第六章 遊園地と勘違い5
俺を除く四人全員が答えたことで、次はいよいよ俺の番となる。
内心、彼らの話を聞いてあれこれ言葉を並べていたが、俺自身の話になるとこれはまた別だ。
「さて、最後は真良君の番ね」
四人の中でも、質問の出題者である楓よりも綺羅坂のほうが楽しそうにこちらを見てくる。
反対に、楓は他の三人の回答で満足いったのか、その表情は先ほどより興味が薄れているように見える。
それもそうだろう。
実の兄の好みを聞いたところで面白くもないだろうからな。
それ以前に、そもそも俺には異性を好きになるという気持ちがどんなものなのか分からない。
照れ隠しの嘘や、格好つけるために言っているのではなく、本当に分からないのだ。
だから俺が、質問された際に答える言葉は、本当の意味でただの理想。
こんな人であったらいいなという願望だ。
「美人で料理上手くてお金持ちで働かなくても一生養ってくれる人」
そう、これは理想だ。
ならば、アニメに出てくるヒロインのような人を答えにしてもいいはずだ。
彼女達のようにまじめに答える必要もない。
現実で、こんな完璧な人が俺みたいな平凡な人間と連れ添ってくれるはずもないが、それでも男なら一度はアニメのヒロインのような女性とお付き合いしてみたいものだ。
「……」
「はぁ……」
後ろでは、楓が半目でこちらに目を向け、雫がなぜため息をついて額に手を添えていた。
「ははっ!まあ、ちゃんと答えないあたりが湊らしいか」
何が面白いのか優斗は爽やかな笑みを見せる。
少し前まで『外見に囚われずに見てほしい』とか言っていた人が見せる表情とは思えない。
「…………」
「何黙ってるんだ?」
何より気になったのが、普段俺の言葉や行動に何かしら反応を見せる綺羅坂が、今回は無言で顎に手を当てて動かずにいた。
彼女のことだ、またくだらないことでも考えているのだろう。
俺だけでなく、他の三人も綺羅坂のこの沈黙を珍しく思ったのか、視線が彼女に集中していた。
しばらくして、何か分かったのか彼女がハッと顔を上げると小さな声で呟いた。
「つまり真良君の理想の相手って……私の事かしら?」
……そんなわけあるか。
珍しく考え事をしているかと思えば、彼女はそんなことを考えていたのか。
彼女の言葉を聞いてから気づいたが、確かに俺が先ほど述べた理想の相手と綺羅坂は共通点が多い。
というか、彼女そのものだ。
美人で料理もできて、お金持ちの家庭で、これで俺を一生養ってくれるのであれば完璧に一致するだろう。
……性格を除いて考えるのであればの話だが。
「真良君、私が一生養ってあげましょうか?」
彼女は、どこかからかうように笑みを浮かべると、俺の耳元に顔を近づけそう告げる。
俺が少し顔を動かせば、頬が触れ合ってしまうほど近くにある綺羅坂の顔は、今までで一番楽しそうにしていた。
「調子に乗るな……」
「あら、照れなくてもいいのに」
俺は振り返ることなく、右手て綺羅坂の頭を押し返すと、彼女は反発することなく前のめりになっていた体を戻す。
満足そうに席に座り直した綺羅坂は、隣に座る楓の頭に手を置くと、まるで姉のような優しい表情と声で話しかけていた。
「私が楓ちゃんのお姉さんになるかもしれないわ」
「なりません!」
「なりません!」
当たり前だ。
もっと言ってやれ。
途中、休憩がてらサービスエリアに寄るまでの間、綺羅坂は同じような言葉で、楓と雫の反応を見ては楽しそうに微笑んでいた。
「じゃあ、私は緑茶で」
「俺はコーラで」
「私はコーヒーをお願いします」
「へいへい……」
サービスエリアに着いた俺達は、事前に車内で飲み物を買いに行く人をじゃんけんで決め、それに負けた俺と雫は二人で売店に向かっていた。
「湊君は何を飲みますか?」
俺が持つ買い物かごに要望通りの飲み物を入れていく雫が、自分が飲むのであろう紅茶を片手に聞いてきた。
俺は、返事をする代わりにコーヒー牛乳を手に取るとかごの中に入れる。
「やっぱり楓ちゃんみたいにブラックは飲めませんか」
「苦いの苦手なんだよ」
雫は小さく微笑むが、その表情はいつもとはどこか違って見えた。
「私の答えを聞いた時、湊君は不満そうな顔をしていましたよね」
会計を終え、黒井さんを含めた四人が待つ車に向かう際中、唐突に雫が話し始めた。
俺が彼女の表情に違和感を感じるように、雫もまた表情から俺の気持ちを感じ取っていたらしい。
「まあな……」
下手に言い訳もすることなく、誤魔化しもせず短く言葉を返す。
そんな俺に、雫は苦笑いをしながら話を続ける。
「湊君のことだから「見た目を気にしていないなんて嘘だ」なんて思ってるのでしょう?」
「ご名答」
流石、幼い頃から多くの時間を共有してきただけはある。
俺の考え方をよく理解している。
「でも本当なんですよ?私が相手の見た目なんて気にしていないのは」
「……そうか」
雫は立ち止まると、少し悲しそうな目で俺の目を見据える。
「……私が気にしているのは……私自身ですから」
彼女は意味深な言葉を残すと、早足で隣を通り過ぎていった。
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