第六章 遊園地と勘違い4


「皆さんの理想の男性、女性はどのような人ですか?」


 楓の何気ない一言が、今この瞬間まで穏やかだった雰囲気を一気に凍らせる。

 

 もちろんその理由を知らない楓は、特に深く考えずに質問したのだろう。

 高校生くらいになれば、色恋沙汰の質問はされてもおかしくもなんともない。


 だが、その質問は……優斗は雫、そしておそらく雫は優斗と意中の相手がいるこの状況で、中々に答えずらい質問になったはずだ。


 綺羅坂は特に気にしていない様子だが、優斗と雫の表情が変化したのにはいち早く気が付いたらしい。

 俺がルームミラーで彼女を見ると、ニヤリと口元を歪めていた。


「そうね、私は日々つまらなさそうにしていて、私を楽しませてくれる人かしら」


 先陣切って質問に答えた綺羅坂。

 彼女ならそう答えると思った。


 新学期初日にも、彼女は似たようなことを言っていた。

 だが、綺羅坂の理想は置いておくとして、まず彼女と一緒にいれる奴なんてドMくらいしかいないだろう。


 綺羅坂が時折見せる、とてつもなく冷たい視線を浴びながら生きていくなんて、寿命を縮めて生きていくようなものだ。


「……綺羅坂さんは変わってますね」


 素直な感想を楓は口にする。

 正しい。その感想は実に正しい。


 俺もこの人ほど、変わっている人は見たことがない。

 彼女の容姿に騙されて告白している人は、一回考え直したほうがいい。

 


「ちなみに楓ちゃんはどんな人が良いのかしら?」


 今度は綺羅坂が、同じ質問を楓に投げかける。


「兄さんみたいな人です!」


「たぶん見つからないと思うわよ?」


「おい、即答するな」


 眩しいほどの笑顔で答えた楓に、綺羅坂は間を置くことなく言葉を返す。

 

 綺羅坂と、質問した本人の楓が答えたことで、残りは俺を含めた三人。

 聞かれたら何と答えべきか頭をひねらせていると、ミラー越しに綺羅坂と目が合う。


 彼女は再びニヤリと笑みを零すと、質問の矛先を雫に向けた。


「次は神崎さんね、どんな人が好みなのかしら?」


「えっと……」


 まだどう答えていいのか分からないのか、雫は視線を泳がせていた。

 その様子を、綺羅坂は面白そうに見ていて、優斗は真剣な顔で彼女を見ていた。


「私は……理想とかは特にありませんが、見た目とかではなく、性格で……一緒にいて安心できるような人……ですかね」


 外見ではなく性格で判断する。

 なんとも雫らしい回答だった。


「俺も外見に囚われずに、一人の人として見てくれる人かな」


「別にあなたには聞いていないのだけど?」


 ……相変わらず優斗には冷たい。

 だが、優斗も回答としては雫に似た回答だった。


「外見じゃない……ね」


 二人とも、外見に囚われないという点で同じだ。

 でも、そんなことは不可能ではないだろうか。


 俺から言わせれば、人は無意識に相手を外見で判断してしまうのだ。


 友達になれる人、そうでない人。

 好きになれる人、反対に嫌いな人。

 そしてどうでもいい人。


 学校だけでなく、様々な所で何度も聞いたことのある言葉がある。

「話してみたらいい人だった」


 これは真っ先に外見で人を判断しているからだ。

 あ、友達になれないなこの人は……そう思っていたのに話してみたら気が合う友人になった。

 

 それがきっかけで、交際や結婚にまで発展した人だっているだろう。

 でも、俺は外見で人を判断する人を否定しているのではない。


 外見は人の中で、重要な判断材料の一つだ。

 だから、その重要な判断材料の一つである外見を気にしていない、見ていないと言われても嘘っぽく聞こえてしまう。



 優斗の答えにしてもそうだ。

 彼の容姿を、学園の王子様とまで言われている整った容姿を無視して見ることができるのだろうか?


 俺は女性じゃないから答え難いが、きっと難しいだろう。

 結局、優斗が言っていたのも理想でしかないのだ。




「真良様はどう思われますか?」


 俺の隣で運転している黒井さんが、チラッと横目でこちらに視線を向けながら、俺にだけ聞こえる程度の声量で問いかけてきた。


 その目は、いつもの暖かさを感じる優しい目ではなく、何かを見定めるかのような目をしていた。

 もしかしたら、俺達よりも何十年と長く生きてきた黒井さんには、何か思うところがあったのかもしれない。


「どうですかね……俺は家族以外に好きって感情をまだ経験していないので……」


 視線を窓の外に向け、それでも彼の、彼女達の話を聞き、感じたことを素直に口に出した。


「……それでもきっと、ただの理想なんだと思います」


「そうですか……真良様は実に子供らしくないですね」


「すみません……」


 俺に向けていた視線を、目の前に戻した黒井さんは、今度はいつものように優しい笑みを浮かべていた。


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