第三章 理由9



「湊のことか……そうだな」


 考えているのか、少し間をおいてから優斗はハッキリと答えた。


「あいつは、良くも悪くも嘘はつかないからな」



 たった一言、それだけ。

 優斗が答えた俺と一緒にいる理由、友達でいる理由はたったそれだけだった。


 クラスメイト達は、説明にはあまりに短く、そして不十分とも思える答えを聞き、ただ黙っていた。

 


「そ、それだけ?」


 少しして、一人が全員の意見を代弁するかのように聞き返すと


「それだけさ」


 と、短く返した。


 え?本当にそれだけ?


 なんて自分のことながら、俺は聞いていて思ってしまったが、絶対に他の生徒達もそう思っていただろう。


 しかし、彼らがそれ以上質問をしなかったのは、もしかしたら優斗の表情から、全員が何かを感じ取ったのかもしれない。


 それは、この個室からでは直接優斗のことを見ることのできない俺や雫、綺羅坂には分からないが、きっとそうなのだろう。


 一人の生徒が、軽い気持ちで聞いた質問によって、まるでお通夜のようにしんみりとした雰囲気に変わる。


 きっと、この質問を最初に投げかけた生徒は、数日の間は打ち上げを気まずい空気にさせた張本人として周りからこう言われるのだろう「あの時あんな質問しなければよかったのだ」と。


 場合によっては後日、あの微妙な雰囲気は、質問のネタとなった俺が悪いとまで言われるのではないだろうか。


 だが、そんな状況を変えたのも、もちろん優斗だった。


「さあ、せっかくの料理が冷めてしまうからみんな早く食べよう!」


 優斗がそう皆に向け言うと、徐々に生徒たちの間に会話が戻り、再び生徒達の談笑が店内に響くのに時間はかからなかった。




「真良君って本当に嘘つかないの?」


 優斗の話しを聞いていた綺羅坂は、俺の顔を見てそう聞いてきた。

 髪を耳にかけ、妙に艶めかしさを醸し出す彼女の顔は半信半疑のように俺を見る。


優斗には悪いが、俺だって嘘くらいつく。

連休の時だって、楓から逃げようと小さな嘘をついた。

そう答えようとすると、隣の雫が急に立ち上がる。


「本当ですよ!湊君は嘘なんてつきませんから!思ったことを何でも口に出してしまうから嘘なんて付けないんです!」


「……いま失礼なことを言っている自覚はあるのか?」


 俺ではなく、自分が思っていることを口にしてしまっている雫は、テーブルの上に身を乗り出して食い気味に綺羅坂の問いに答える。


 テスト勉強の時もそうだが、雫のほうが思っていることを口に出しているんじゃないだろうか?


 俺は、思わぬところからの精神的攻撃を受け、綺羅坂は雫の言葉に妙に納得していた。


「確かに、真良君はすぐに口に出してしまうものね」


「そうですよ!でも湊君ほど本音が分かりやすい人もいません!」



 褒めているのか、それとも馬鹿にしているのか反応に困る会話はその後も続いた。

 結局、雫はほとんどの時間を俺達のいる個室で過ごし、彼女がクラスメイトの元へ戻ったのは、お会計の話が出てきてからだった。


 ちなみに、個室から出る際に雫は普通に出ようとしていたが、俺の作戦によって店員の後ろに隠れて出るという小学生みたいな方法でバレずに外に出ることができた。






 優斗を先頭に、三十人以上が一斉に外に出たことで、店内は静かなものだった。

 全員が外に出たことを確認してから、俺と綺羅坂は店の外に出る。


「これなら私達は参加しなくてもよかったんじゃないかしら?」


 店を出て一言目にそう告げる綺羅坂。

 彼女は長い時間座っていた為、少しシワのできた洋服を軽く手で整える。


「俺達は個室でお茶飲んでただけだからな」


 俺もかなりの時間、雫と触れぬように編み出した完璧な体制で座っていた為、体の節々が痛むのを我慢して大きく体を伸ばす。


 周りには人の姿も少なく、取り出したスマホの時計では時刻は九時を回ろうとしていた。


 高校生としてはあまり遅くはない時間だが、明日も普段通り授業がある。

 そのため、ほとんどの生徒が店の前で解散していった。


 少数の生徒は、二次会と称してカラオケに行くらしい。

 優斗と雫も、店から出る前に誘われていたが断っていた。


 

 

 

「家まで送ったほうがいいか?」


 全く必要を感じないが、念のため俺は綺羅坂にそう聞くと


「魅力的な相談だけれども、今回は遠慮しておくわ……楽しみは週末に取っておきたいの」


 それを断った綺羅坂はそのまま俺とは反対方向に進んでいく。


 何故、必要と感じていなかったのかというと、少し先のところで、見たことのある長い車が止まっているのが目に入ったからだ。


 きっと彼女に手を出した人は、朝日を拝めなくなるのではないだろうか……

 俺は、そんな恐怖を感じつつ彼女とは反対方向にある自宅へ帰ることにした。



「遅かったな」


 店から少し進み、道を照らす光が何本かの街灯しかなくなった辺りで、優斗が電柱に寄りかかり俺を待っていた。


「待ってたのか?」


「ちょっと話がしたくてな」


「……俺、そういう趣味はないぞ?」


 俺は、優斗の前で止まらずに歩きながら返事をすると、優斗も俺に並ぶように歩き出す。

 何の用かと、優斗が話を切り出すのを待っていると、不意に小さく優斗は笑いだす。


「……なに笑ってんだ?」


「いや、違うんだ、やっぱりお前が一番接しやすいなと思ってさ」


 ニヒヒっと、学校ではあまり見せない笑みを受けべ、優斗は俺の前で立ち止まる。


「お前は俺を特別扱いしないからな!」


「……なんでお前を特別扱いしないといけないんだ」


 アホかと、優斗の頭を通り過ぎる際に、軽く叩く。

 それを避けずに叩かれた優斗は「うん、やっぱ友達はこうでないとな!」なんて、訳の分からないことを言っていた。





「俺よりも雫を送っていけばよかったんじゃないのか?」


 俺は、優斗を見た時点から感じていた素朴な疑問を投げかける。


「あ……そうか」


 ……こいつの恋は実らない気がした。



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