第七章 本音と本音7

 入学した当初から荻原優斗という男子生徒の噂は、何度も耳にしていた。


 入学後すぐに行われた学力テストでも、女子生徒で一番の雫と並び学年トップ。

 体育をしている姿を目にした生徒は、運動神経も凄いと話していた。



 クラスでも部活でも、同じ学年の生徒達の話題はいつも優斗か雫のどちらか。

 同じような内容の話を何度も繰り返す生徒に「飽きないのか?」と言ってやりたいと思ったくらいだ。



 まるで自分のことのように「荻原が凄かった!」だの「神崎さんが凄い」だのと自慢げに話して、彼らは何が言いたいのか俺には理解できない。


 そして、その話を嬉々として聞いている生徒たちも理解ができない。

 


 中学一年生ながら、なんとも捻くれた考え方をしていたと思う。

 そんな考えをしていると、当然だが周りにうまく溶け込むこともできず、一人で窓の外を眺めているのが日課になった。


 新生活早々で、そんな日々を送っているうちに少し日が経ち、初めて優斗の姿を目にした時にこいつも雫と同種の人間だとすぐに察した。



 まだ中学一年生。

 幼さが残ってはいるものの、他の生徒と比べるのが失礼だと思う程整った容姿。

 やること全てを完璧にこなす生徒で、常に周りには生徒たちが集まるカリスマ性。

 性格も良く、男女ともに慕われていた。


 特に女子生徒からは、学年を問わず異常とも思える人気で男版雫みたいなやつ、それが俺の第一印象。



 部活動に入っている様子もなく、クラスも違う。

 接点なんて一つもない状況で、彼とは関わることがないと思っていた。



 しかし、人生は何があるかわならないものだ。

 入学から一か月が経ったある日、いつも通り朝の練習が終わり重い足取りで教室に向かっている最中に、俺は偶然優斗と会い、初めて言葉を交わした。


 交わしたと言っても、すれ違う際に一言「おはよう」と、これだけの会話。


 今の俺なら、確実に初対面の人からの挨拶など華麗にスルーする自信があるが、あの頃の俺は純粋な少年だったのだろう。


 ご丁寧に目を合わせて返事を返していた。


 だが、次の日もその次の日も、なぜかすれ違うたびに挨拶を交わしていると、回数と共に会話の時間も長くなり、気が付けば学校で会うと立ち止まって何気ない会話をする仲にまでなっていた。


 俺ですら今でもなぜ仲良くなったのか、その決め手は分からない。

 自然と仲良くなった、この言葉がふさわしいのではないだろうか。


 それでも相手は学校の人気者。

 自分から話しかけることはせず、声を掛けられた時にだけ話をしていたくらいだ。

 

 一年生の間は、そんな感じで学校だけで話をする程度で、二年に進級したことで同じクラスになったことから休日も会う機会が増え、今のように家に遊びに来るまでの仲になったのだ。


 



「あれかしら、真良君は学校の人気者に好かれるスキルでもあるのかしら?」


「そんなスキル欲しくもない……」


「でも実際にそうでしょう?好かれるの意味は色々あるとしても、神崎さんにイケメン君、私に茜さんも気に入っているようだし」

 

 俺と優斗がどのように出会ったのか経緯を話すと、綺羅坂は俺の反応を楽しむかのように笑みを浮かべてそう告げてきた。

 

 ……ちゃっかり自分の名前を出す所が彼女らしい。

 

 それよりも、そんなスキル持ちたくもない。

 ただでさえこの手の人種は面倒ごとが多いイメージがある。


 色恋沙汰然り、友人関係然り。

 現に巻き込まれている状況でもある。


 すでに桜が枯れ落ちてしまった木を見上げ、溜息を零すと後ろから砂利を踏みしめる音が俺達以外無人の公園内に響き渡る。


「綺羅坂さんの言う通りかもしれないな、湊は特殊な人に好かれるスキルがあるな」


「カッコよく登場してんじゃねえよ……」


 見るまでもなく、ここへ近づいてきたのは優斗だった。

 俺の真横で立ち止まった優斗は制服姿だが、鞄は持っていない。


 俺が生徒会の仕事をしている間に一度帰宅したのだろう。

 代わりに右手にはコンビニの袋が握られていた。


「湊はコーヒー牛乳でいいだろ?」


「ん、悪いな」


「気にすんな、綺羅坂さんは紅茶でいいかな?」


「私もコーヒー牛乳が良いわ」


「素直に受け取れよ……」


 優斗には頑なにこのスタイルを貫く綺羅坂は、渋々紅茶を受け取ると「どうも」と小さな声を出す。

 優斗も慣れたのか「いえいえ」と簡単に返して俺の隣に座る。



「遅くなって悪いな、待たせたか?」


「待たされた」


 まるて彼女との待ち合わせをした際のお決まりともいえる言葉に、当然のように待ったと返す。

 

「そこは待ってないって言えよ」


「嫌だ」


 そんなセリフを俺が言うのだけは、ちっぽけなプライドが許さない。

 

 紙パックにストローを差し込み、口に含むと隣では同様に綺羅坂も紅茶を飲んでいた。


すぐにでも何か話しを始めるかと思ったが、案外そうではない。


 少しの間、優斗は俺達の様子を窺っているかと思えば、不意に本題を話し始めた。




「俺は本当に神崎さんのことが好きだ」


 その声音には、様々な感情が含まれているように聞こえた。



 


 


 

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