第六章 遊園地と勘違い7


 雫は楓のそばに駆け寄ると、従業員の人に何度も頭を下げている。

 楓は恥ずかしさのあまり、雫の胸に顔をうずめて抱き着いている姿は姉妹にしか見えない。


「あなたより家族っぽいわね」


「……そうですね」


 なんで彼女は人が気にしていたことを言ってしまうのだろうか。

 今に始まったことではないが、久々に面と向かって言われると少々複雑な気分だ。


 楓が同じ高校に入学しなくて本当に良かった。

 毎日のように似ていないと言われると、さすがに俺も心が折れてしまいそうだ。  


「それはそうと、今日はあの二人が一緒に入れるようにしたほうがいいかしら?」


「あの二人?」


 綺羅坂の視線の先には、二人のもとに遅れて着いた優斗がいた。

 優斗は従業員に楓の分の入場券を手渡していた。


「神崎さんとイケメン君のことよ」


「あぁ、あの二人ね」


 俺の記憶が正しければ、二人のことを俺が綺羅坂に話をした記憶はない。

 まあ、見ていれば優斗が雫に好意を寄せているのは分かるか。


 だから、ここで下手に「何その話?」なんて知らなかったことを装うことはしない。


「優斗もそのつもりらしいからな……俺達が動かなくとも二人きりになるように何かするだろ」


「あら、なら楽でいいわね」


 それにしても珍しい。

 彼女が多少なりとも優斗のことで気を使うなんて……


「あのイケメン君と一日一緒だなんてごめんだわ、早く二人でどこかに行ってもらいたいわね」


「だよな……分かってたよお前がそういう奴だって」


 気のせいだったようだ。

 やはり彼女は優斗にはとことん冷たい女性でだった。


 三人からだいぶ遅れたが、三人のところまで進むと五人でそろって施設の中に入っていく。


「おぉー」

「おぉー」


 楓と雫が、中に入ってすぐのお土産が多く売られている通りで、すでに興奮したように声を出す。

 綺羅坂は特に表情を変えることはなかったが、学校にいるよりは幾分機嫌が良いようだ。


 朝も楽しみにしていたと言っていたから、彼女も内心では興奮しているのかもしれない。


 そんな三人を後ろから眺めていると、隣を歩く優斗が三人に聞こえない程度の声で話しかけてくる。


「今日は二組に別れることになると思うからよろしくな」


「時間だけでも聞いていいか……?」


 俺は腕時計で時刻を確認しながら言葉を返すと、優斗はパンフレットを取り出して説明する。


「夜からのパレードには二人になりたい」


「じゃあ……七時前か」


 もう少し早くから別れると思っていたが、案外そうでもなかった。

 でもその時間帯なら、暗くなっている時間だからはぐれてしまったと言っても嘘には聞こえないだろう。


 返事をする代わりに小さく頷くと、優斗はニカッと笑顔を見せて少し前の三人に追いつくように歩くスピードを上げた。


 だが、そんな優斗と入れ替わるように雫が少し後ろに下がる。

 一瞬、優斗と目が合ったように見えたが、優斗も引き留めることなく、だが気になるようでチラチラとこちらを振り返っている。


「湊くん、今日パレードがあるみたいですね!」


 雫が指さした先、大きな柱には優斗が先ほどパンフレットで確認していたパレードの詳細が大きく張り出されていた。


「みたいだな」


「一緒に見ませんか?」


 おっと……

 これはどう返事をしたらいいものか。


 優斗にも彼女の声が聞こえていたのか、とても面白い顔をしていた。

 口をあんぐりと開けて、でも声を出すことができず、どう反応したらいいのか困惑しているような顔だ。


「そう……だな、まあ様子で見れたらいいな」


「はい!」


 とても嬉しそうに笑みを零す彼女に、多少罪悪感が生まれる。

 嘘をついたわけではないが、優斗の話に協力してしまうのだから、彼女のお願いは叶えることはできないだろう。


 もし、パレードが終わって彼女から怒られでもしたら、優斗が悪いと正直に言ってしまおう。

 理由は、その時適当にでっち上げればいい。


 とりあえず優斗のせいにしていれば大丈夫だろう。


 やっと一息ついて周りを見ることができると思ったのもつかの間、今度は楓が嬉しそうな表情でこちらを見ていた。


「なんだ、パレードか?」


「あれ?なんでわかったのですか?」


「一緒に見たいんだろ、大丈夫だ」


 なんだか話を聞く前から察していたよ。

 きっとあれだ、綺羅坂も同じようなことをそのうち言ってくるに違いない。


「約束ですよ?」


「分かった……約束だ」


 可愛らしく指切りで約束をすると、楓は前の三人を追うのではなく、俺の腕に上機嫌で抱き着きながら歩く。


 場所がいつも歩く道ではないだけで、ここまで恥ずかしいとは思わなかった。

 ただ、上機嫌で歩いている楓を引き剥がすこともできず、渋々そのままの状態で進んでいると、やはり予想通り綺羅坂も後ろに下がって来る。


「お前もか……あれだろ、パレードだろ?分かったよ一緒に行けば―――」


「あそこのクレープが食べたいわ」


「違うのかよ……」


 俺には彼女の行動や言動を予想するのは難しいらしい。

 お決まりの流れも、展開も彼女には関係なかったようだ。


 というか、彼女が機嫌良さそうに見ていたのってクレープ屋さんかよ……

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る