第二章 学力テスト
第二章 学力テスト1
新学期が始まり一週間が過ぎた。
学年が一つ進級したという事もあり、騒がしかった校内も普段の落ち着きを取り戻しつつある中、俺の教室である二年三組だけは騒々しい毎日が続いていた。
「おはよう皆!」
今日もいつもと同じように、朝から爽やかな表情で優斗が教室へ入ると、途端に教室は騒々しくなりクラスメイト達は群がるように優斗を中心に集まり各々が挨拶を交わす。
群がる生徒が口々に言葉を発するものだから、何を言っているのか聞き取ることができない。
クラス替えから一週間しか経っていないが、優斗と雫はすっかりクラスの中心人物となっていた。
二人が登校してくるだけで、教室内はお祭り騒ぎ状態でたまったものじゃない。
「……何度見てもあの光景は気持ち悪いわね」
隣に座る綺羅坂は、群がる生徒たちを一瞥すると、手元の本に視線を落とす。
僅かだが、普段よりも声のトーンが低く、彼女が本音で言っているのだと感じた。
「この光景が一日に二度もあるこの教室は、ある意味で異常とも言えるな」
俺は窓から両手をぶらんと外に投げ出した状態で、後ろの光景を見ることもなく答えた。
見なくとも後ろがどんな状況になってるかなんて、一週間も同じ教室で過ごしていれば容易に想像ができる。
隣で綺羅坂が「確かに……」と小さく返事をすると、再び教室内が騒々しくなる。
「あら、お姫様の登場よ」
「これで新郎新婦が揃ったな……」
教室に入ってきたのはやはり雫で、後ろから彼女の「おはようございます」という挨拶が聞こえてくる。
二人が揃ったことで、より一層騒がしくなる教室に、俺と綺羅坂は耳をサッと両手で押さえる。
毎日こんなに騒いで何が楽しいのだろうか。
一日ごとに彼らが進化している訳でもあるまいし……
「「……はぁ」」
教室内で一際テンションの低い俺と綺羅坂は、自然と溜息(ためいき)が重なる。
彼女も、このクラスの騒々しさにうんざりしているのだろう。
気が付けば他のクラスからも多くの生徒が三組へ集まり、予鈴が鳴り担任が入って来るまで、教室内は誰がこのクラスの人間なのか分からない状態だった。
「ほら!他のクラスの生徒は早く戻りなさい!」
教師の一言で、ノロノロと解散していく他クラスの生徒達。
同じ三組の生徒も、一言彼らに言葉を残してから自分の席に戻る。
全員が座ったことを確認すると、一日の始まりである授業が開始された。
「では来週から学力テストが行われるから復習を必ず行うように」
あっという間に最後のHR(ホームルーム)となっていた教室では、担任が一枚のプリントを配布しながら生徒達にそう告げた。
プリントが全員に行き届いたのを確認すると担任は教室から退室し、それを合図に生徒達はぞろぞろと立ち上がり、担任が最後に伝えてきたテストについてそれぞれ友人と話し合っていた。
俺達の通う桜ノ丘学園は一年間が全三期に分けられ、その学期ごとに定期テストがある。
各学期の中間に行われる中間テスト。
そして学期の最後に行われる学期末テストの二つだ。
しかし最初の一学期だけは、去年の復習も兼ねたが学力テストが毎年行われる。
去年は新入生だった俺達も、中学の復習ということでこのテストを受けた。
その学力テストが来週にまで迫ってきているため、教室内は今朝とは別の意味で騒がしい雰囲気になっていた。
ちなみに本日は金曜日
始業式が行われたのは先週の金曜日だ。
成績に直接関係しないテストだが、この学校は進学校でもある為、あまりにもこのテストの成績が悪いと保護者と三者面談が行われる。
そのため毎回テストには真剣に取り組まねばならない。
「テストか……確か来週のテストは現代文と数学と英語だよな……」
俺は机の中に入っている教科書を取り出し、テスト科目だけをカバンの中に入れていく。
「そういえば真良君は勉強できるのかしら?」
同様に、隣で教材をカバンへしまっていた綺羅坂が声を掛けてきた。
たしか、彼女は去年の学内テストで毎回一位を取っていたはずだ。
俺の数少ない友人の中で、最も成績が優秀な優斗や雫ですら、彼女にはテストの成績で超えたことがないということだ。
ひょっとして綺羅坂がこの学校の本当のラスボスなのでは?
そう考えると、先ほどより一層、隣の彼女が恐ろしく感じる。
「苦手でもないし、得意でもない」
「要するに普通って事ね……とても君らしいわ」
彼女は俺の返答を聞くと最初にあった頃のように、右手を頬に添えて楽しそうにこちらを見ている。
楽しんでいただけたら何よりだ……。
楽しむ要素がどこにも見当たらないがな。
「これは提案なのだけれど……」
手元の用紙、先ほど担任が配布した来週のテストの工程が書かれた予定表を手に取ると、土日の欄を指差す。
「明日からの休日、私とテスト勉強をでもやらないかしら?」
「断る」
「……そう答えると思ったけれど、もう少し考えてくれてもいいんじゃかしら?」
断られたのにも関わらず、綺羅坂はより一層の笑みを零す。
最近、少し分かったことだが、彼女がこの顔をしている時は反応を見て楽しんでいる時だ。
俺は素早く手荷物をまとめ、足早に教室から出る。
すると、いつもなら面白おかしく笑みを浮かべながら、見送っているはずの綺羅坂がついて歩いてきた。
「なんでついて来る……」
「あら、私も丁度帰ろうとしていたところだからよ?」
放課後になったばかりでまだ生徒の少ない廊下を進み、その先の階段を特に話すこともなく二人並んで降りていく。
時折、横を通り過ぎた生徒が、綺羅坂が男子生徒と並んで歩いていることに驚き振り返っていたが、隣が俺だとわかると、興味がなくなったように会話に戻った。
すまんな隣にいるのが俺で。
まあ、隣を歩いているのが稀に見るレベルの平凡な生徒なら、たまたま隣にいただけと思うだろうな……
昇降口で外履きに履き替え校舎から出ると、テスト期間のため部活動が行われていないグラウンドは静かなものだった。
いつもなら正門前に陸上部が外周を走る為に集まり、反対側の校庭からは運動部の掛け声が聞こえてくるのだが、流石にテスト前となると自主練している生徒もいないようだ。
「いつもこれくらいなら静かで過ごしやすいのにね」
彼女はそう言いぐるりと辺り見回す。
時計回りに視線を動かす彼女は、真後ろに振り向いた時にピタリと止まる。
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