第七章 本音と本音8


 雫に対して懐いている恋心や、それに纏わる(まつ)悩み、焦り、怒り。

 もしかしたらこの他にも、様々な感情が含まれた一言。


 

 常に多くの人に囲まれ、好意を向けられてはいるが、優斗も一人の男子高校生。

 好きな人も出来れば、恋愛にも優斗なりに憧れや願望もあるのだろう。


 しかし、それを許されない立場にあるのも、荻原優斗という生徒だ。


 女子にとっては皆の王子様。

 男子にとっては皆のリーダー。


 人よりも優れたものを多く持って生まれたがために、本人の意思とは関係なく集団の中での立ち位置を決められてしまう。


 いくら学校の王子様だとしても、彼はアイドルではない。

 恋愛禁止の決まりもなく、本来なら誰も優斗を縛ることはできない。


 だが、それはあくまで建前だ。

 本当は多くの人が、優斗を独り占めしたいと考えている。


 特に女子は……


 そして、優斗も自分が置かれている立場をよく理解しているからこそ、今まで恋愛に対してどこか距離を置いていたのだろうか?


 正直、俺も春休みに話を聞くまでは、優斗は恋愛なんて興味ないと思っていたくらい、彼から浮いた話を聞いたことがなかった。


 今はまだ、多くの友達とワイワイ騒いでいたりするのが楽しい、そう感じているのだと思っていた。


 しかし、それは間違っていて何年も前から雫のことが好きだったのだとすれば、春休みの一件は優斗なりの一大決心だったのかもしれない。


 自分の気持ちに正直になると。



 優斗は、真剣な声音で話し始めたのだが、あとに続いたのは予想外とも思える言葉だった。




「でも、本当のことを話すと春休みに話をした時には半ば諦めていたんだ」


 前を見つめていた優斗の目は、隣に座る俺に向けられる。

 その視線からは「なんでか分かるか?」と、問いかけられているかのようだ。


「……」


 その視線に対して無言を貫く。

 そんな俺を、答えが分からなかったと判断したのか、優斗は口を開く。


「それは、彼女の隣にはお前がいたからだ……だから俺は彼女を諦めようと思っていた」


「そんなの――」


「そう、そんなのは言い訳に過ぎないのは俺が一番分かってるよ、湊」


 まるで、俺がなんて言葉を返すのか、予め分かっていたかのように優斗は首を横に振る。

 その姿を目にした俺は、言いかけた言葉をぐっと飲み込む。



 言い訳に過ぎない……優斗の言葉には俺も同意だが、彼にしては弱気とも思える発言だ。

 俺と雫はあくまで幼馴染、恋人ではない。


 それを一番理解しているのは優斗で、俺と雫の関係を知った上で彼女を好きになったのなら少なくともそこ理由にしてはいけないのではないだろうか。


 と、まあこれは俺の立場から言わせればの話だ。

 逆の立場なら、俺は……幼馴染というのは本当に厄介な存在になのかもしれない。




「それでも、あの頃は神崎さんのことを考えたら諦めるって選択肢が出てきたんだ。けど……少なくとも今は違う」


「……何が違うんだ?」


 普段となんら変わらぬ様子で話をしていた優斗は、表情を真剣な面持ちに変えると共に、鋭い目つきでこちらを見る。


 まるで敵にでも遭遇したかのように、視線は鋭く冷たい。


 優斗と出会ってから約五年。


 初めて見る表情に、内心では驚きを隠せない。

 だが、その表情を見て今日俺をここへ呼んだ本当の意味が分かる気がした。


 そして、その答えは優斗と雫の今の関係性にも重要になるはずだ。



「このままじゃ、神崎さんは不幸になるだけだ……そんな姿見ていられない。だから俺が彼女の支えになるって決めたんだ。湊、お前ではなく俺が」


「……」


 それは立派に支えて見せるのだろう。

 俺はもちろんのこと、他の誰にもマネできないくらいに完璧に。

 


ただ一つ、今の優斗の言葉で気にある点があるとすれば……


「それは彼女が望んだことなのかしら?」


 俺の隣に座り、これまで無言を貫いてきた綺羅坂が、優斗同様に鋭く冷気を感じると錯覚してしまいそうな冷たい目で優斗に問いかけた。



 

 

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