第三章 理由7

 俺の一言で、優斗はなぜ呼ばれたのか瞬時に理解した。

 その顔には、バレてしまったという焦りと、同時に申し訳なさそうにしているのがわかった。


「まぁいい……でも説明してくれ、どうやったら俺も一緒になんてことになるんだ」


「分かってる、それはもちろん説明する」


 俺は力強く握っていた優斗の手を離すと、深く背もたれに寄りかかり、話しを聞く体制を整える。

 優斗は少し前かがみになり、経緯を説明し始めた。


「今朝になるな、俺は神崎さんに日曜に出かけようって誘ったんだ」


「……ほう」


「それで、OKを貰うことができたんだ」


「ここまでは順調だな」



 ここまでの話しでは、俺の家で話をしていた通りの流れになっていた。

 俺にとってはここからが重要なのだが……


「そして……湊も一緒に行くことになった」


「ちょっと待て、俺の聞きたかったことが一つも入っていないんだが」


「俺にだってよく分からなかったんだ」


 そう言い頭を掻く優斗は、その時の状況を事細かく話してくれた。


 二人が話をしたのは登校した後、生徒全員が着替えを済ませ、一度HR(ホームルーム)のため教室に戻った時だった。


 教室で一日の日程が書かれた紙を、雫が見ている所に話しかけたらしい。



「神崎さん、ちょっといいかな?」


「はい?なんでしょうか?」


 雫は手に持っていた紙を机に置くと、優斗の方へ体を向ける。


「もしよければ、今週の日曜日に遊園地にでも行かない?」


 優斗はバクバクなる鼓動を感じながらそう告げたらしい。

 ここ数年で一番緊張したと言っていた。


「遊園地ですか!いいですね、行きましょう!」


 優斗の誘いを雫は満面の笑みで快諾したらしい。

 そして、当日の話をしようとした時に、優斗の予定は狂った。


「では、湊君にも話しをしなくてはいけませんね!」


「えっ!?」


「私から放課後にでもお誘いしておきますので!」





 こうして雫の勘違いを正すことができないまま、今に至るらしい。

 確かに優斗がよく分かっていないというのも、少しは分かった。



「でも、すぐに二人だけと言っていれば、こんな状況にならなかっただろ?」


「言おうとしたさ、でも話しをしようとしたらすぐにどっかに行ってしまったんだよ」


 その後も優斗は雫に話しをしようとしたらしい。

 試合後に俺達三人がいるところに来た時も、俺が屋上に向かった後に話しを切り出したらしい。

 だが、用があるからと具体的に話をすることができなかったらしい。


「もうそこまで話しが広がっているなら、今更二人ともいえないだろ?」


 肩を落とす優斗を見て、今回は断るのが難しいそうだなと思った。

 楓も仲間に入れている時点で、俺には断ることができない。


 雫の奴もさすが長年の付き合いだ、俺の弱点をよく分かっている。


「……当日に二人になりたいなら、お前が頑張るしかないな」


 一言、優斗にそう告げて俺は店内に戻った。

 後ろから「あぁ、任せろ!」と、気合いの入った返事が聞こえてきたので、当日の頑張り次第だろう。


 店内は依然、大盛り上がりで、店内の他の客に迷惑だろ……なんて思いながら個室に戻る。



「あら?早かったわね」


 追加で頼んだのだろう紅茶を飲みながら俺を出迎えた綺羅坂。

 ただ紅茶を飲んでいるだけで、ここまで絵になる人はそうはいない。


 動きの一つ一つが映えて見えるのだ。



 そんな姿を見ていたら、俺も無性に紅茶が飲みたくなり、追加で注文した。


「ちょっと確認をしていただけだからな……確かに日曜日に遊園地に行くらしいな」


「そう、神崎さんの嘘ではなくて良かったわ」


 少し安堵したように息を吐く。

 そして彼女は、引き戸を少しだけ開けて、向かいに座るクラスメイト達の様子を確認した。

 だが、すぐに戸を閉めて、空かないように手で押さえていた。


「……何してんの?」


「気にしないで、ただこうしたい気分なのよ」


 右手で押さえていた彼女は、何を思ったのか両手で戸を抑える。

 俺は何をしているのかと見ていると、一瞬だけ戸が少し空いたと思えば、綺羅坂が閉める。


「そんな押さえてると俺の紅茶が届かないんだが」


「……それもそうね」


 綺羅坂は渋々抑えていた手を離すと、勢いよく戸が開かれれる。


「何をコソコソとやっているのですか」


 外から開けようとしていたのは雫で、綺羅坂はそれを押さえていたらしい。

 雫は、俺の横に体を押し込むように座ると、対面する綺羅坂を鋭い目つきで睨む。


「なにって、私はただ真良君とお話しをしていただけよ?私達はあの輪の中に入るのは嫌だもの」


「なら、私に一言言ってからにしてください!」


 毎度のこと仲の悪い二人が険悪な雰囲気になりそうな時、ちょうど俺の頼んだ紅茶を運びに店員が中に入ってきた。


 俺は、目の前に置かれたカップを手に取り、先ほどの綺羅坂の動きをまねて紅茶を飲む。


 ……うん、止めよう

 これは俺がやっても全く絵にならない。


 普通に紅茶を飲みながら、彼女達の会話をボーっと聞いておくことにした。


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