涙が反射で出てしまう可能性もある。



 三十分ほど前から、会長が職員室で顧問の須藤先生と話をしている間、こうして何度も身だしなみを整えているが、一向に満足しないのか三人はずっと鏡と睨めっこ状態だ。


 朝よりか多少乱れてはいるが、俺が自分で整えようとすると尚更乱れるので、俺はただ時間が経つのを待っている。


 それにしても、生徒が帰る姿を眺めているだけとは、とても退屈なものだ。

 知り合いがいれば、ここから顔を出して話しかけたりするが、生憎と話しかける生徒がいない。


 雫も綺羅坂も、優斗も授業が終わって教室で別れたきり、姿を見ていない。

 いつもなら、窓の外の通路を通るはずなのだが。


 補習など、あの三人に限ってはあるまい。

 可能性としては雫と優斗はクラスメイトに捕まったくらいだ。


 綺羅坂は……あいつは行動を予測するだけで無駄だ。

 図書室で読書でもしているのかもしれないし、どこからか帰ったのかもしれない。

 

 校舎内でうろついている可能性もある。


 

 不意に窓から外に向けていた視線を、ある一点で止める。

 


「……火野君や、少しいいかね?」


「何ですか先輩?」


 すぐ後ろにいた火野君に声を掛けた。

 何事かと俺の横に立った火野君に一つ問いかけた。



「……あれは何かね?」


「あれは……なんですかね?」


 生徒会室は、校舎二階の端に設置されている。

 窓の外からは、校庭を一望することができ、今日の撮影場所も端の方になるが見ることができる。


 俺と火野君が見ていたのは、その撮影場所。

 大きな木の下に、六つの椅子が並べらているはずの場所には、無数のカメラが設置されていた。



「生徒会の撮影であんなカメラ必要ないよな?」


「そうですね……使ったとしても一つくらいですよね?」


 なにこれ、記者会見でも始まるの?

 もしかして、火野君が怖すぎるって苦情でも入ったのか?


 必要以上の豪華すぎる機材に、若干引き気味の俺と火野君に後ろから三浦が答えた。



「今日はカメラマンが違うらしいわ、何でも相手から撮影したいと頼まれたとか」


「それにしても、あれは大げさだろ……」


「確かにそうね」


 生徒を撮影するのに、どれだけレベルの高い機材使うんだ。

 それに、相手から頼むとかどこから情報得てきたんだ……


 どこか緊張気味の表情をした三浦と、その後ろで今にも気絶しそうな真っ青な顔をした小泉を見て、やはり今回のは普通ではないのかと溜息を零す。

 

 

「揃っているな、では移動しようか」


 それから五分と経たないうちに戻ってきた会長が、豪快に生徒会室の戸を開けると四人を見るやそう言った。

 ついに撮影の時間だ。

 会長は無論あのカメラのことを知っているはずだ。


 なのに、誰よりもノリノリな気がするのは、撮影を楽しみにでもしていたのだろうか。


 会長の背を追い、校内を歩き目的地へ向かう。

 やはり、校舎内には生徒の姿は少ない。


 廊下を役員全員で歩く姿に、何事かと一様に振り向かれたが特に声を掛けられることはなかった。

 会長や小泉だけなら話は別だろう。


 だが、今はボディーガードこと火野君がいる。

 何者も彼を前にしては、声を掛けることを一度はためらう。


 今日に限っては、会長は除いて生徒に反応している余裕がない。

 何故なら、大量のカメラに撮影されると分かっているから。


 俺も背に嫌な汗が流れている。



 建物から外へ出ると、無数のカメラが置かれた場所に数人の人影が見える。

 顔は見えないが……四人程だ。


 あれが、三浦の言う自ら撮影を頼んだカメラマンとその仲間だろう。


「そうだ、君たちには今日のカメラマンを紹介していなかったな」


 会長が、その四人の姿を確認すると、左手を上げカメラマンとやらを紹介する。

 黒いスーツ姿に、歳相応のしわが目立つ優しい笑みを浮かべた紳士こと……




「特別カメラマンの黒井さんだ」


「と、撮影監督の綺羅坂怜よ」


「お前か……」


 盛大に肩を落とす。

 膝から崩れかけそうにまでなるのを必死に堪えた。


 道理でやけに高そうなカメラが並べられていると思った。

 予測不可能女子の綺羅坂は、制服から私服のワンピースに着替えており、手にはメガホンを持っている。


 反対には『台本』と、大きく強調された冊子を持っている辺り、今日の撮影を事前に用意していたことが伺えた。


「助監督の神崎です!」


「アシスタントの荻原です」


 何やってんの君たち?

 さっきから姿が見えないと思ったら、ずいぶん面白いことを考えるではないか。


 絶対に楽しんでいる三人に、後ろには、照明やら三脚など他にもよく分からない機材がある。

 こうして、異例の女子生徒監修の生徒会記念撮影会が開始された。



 というか、学校側も良く許可したな……

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