第一章 新学期4

 ただただ無言の二人。


 隣にいるだけなのに、これほどまでに居心地が悪いと感じたのは初めてだ。


 普段、笑みを絶やさず浮かべて人と話をしている雫の顔は、表情が抜け落ちたように無表情で、反対に綺羅坂はこの状況を楽しんでいるかのように口元に笑みを浮かべている。


完全なる正反対

 

 俺は雫とそれなりに長い付き合いだが、彼女のこんな顔見たことない。

 いつも怒らない人が怒るとめちゃくちゃ怖いってよく聞くが、これもまたその一種なのだろうか……



 二人の沈黙を破ったのは雫だった。


「ずいぶん楽しそうですね。あなたが男性と話をしているのは初めて見ました」


「意外と私はお喋りなのよ?それに彼ってとても面白いわね」


「……そんな面白い顔してるの俺は?」


 

 心外だ。

 確かにイケメンではない。

 むしろ地味だと自覚しているが、笑いを取れるような顔をしているつもりはない。


 そんな俺の言葉をまるで聞き流すかのように二人は会話を続ける。


「今日は挨拶だけですので……一年間よろしくお願いします」


「そう……“挨拶”だけね、こちらこそよろしくお願いします」


 差し出された二つの小さな手。

 同時にクラス内で安堵の息が至る所で零れていた。


 二人は握手を交わし、その場はこれで終了となる……と思いきや、握手を交わす二人の真っ白なはずの手は、互いの指に沿って赤く充血していた。


 二人とも強い力で握り合っているのか、どんどん指に沿って赤みが増していく。

 ミシミシっなんて効果音が聞えてきそうだが、彼女たちは表情に出さず、互いに手に力を込めている。


 どちらから仕掛けたのだろうか……


 だが、それにしても今日の雫はどこか変だ。

 優斗がクラスメイトの面前で悪く言われたのは確かだが、ここまで感情を表に出すだなんて思わなかった。

 いや、むしろ感情が無くなっている気もするが。


 これからは雫の前で優斗のことを悪く言うのは止めよう。

 下手したら後ろから攻撃されかねない。



 彼女達なりの“挨拶”を終えると、タイミングよく担任教師が教室に入ってきた。


 簡単に事務的な連絡を済ませると、生徒を廊下へ誘導する。

 教師の誘導に従い俺たちは体育館へ移動し、始業式が始まった。



 約一時間

 学長の長い話を、右から左へ聞き流して教室へ戻ると、今日は軽い自己紹介をして下校となった。


 案の定、優斗と雫の時には拍手喝采。

 綺羅坂の時には前の二人の時みたく騒ぐ生徒はいかったが、特に男子は力強く拍手をしていた。


 ちなみに俺の自己紹介の際には、拍手は小さいものだった。

 まあ、これは俺だけでなくほとんどの生徒が同じような感じだった。

 

 自己紹介が終わった時にはほとんどの人が拍手していなかったが、優斗と雫が拍手をする姿を見てから小さく拍手をして次の人がまた自己紹介をするという繰り返しだ。


 普通の生徒の情報なんて、別に聞いていても面白くないからな。


 担任が教室から出ていくと俺は荷物をまとめ、席から立ち上げると隣の綺羅坂へ軽く別れのあいさつを交わし教室を後にした。


 優斗と雫はクラスメイトと話をしていて、流れで遊びにでも行くのだろう。

 二人はチラチラとこちらを見て、何か言いたそうな顔をしていたが、誘われたとしても行くはずもない俺は、少しでも早く家に帰る為自宅へ向け歩を進めた。



 「……あのクラス、最悪だ……」


 誰もいない昼頃の住宅街。

 誰に聞かれることないからか、つい本音が口から出た。


 この先の学園生活を考えると自然と歩くスピードが落ちていくのを感じながら、明日からの日々が来なければいいのにと、ついつい考えてしまう一日だった。



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