第四章 先輩と後輩

第四章 先輩と後輩1


 突然だが、中学校や高校で最も有名な生徒とはどのような人だろうか?


 俺の通う桜ノ丘学園のように、女子から高い人気を誇る王子様、男子にとって高嶺の花とされる女子生徒、クールで美人でお金持ちの女子生徒なんてどこにでもいるもんじゃない。


 だが、そんな有名な生徒達がいない学校でも、必ず一人は全校生徒から覚えられている生徒がいる。

 それは生徒会長だ。


 学校に在籍する全生徒達から、投票によって選ばれた学校を代表とする生徒のことで、生徒達の見本ともなるべき人。


 桜ノ丘学園も例外ではなく、雫達とは別の意味で有名な生徒の一人だ。


 そんな生徒会長だが、桜ノ丘学園の現会長は、当時一年生にして生徒会副会長を務め、俺達が入学した去年で、二年生にしてすでに会長に就任していた。


 学業、部活動、校外活動において残した実績は、歴代最高とも言われている。

 当然、生徒や教員からの信頼も厚く、本当の意味で完璧と言えるのではないかという人が俺達の学園にはいる。



 そんな生徒会長と、まるで平凡な一生徒である俺と何かしら繋がりがあるわけもなく、三年生の会長が卒業していくまで、壇上に立つあの人を見て「凄いなあの人は」と思っているのだろうと、今まではそう思っていた。


 しかし現在、俺はその生徒会長の前に立っている。いや、立たされている。

 そして、その理由を説明するには、今朝まで時間を遡らなくてはならない。





 球技大会から一日が過ぎ、学生にとっては週の折り返しとなる水曜。

 今日はクラスの日直当番のため、普段より少し早めに登校していた。


 時間も早いことから、いつもより周りを歩く生徒の数も少なく、そのほとんどが部活動のため朝練習に向かう生徒達だ。


 そんな中に混ざり、俺は一人で通学路を歩いていた。



 天気も良く、静かな通学風景。 

 いつもより、清々しい気分で歩いている俺の後方から、大きな声が静かな住宅街に響いた。


「お、おはようございます先輩!」


 部活動の後輩だろうか……

 後ろから聞こえてきた声は、気合いの籠った力強い声で、いかにも男子運動部の後輩って感じに聞こえた。


「先輩!今日はお話しがあり、お迎えに上がりました!」


 ほう……話しがあるからと家にまで赴くとは、人によっては朝早くから失礼と感じる人もいるだろうが、真剣さが伝わってきて俺としては好印象だ。


 こんな後輩ばかりなら、部活動での上下関係についても問題が少なくなるのではないだろうか。


 振り返らず「良い後輩を持ったな」と、小さく呟きながら後輩君の話が上手くいくことを陰ながら応援することを祈り、ゆっくりとなっていた歩を進める。


「そんな……良い後輩だなんて、もったいないお言葉です!」


「……ん?」


 ここで俺は初めて違和感を感じた。


 前を歩いていた一人の女子生徒が、どうもこちらを見ている。

 それは、後ろの後輩君の声が聞こえたからなのは考えなくても分かる。


 しかし、その視線がどうも俺のほうを向いている。

 いや、正確には俺の後ろを見ている。


 そして、さっきまで少し距離が空いて聞こえてきた声が、より近く背後から聞こえる。

 終(しま)いには、俺の小さな呟きに、なぜか反応が返ってきた。



 俺はゆっくりと振り返り、後ろを確認すると、そこには一人の男子生徒が俺の真後ろで背筋を伸ばした綺麗な姿勢で立っていた。


「おはようございます真良先輩!」


「おはようございます……良く知らない後輩君」


 俺のことを先輩と呼ぶことから、彼は一年生なのだろう。

 綺麗な九十度の礼をした後輩君は、俺の挨拶を聞くと輝かしい笑みを向け倒していた体を直す。


 身長は俺よりも少し高い。

 肩幅があり、しっかりとしている体つきに、少し赤みのある髪色。

 鋭い目つきは、不機嫌なときの綺羅坂を彷彿とさせる。


 そんな人に声を掛けられた俺は、彼の顔をじっと見つめ、どこかで会ったことがあるか思い出そうとしたが、特に見覚えがない。


 俺が忘れているだけなのかと考えていると、彼は大きく息を吸い自己紹介を始めた。


「一年二組、火野大樹(ひのだいき)です!趣味は料理で、特技は運動全般です!」


「……なるほど」


「今日は真良先輩にご挨拶と自己紹介がしたくお迎えに上がりました!」


「うん、なんで?」


 やはり後輩だった火野君とやらは、ポケットから一枚の写真を取り出す。

 そこに写されていたのは、買い物袋を手にぶら下げた楓の写真だった。


「ほほう……遺言なら聞くぞ」


 素早くその写真を取り上げると、俺は彼の胸元を掴み顔を近づけて全力で睨みつける。


「ち、違います!これはとあるルートから仕入れた写真で、俺が盗撮したとかではないんです!」


 そう証言した火野君とやらは、ブンブンと顔を横に振り、盗撮疑惑を否定する。


「じゃあなんだ?お前は楓のストーカーか?」


「そ、そんなストーカーだなんて恐れ多い……俺は、ただ妹様を崇拝しているのです!」


「ダメだ、こいつ危ねえ」


 俺は後輩君の手を掴むと、そのまま近くの交番へ突き出すため歩き出した。

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