第九章 変化6
騒然とした廊下を一人歩く。
時刻は十二時三十分。
ちょうど昼休みの時刻だ。
俺は生徒の合間を縫うように、するりと交わして進んでいく。
自分にしては珍しく場所を変えてのランチタイムだ。
たまには気分転換を兼ねて、こうして場所を探しつつ歩いているが、未だその候補は見当たらない。
決して優斗、雫、綺羅坂の我が校の有名人が揃ってしまい教室が騒々しかったのでも、獲物を狙うような視線の雫と綺羅坂から適当な言い訳をして逃げてきたのでも無い。
しかし、どこを見ても生徒、生徒、生徒の群れで心落ち着く場所が一向に見当たらない。
屋上にしても、食堂にしても、中庭にしても人気のランチスポットで、俺のように静かな場所を好む人間には厳しいものがある。
楓特製の弁当をぶらぶらとさせ、校庭に繋がる通路へ出るとそこには会長の柊茜(ひいらぎあかね)先輩と副会長の小泉翔一(こいずみしょういち)が何やら話し込んでいた。
「では、今年もこの木をバックに撮影しよう」
「そうですね、このアングルからなら映えて見えると思います」
校舎から、一瞬だけ外に出た通路で一本の大樹(たいじゅ)を見つめながら話す二人。
これは桜の木だろうか?
会話の内容からは、何についての話しているのかは分からない。
俺は少し手前から昼休みの賑わいにかき消されぬよう、通常時の約二割り増しで二人へ声をかけた。
「何を話しているんですか?」
「おぉ、真良か」
「こ、こんにちは真良君!」
小泉が手にしていたのは、一枚の写真。
そこには会長と小泉の姿も映っているが、知らない人も数人ほど目に入る。
その写真は、現在三人が立っている場所で同じように大樹をバックに撮られているが、角度とは少し違うように見える。
「……写真撮影でもするんですか」
「ああ、葉も良い緑になってきたことだし、そろそろ今年度の生徒会写真でも撮ろうかと思ってな」
あれか、卒業写真によく乗っている生徒会の写真撮影の事か。
なら、俺も無関係ではなさそうだ。
視線を、二人の見ていた大樹へと上げる。
周りとは明らかに違うサイズの木は、ありきたりな言葉になるが堂々とそびえ立っている。
生徒で例えるなら、優斗のように一本だけ風格が違う。
そんな木の下で、毎年のように生徒会は写真を撮影してきたらしい。
桜ノ丘学園生徒会の仕来り(しきたり)、もしくは習(なら)わしか。
どちらも似たようなものだが、どこの学校でもこうして生徒の代表として活動してきた記憶、軌跡を記念として残しているのだろう。
写真を撮ると毎回死んだ魚のような目で写り、後々に自分で確認したときに溜息を零したくなるから苦手なのだが、今回は強制イベントだ……回避の余地がない。
諦め半分、生徒会役員の仕事として納得しつつも仮に自分たちが並んだ姿を想像しながら場所を見据える。
「なんでこの場所なんですか?」
自然と出た疑問だった。
確かに大きな桜の木で、写真としての写りは良さそうだが地味でもある。
このご時世、SNSでも映えを気にする時代だ。
一眼レフを持っている学生も多いからな。
校舎や校門などをバックに撮影したほうが、生徒会らしい写真になると思うのだが、そんな俺の質問を会長ではなく小泉が答えてくれた。
「う、うちの生徒会は、代々この場所で記念撮影をしてきたからね。なんでも学園創設時の学長が植えた桜らしいよ」
「だから、苗木からの成長の記録も兼ねてここで撮っているんだ」
「へぇ……」
補足として、一言だけ会長が付け加える。
そういうことか。
初めての情報に、声を漏らしつつ今一度視線を上げる。
生徒会に入るまで、たいして自分の高校について興味もなかったので知らない話も多いが、田舎の高校でも色々なエピソードがあるものだ。
「では会長、僕は書類を須藤(すどう)先生に提出してきます」
「よろしく頼む」
会長から手渡された書類を、小泉は受け取ると一礼してこの場を去る。
生徒会顧問の須藤(すどう)先生のいる、生徒指導室に向かったのだろう。
俺も頭から抜けていたランチの場所探しの使命を思い出し、この場を去ろうとすると会長が話しかけてきた。
「どうだね、私とランチタイムでも共にしないか?」
「え?いや、俺は一人で食べるんで―――」
「さ、生徒会室で食べようか!」
有無をも言わさぬ様子で、会長は俺の手を引いて歩きだす。
行動力があるのは良いことだが、生徒会長たるもの生徒の話は最後まで聞いてくれと、先輩ながら思ってしまった。
この話を聞いてもらえない感覚……うちの人気女子生徒の間では流行っているのだろうか?
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