第六章 遊園地と勘違い6
結局、先ほどの彼女の言葉はどういう意味だったのだろうか。
買い出しを終えて車に戻ってきてからも、頭の中では雫が最後に呟いた言葉が離れない。
彼女が気にしているのは自分自身。
つまり、雫は自分の容姿について何か悩みでもあるのだろうか?
雫ほど容姿が整っていて、それでも気になる点があるのだとすれば、俺は顔中がコンプレックスだらけになってしまう。
休憩が終わり、再び目的地に向け走り出した車内で、いくら言葉の意味を考えても、その意味から仮説を上げたとしても納得できる答えが一つも出なかった。
結局のところ、人の悩みなんて言ってもらわないと分からないのだ。
よく言葉にしていないのに「私の事もっと分かってよ!」なんて口にしている女がいるが、それこそ読心術でも身に付けないと到底無理な話だ。
俺が一人頭を悩ませている中、後部座席では楓と雫が楽しそうに話をして、時折、綺羅坂が雫に突っかかるいつもの流れで退屈な移動時間を楽しそうに過ごしていた。
優斗は、特に会話に参加することはなかったが、それでも楽しそうに三人の話を聞いていたから問題はないだろう。
渋滞にハマることもなく、順調に進むことができたおかげで、十時前には目的地であるネズミ―の近くにまで進むことができた。
「まもなく到着します、お荷物の準備をお願いします」
運転手の黒井さんが、道路の標識に書かれていた残り距離からおおよそ時間を計算したのか、俺達に声を掛けた。
「あら?もうそんなところまで来ていたのね」
「案外近いんですね」
会話に夢中で、道中の標識を見ていないかったのか綺羅坂と楓は驚いた様子で言葉を口にしていた。
まあ、君達は本当に楽しそうに話をしていたからね……俺の寝言とかの話を。
視界にハッキリと建物が映る頃には、歩道を歩く人のほとんどが同じ場所に向かっていた。
なぜそんなことが分かるのか……理由は簡単、ネズミ柄が大量発生しているからだ。
窓の外を眺めながら、これから自分達も今見えている以上の人混みの中に、自ら飛び込んでいくのかと考えると思わず気分が悪くなる。
「出来ることなら、喫茶店のような店でひっそりと休んでいたい。
こういう場所は、アトラクションに乗るには時間が掛かるし、食事を食べるのにも落ち着けるところがないし、人多いしで俺みたいな人間には過酷な場所だ。
前にテレビで『こんな長い時間並んでもいいんですか?』なんて、アナウンサーがアトラクションの順番待ちをしていた来場者に質問したところ『その時間をどう過ごすかが大事なんですよ!』なんて笑顔で答えていたのを思い出す。
その答えは正しくて、そして正しくない。
アトラクションの待ち時間をどのように過ごすか、それは確かに重要だ。
ただ適当にスマホを見たりして時間を潰していたら、本当に無駄な時間を過ごしてしまうだろう。
だから、一緒にいる人と何を話すのか、どう時間を潰すのか事前に作戦を練ってから行くのが正しい。
ただそれ以前に乗らなければいいのだ。
よく待ち時間で百二十分なんて時間を見かけるが、そんな時間待っていたら家にだって帰れてしまう。
長時間待った挙句、アトラクションが終わるのなんて本当に一瞬だ。
下手したら、一日を通して一時間も無いのではないだろうか。
なら、家で何時間も好きなことをしていたほうがよほど有意義な時間を過ごすことができる。
だから、俺は施設の中に入ってからは、周りに適当な理由をつけてどこか静かな所で出来る限り有意義に時間を潰すことにしよう……とか思ってませんか兄さん?」
「……いえ、そんなこと全く」
……何なのこの妹は。
エスパーなのか?
今は俺に向けているその笑顔が恐ろしくてならない。
「では、私は近くのホテルで待機しておりますので、何かありましたらご連絡ください」
駐車場で俺達五人を運び終わった黒井さんは、そう言い残して去っていった。
送迎してくれるって言っていたから帰りも送ってくれるのか。それはありがたい。
黒井さんが運転する車が、完全に視界からいなくなるまで見送ると、楓が未だ車から降りた場所に佇んていた俺達四人に告げた。
「それでは早く行きましょう!」
「あ!楓ちゃん、走ったらダメですよ?」
「待って、二人ともまだ入場券渡してないぞ!」
事前に優斗が入場券は購入してくれていたのだが、それを渡す前に楓が走り出す。
それを雫が追い、さらにその二人を優斗が追うというおかしな状況を、俺と綺羅坂は後ろから眺める。
「楓ちゃんって、普段はしっかり者の妹だけれど、たまに凄く子供っぽくなるわよね」
「返す言葉もないな……」
その通りだ。
その通り過ぎて、本当に返す言葉が見つからない。
でも、しっかり者過ぎる妹だと、兄としての立場もなくなってしまうので意外な一面があってもいいだろう。
「あ、従業員に止められたわ」
「あのアホ……」
幼い頃から共働き夫婦で、遊園地なんて来るのは何年振りか分からないくらい久しぶりなのだが
ただ、もう少し落ち着いてほしかった。
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