第十章 一枚の記憶4
一人すれ違えば、キャッキャと雫の元に走り寄り、また一人すれ違えば綺羅坂に見惚れて足が止まる。
流石の湊君も、これにはびっくり。
……自分のステルス性能に。
きっと、上空からでも視認することはできない……冗談だが。
と、それはいいとして、同じ高校に通えば自ずと行く道は同じ。
住宅街を抜け、商店街を進み、最後の上り坂へ差し掛かる。
道の両脇を畑に挟まれた、風通しが良すぎる道だ。
何も遮る物がなく、強い横風が髪を靡かせる。
ついでに女子生徒のスカートもよく揺らす。
思春期の男子高校生には、刺激が強い場所としても有名だ。
隣の綺羅坂のスカートが上がっていないか、念のために確認するがその心配はなかった。
いや、本当に心配したよ。
多数の面前で、下着なんて見えてしまったら一大事だからね、うん。
「見たかったのかしら?」
「いえ……とんでもないです」
スカートの端を指でつまみ、ニヤニヤと笑う綺羅坂。
意識せずとも、日焼けをまるで知らない真っ白な肌が男子生徒の心を揺さぶるのだ。
わかったらその楽しそうにスカートをヒラヒラさせるのを止めてもらいたい。
急に機嫌がよくなった綺羅坂は、鼻歌交じりに意気揚々と坂を進む。
並んでいた歩幅は、彼女が少し大きくなり自然と視線をその先に向ける。
先では数人の生徒が立ち止まっている。
桜ノ丘学園の正門がある場所で止まっているのを考えるに、おそらく会長だろう。
毎朝恒例の生徒会長による挨拶運動。
生徒会としての活動の一環でもあるが、会長は例外で毎日行っている。
生徒と距離を近づけるのに大切な活動らしい。
次期会長候補の小泉も今日は隣で一緒に挨拶をしている。
こうして生徒会に関わると簡単に言うことができないが、生徒会選挙など一般生徒からしたら人気投票のようなものだ。
公約や立候補の動機など、生徒はたいして気にしていない。
なのに、自分たちに都合がいい話は覚えている……本当に都合のいい記憶力だ。
献身的に生徒へ挨拶をしている小泉を見てつくづく思うが、前生徒会長が柊茜だと辛かろう。
それこそ、雫や綺羅坂、優斗のような生徒でない限り、会長以上の仕事をこなすのは難しい。
それを理解した上で、次期会長になろうとしているのだから立派なものだ。
俺には絶対に真似できない。
そもそも、来年度は生徒会に入ることもなかろう。
近いうちに、彼の選挙活動を手伝う日が来るのか、来ないのか。
近づく二人を目に、そんなことを考えていた。
「おはよう二人とも、今日は三人で登校か」
上り坂を抜け、二人の前で軽い会釈をすると、会長は他の生徒と変わらぬ笑顔で声を掛ける。
「おはよう茜さん、言っておくけど彼は私の貸し切りよ」
「偶然ですよ……」
自分の所有物のように、制服の袖をグイっと引き寄せる綺羅坂に、会長は微笑む。
最初に三人と言ったという事は、少し後ろの雫も本当は一緒だったことを察しているらしい。
後ろからは続々と生徒が正門に近づく中、長話をするつもりもないし、特別話す内容もない。
小泉にも挨拶だけ済ませ、二人の横を通り過ぎる際、思い出したように小泉が言った。
「そ、そうだ真良君!今日は授業が終わったらなるべく早く生徒会室に来てね」
「ああ……了解した」
探り探りの、いまだ距離感もはっきりとしない会話に思わず会長も苦笑いしていた。
……あまり人と接してこなかった長年の弊害で人と接するのが苦手なんですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます