第七章 本音と本音6
背も伸びてすっかり小さくなってしまったブランコを、軽く前後に動かして勢いをつけると鉄が擦れ合う甲高い音が鳴る。
塗装をしてパッと見は綺麗になったが、腰掛ける部分の板や細々としたところには小さな傷が無数にあり長いこと子供たちの遊び道具になっていたのが分かる。
「ブランコに乗った雫達の背を一日中押させられたことがある」
「唐突ね」
あれはきつかった。
朝から夕方まで、ただ単純作業を繰り返して腕は鉛のように重たくなり、時間の感覚はおかしくなり散々だった。
「昔は雫が活発だったって言っただろ、あれは本当だ。休みの日は楓と雫が俺を無理やり連れ回していたからな」
「今の彼女からは想像ができないわね」
「だろうな……」
今の彼女は、活発だとはとても言えない。
むしろ物静かなほうだ。周りが騒がなければ。
次に球体型をした回転ジャングルジムの場所へ行くと、これまた苦い思い出が蘇る。
「これに乗せられて一時間くらい雫に回された、そして吐いた」
「馬鹿なのかしら?」
二度と回転する乗り物に乗らないと決めたくらい、俺の中ではトラウマになる思い出だった。
人前で吐いた羞恥心より、回る乗り物への恐怖が勝ったのが印象的だった。
「でも本当に彼女は今とは違ったのね」
「……環境が変われば人も変わる」
無邪気だった小学生から、最大の思春期である中学生とでは大きく環境が異なる。
ここで人の性格、考え方が大きく固まり始めるのかもしれない。
高校になってから、劇的に印象が変わる人のほうが少ない。
もし変わっていたとすれば、典型的な高校デビューかそうならざるを得ないことが起きたか。
そのどちらかだと俺は思っている。
雫の場合は、中学時代の環境が活発だった彼女を大人しい女子生徒に変えていったのだ。
「小学生の頃は本当に小さい頃から一緒の学校に通っている、だけど中学は違う。思春期になり初めて会う生徒が多い」
「小中一貫校でないとそうよね、私は私立の一貫校だったから進級してもさほど変わらなかったけど」
「俺と雫は普通に地元の市立の小学校と中学校に通っていたからな、周りは知らない奴ばかりだ」
春には満開に咲く桜の下に設置されたベンチに座ると、そういえば入学式の日もここに来たのを思い出した。
俺の記憶が正しければ、あれがここへ来た最後の日だったと思う。
「入学式の日から雫は男子生徒の注目の的だった。小学校が同じ奴は雫を知っているから騒ぎはしないけど他は違う」
「そうなっても彼女ならおかしくはないわね」
いまとなっては、綺羅坂の言う通りおかしくはない状況だ。
毎日同じような光景を目にしているのだから。
「……あいつはそれが嫌だったんだろうな、急に男子生徒に囲まれるようになって怖いとも言っていた」
さっきも言った入学式初日。
この公園の前を歩いていた時に、桜が見事に花を咲かせていたので立ち寄った時に雫が呟いていた。
「それで彼女はどうしたの?」
「……知っての通りあいつは基本的に何でもできる、うまく男子だけでなく女子とも仲良くしていたよ、でも前にみたいにはしゃいだり活発ではなくなったな」
そして俺と雫が、昔のように遊んだり一緒にいる時間が少なくなったのもこの頃だ。
完璧すぎるがゆえに、周りは放っておかない。
今の高校と変わらぬ生徒の人気者。
男子生徒が彼女と話をできただけで喜んだくらい人気者だった。
でも、昔の無邪気な雫を知っていた俺は、まるで彼女が仮面を付けているかのように見えて、きっと近寄りがたくなっていのかもしれない。
「じゃあ、そこで真良君とイケメン君は仲良くなったのかしら?」
綺羅坂は、興味深そうに話を聞いていると疑問に思ったのかそう問いかけてきた。
「まあ、そうなるな」
彼女の言う通り、俺と雫が昔のように接しなくなった頃に、俺の前に現れたのが荻原優斗という一人の男子生徒だった。
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