第三章 理由8



「ところで、なんで神崎さんまで座っているのかしら?ここは二人席よ?」


 綺羅坂は、店員と共に個室から出ていかない雫に視線を移し目を細める。


「詰めれば二人だって座れます、それに私がどこに座ろうと自由ですよね?」


 確かに、ここは個室と言えど、俺達が腰かけている椅子は横に少し長い。

 俺と雫なら、詰めればギリギリ二人なら座れる。


 それに、雫の言う通りこのような打ち上げの場では、誰がどの席に座ろうと自由なのだろう。


 友人同士隣に座る人もいれば、クラス替えして日も浅く、まだ話をしたことのない人と交友を深めている人もいる。

 

 だが、そのほとんどが異性の隣に座ってはいない。

 これは、学校行事の打ち上げであって合コンではない。


 男子の中には、女子と隣になり話しをしているうちに良い雰囲気になる……なんて考えている奴もいたのだろうが、現実はそんなに甘くない。


 きっちり女子と男子の席は分かれているし、隣に異性が座っている奴なんて優斗くらいだろう。


 女子と個室に入れるなんて、俺は羨ましい展開なのではないか……と思ったが、向かいに座るのは、学年一頭が良くて、何を考えているか分からない謎めいた人だ。

 ……変な期待をするほうが恐ろしい。



 俺としては、別に向かいの席に誰が座ろうと、ドキドキしたりしない自信はある。

 何故なら、期待と勘違いをしていないから。


 もし向かいに座り、話しかけでもしてきたら「え?何かの遊び?」なんて、まずは周りに誰かこちらを見て笑っていないか確認までする。


 女の子は怖いと楓に言い聞かされた俺は、そんじょそこらの罠に引っかかるほど馬鹿ではない。


 

 だが、現状のように肩までくっ付いてしまうくらいに近づくと、俺も緊張して心拍数が一気に上昇してしまう。


 相手がいくら幼馴染と言えど、女性であることには変わらない。

 そして、何よりも学校でも一番の美少女と言われている雫なのだ。

 触れている肩に意識が集中してしまうのも仕方がないだろう。


 体をできるだけ壁際に逸らし、少しでも彼女の肩との接触を避けようとしているのを、雫は何を勘違いしたのかさらに体を詰め込んでくる。



「……ちょっと近づきすぎじゃないかしら?」


 綺羅坂は鋭い目を、さらに細める低い声を出す。

 小さい子が見たら大泣きするに違いない。


「し、仕方ないじゃないですか!ここ狭いんですから!」


「なら出ていきなさいよ」


「嫌です」


 綺羅坂の言葉に即答した雫は、本当に出ていく気がないらしい。


 ……こんなの雫の信者が見たら、俺は帰り道にグサッと背中でも刺されるんじゃないか?

 そう思ったら、この状況がいかに恐ろしいのか理解した俺は、引き戸がしっかりと閉まっているのかを目視で確認する。


 大丈夫、しっかりと閉まっている。


 俺は体制を何度も変え、肩も当たらず、そして彼女がこっちに近づいて来れぬように、膝を使い抑えるという完璧な体制を発見した。


 これでひとまずは問題解決だ。


 しかし、よくもまぁ顔を合わせれば毎回険悪な雰囲気になれるもんだ。

 俺は呆れると通り越して、感心にも似た感情を懐きつつ、個室の外で話をしていたクラスメイト達の話題が、隣の雫に変わった。


「神崎さんは?」


「お手洗いかな?」


 誰か二人が騒ぎ出すと、クラスメイトのほとんどが雫を探し始める。

 

「おい、どうすんだこれ」


「どうしましょう?」


 俺は、隣で同じく外の様子に気が付いた雫に目を向ける。

 俺とは違い、あまりこの状況に危機感を持っていない雫と綺羅坂は、外の様子など興味無さそうにしている。


「……戻れば?」


「嫌です」


  

 結局、しばらくの間、雫を探すクラスメイト達は店内をうろうろしていた。

 引き戸が付いていたのが功を奏し、中にいた俺達に気が付いている人はいなかったが、それでもいつか戸が開くんじゃないかとヒヤヒヤした。


「皆、一旦座りなよ。神崎さんならさっき電話しに外に出ていったよ」


 その騒ぎを治めたのは優斗だ。

 彼の言葉は何一つ真実ではないが、その発言力は流石の一言で、店内を歩き回っていた生徒達が次々と自分の席に戻っていく。

 

 俺は、改めて優斗のクラスメイトへの影響力を思い知った。

 

 



「気になってたんだけど、なんで荻原は真良と仲が良いんだ?」


 落ち着きを取り戻した店内で、誰かが優斗へそう質問した。

 何人かが「誰だっけ?」と言っていたが、男子の一人が綺羅坂の隣と答えると俺のことだと分かったらしい。 


「湊と?」


「そうそう、神崎さんは幼馴染らしいけど、あんな奴となんで一緒にいるのかなと思ってさ」


 「あいつ偉そうだろ?」と、最後に付け足すと言葉はそこで止まる。

 他の生徒も、この質問には興味があるらしく、会話がピタリと無くなる。


 その質問を聞いた俺……ではなく、なぜか雫と綺羅坂が飛び出しそうになる。

 俺はそんな二人の手を掴み、そのまま座らせる。


「何するのよ」


「まあ待て、面白そうだ」


 あからさまに不機嫌な綺羅坂に、俺はニヤつきながら答える。

 これはなかなか聞けるもんじゃない。


 常日頃、俺のことをどう思いながら接しているのか聞いてやろう。

 俺は優斗の答えを聞き逃すことのないように、そっと耳を澄ました。


  


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る