第二章 学力テスト2


「待てよ湊!俺も一緒に帰るからさ」


 綺羅坂の視線の先、昇降口からは優斗がこちらへ走って近づいているのが見えた。

 その後ろには雫の姿もある。


「…………」


 綺羅坂の顔は先ほどまでとは一転、つまらなさそうな表情になる。

 二人から見て俺の後ろに隠れるように立ち位置を変えると、腕を組み興味無さそうに二人が目の前に来るのを待つ。

 


「お前帰るの早すぎだろ……せっかく明日からの予定を三人で話し合おうと思ってたのに」


 俺の前まで来た二人優斗と雫は、俺の後ろに隠れる綺羅坂を特に気にする様子もなく話を始めた。


「予定?約束なんかしてないだろ」


 優斗は、カバンの中から一つの問題集を取り出す。

 今日、最後の授業だった数学の問題集だ。


「来週からテストが始まるだろ?だから神崎さんと三人で土日を使って勉強会でもしようと思ってさ。もちろん湊も来るだろう? だからもし湊の家が平気なら――」


「……行くわけないだろ」


「え?」


「……え?」


 何その「冗談だろ?」みたいな顔は。

 まったくもって冗談などではない。

 第一、俺の知らないところで勝手に予定を立てておいて、そのうえ俺の部屋で勉強しようだなんて許すものか。


「それだけか?なら俺は帰るぞ―――ってなぜ俺の制服を掴む……」


 ひらひら手を振り、今度こそ家に帰る為に歩き出そうとしたところ、今度は雫が俺の制服の端を掴み、その手を離そうとしない。


「い、いいじゃないですか勉強会!湊君だって毎回点数は芳しくないですし、私たちが教えればきっといい点数が取れると思います!」


「さらっと人の点数を芳しくないとか言うな……俺からしたら毎回満点に近い点数しか取らないお前達が異常なんだよ……」


 制服を掴んでいる雫の手をぺしぺしと叩きながら、「それに……」っと横並びに立つ二人の顔に何度か視線を向け言った。


「勉強したいなら二人でやればいいだろ……学力も同じくらいなんだし、良い勉強相手だと思うぞ」


 先日、二人から助力をしてほしいとの願いを断っておいてなんだが、自分でも完璧すぎるナイスなフォローだと思う。


 決して自分が参加しなくてもいいようにしているわけではない。


 

 俺の言葉の意味を察したのか、優斗はそれ以上何も言わなかった。

 雫はまだ何か不服な所があるのか、制服を離す様子がない。

 だが、突然俺の後ろから聞こえてきた言葉で場の空気が一変した。


「真良君は私が予約していたの……だからあなた達とは勉強することはできないわ、ごめんなさいね」


 その声の主は言うまでもなく綺羅坂だ。

 俺と話をしている時とは違う、低く挑発しているようにも聞こえる言葉。

 そんな言葉を耳にした瞬間、雫の顔から感情が消えたように見えた。


 一週間前と同じ、全くの無表情。


 後ろで、つまらなさそうにしていたはずの綺羅坂は、すでに俺の横に立ち、雫と対面していた。

 綺羅坂の顔からも、いつものような謎めいた笑みは消え、不機嫌そうな表情をしている。 


「だからその手を放してもらえるかしら、神崎さん」


「……またあなた……」


 雫は俺の制服からそっと手を離すと、綺羅坂の目を見据える。

 対する綺羅坂も、雫から視線を逸らすことなくその目を見つめていた。


 そんな二人から、俺と優斗は言葉を交わすことなく同時に距離を置いた。

 怖いからではない、断じて違う。絶対にだ。



 言葉ではなく、視線で語り合うかのように何も話さない二人。


 しかし、無言の二人とは反対に、周りには多くの生徒が集まり騒ぎになりつつあった。


 授業が終わり、俺と綺羅坂はすぐに校舎から出た。

 それを追う形で、後についてきた優斗と雫が校舎から出た時は、まだ生徒のほとんどは教室にいたのだろう。

 

 だが、少し話し込んでいる間に、教室にいたはずの生徒たちも、下校するため次々に校舎から出てきていた。


 普通なら正門前で話をしている生徒が数人いたとしても、たいして気にすることなく通り過ぎるだろうが今は状況が違う。


 いま、正門前で話をしている生徒の内、三人は学園内でも知らない人のいないほどの有名人。

 そんな奴らが、一堂に会すれば、それは自然と注目も集まる。


「神崎さんと綺羅坂さんが話しているところ初めて見た」


「でもなんか雰囲気悪くない?」


「荻原君もいるし、もしかして―――」


 周りに近寄ってきた生徒たちが、次々に憶測を飛ばし始める。

 喧嘩だの、ただの世間話だの、どこぞのイケメンを取り合っているだの……


「――――――」


「――――――」


 周りに人だかりができていることに気が付いた彼女たちは、一言だけ何かを言い合うと、正門を出て綺羅坂は右方向へ、雫は俺達のいる左方向へ歩き出した。


 彼女達が何を言っていたのかは、離れていたし聞き取ることができなかったが、穏便に済んだのなら気にすることもないだろう。


 その証拠に、俺達の前で立ち止まった雫の顔は、すでにいつも通り笑み受けべていた。


「お待たせしました。 勉強はひとまず置いておいて帰りましょうか」


 まるで何事もなかったかのように振る舞う雫の後ろを歩き、俺と優斗は自宅へ向け歩き出した。  








「あなた……最近邪魔ですね」


「私は最初からあなたが邪魔だったわ……」


 彼女達がこのような会話をしていたのも知らずに。




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