第2話 2月
苦しみの中にあっても生活の端々に小さな喜び、小さな幸せはあるもんです。ウォーキングに行ってもこぼれび通りという素敵な名の通りを発見したし、急に小さな猫に呼び止められたり、駅前で何となく買ってみた紙コップ式の珈琲一杯で元気になったり。そんな瞬間をいつまでも心にとめている。最近とても疲れている。眠剤飲んでも1時間半くらいしか眠れないし、夜は精神症状と透析後の苦しさがダブルで来るし、そんな時は生きていることさえ嫌になる。ちょっとゆっくりしよ。
金井雄二「短編小説をひらく喜び」を読んでいる。面白いねえ。金井さんの語り口が僕は好きで、ぐんぐん引き込まれる。僕は長編でも1章読んではひと休みして少しずつしか読めないので短編や随筆の方が好きだ。短編小説を特に好む金井さんのような作家に出会えて僕はとても嬉しい。
今日のラジオ深夜便は歌人の穂村弘と小島なおで互いの作品を読み合う「ほむほむのふむふむ」だ。ウォーキングしながらじっくりと聞き入る。まだまだ短詩形文学は分からない僕だが、分かったつもりで斬新な歌の数々に心で唸る、そして味わう。途中こないだの小さな猫にまた呼び止められた。
図書館が資料点検で休む時、僕の駅前での街ブラが始まる。天気が良いのでベンチに腰かけてしばし読書。陽だまりが春の日射しのようで心地良い。井伏鱒二に牧野信一、山川方夫ふむふむ。透析の前、本の世界に引き込まれるひととき。紙コップ一杯の珈琲を飲み干し、エレベーターを駈け上がる。
ラジオ深夜便「明日へのことば」はアイヌの博物館学芸員の話。アイヌに対する差別から自由になり今はアイヌ文化を誇りに生きているという。ぐっと噛みしめるように聞き入ってると、春の気配を感じるからか早い時間からウォーキングの同士がちらほら。ラストのボブ・ジェームスの曲の途中で電池が切れた。
・金井雄二「短編小説をひらく喜び」港の人
書き手の気持ちって読者に伝わるんだな。本書で紹介されている短編小説も素敵なのだろうが、多用される感嘆符!疑問符?と共に金井さんの詩・小説に対する思いが響いてきて、こちらまでワクワクしてくる。僕も人をワクワクさせる文章を書いてみたい。
版画家の正一さんが読んでいると言っていた菅原克己の全詩集を最寄りの図書館で予約していたのが早速届いた。ずっしり515頁。図書館への行きは坂を下るだけでいいのだが帰りは当然登り坂になる。普通ならこの重さただただ億劫なだけだけど、本をちらっと覗くと栞という名の月報が付いており、更に目次を見て見ると「ビュビュ・ド・モンパルナス」の字が。これは金井雄二さんも薦めていた短編の題名ではないか。僕は感激して重さも腰痛も吹っ飛び、ワクワクして坂を登っていった。
昨夜、寝床に入って「菅原克己全詩集」を読む。市井の人、戦争、身近な人の死等を詩っている。どこか木山捷平の描く小説の風景に通じるところがあり、詩に親しくない僕の心にもストンと入ってくる。これからこの500頁のヴォリュームを楽しみに味わうつもりだ。まだケーキ丸々1ホール残ってるみたいな。
毎日のツイートで分かるように僕はいつも一人だ。その分自由だ。けど僕には人工透析と精神科デイケアという縛りがある。それぞれの場所で人とも関わる。読書やその他のリフレッシュ法は自由から選び取ったもの。僕はこの自由時間を無限に謳歌していくつもりだ。これから先も。
今朝喫茶店でもやはり菅原克己全詩集を読んでいた。どの詩を読んでもというぐらい、ぐさぐさ心に響いてくる作品が多い。例えば「練馬南町一丁目」という作品:
練馬南町一丁目。
僕は、
思い出すことが
出来る。
空でも、
木の葉でも、
家なみから
道ばたの石ころまで。
僕はここで育った。
十五の年から十二年間。
僕はここで学校に通った。
僕はここで恋人に出会った。
僕はここで母親を亡くし、
僕はここで留置所を知った。
………
僕にもこのような土地がある。学校に通い、好きな人ができ、父親を亡くした土地が。そこから僕は今立ち直ろうとしているところだ。ネガティブな方から確実にポジティブな方へと。詩人の金井雄二さんが評している通り、まず初めに人間の生活ありきなんだよな、この人の詩は。現実に根差しているから響いてくる。
マイナス2度の中でも日課のウォーキングは止めれない。住宅地を抜けて自販機で暖かい珈琲を買い、中央公園に向かって歩く。公園に着くとこんな気候でもウォーキングの同士がいる。一番土地の高い丘に登ると日の出を見るのを待っている?人が2組、車の中で新聞を読んでいた。
#何も起こらない小説
・山田稔「何も起こらない小説」海風舎
数時間で読める小冊子。ゲストに山田稔を迎えた鶴見俊輔と司会と生徒たちとの対談。「何も起こらない小説」ってなんだかわくわくする。生徒たちはそれが衝撃だったと。随筆か、それとも小説かという境地に達した山田作品に関する興味深い対談だった。
図書館は閉館しているが予約の本の受け渡しは行っているので、阿部昭の本2冊を取り寄せた。「エッセーの楽しみ」と「散文の基本」。「エッセー…」の出だしを読んだがやはり面白い。詩人の金井雄二さんの勧める本にははずれはないみたいだ。濫読に次ぐ濫読。僕の読書の話は適当に聞いて下さい。笑っ
昨日、天牛書店で購入した古本をまだしげしげと眺めている。眺めるだけでは物足りないので1篇ぐらい読んでみたり。「風雨雪」は画家の本なので昔の本にしては丁寧に作られており、多くの挿絵が添えられている。「シャンパンの微醉」はかなり古い本だが、英文のみの表紙で瀟洒な装幀。
古本漁りに目覚めた。といってもこれで打ち止めだけど。また天牛書店で散財。月曜日、午前11時の開店直後に行くのは僕だけだろうと思ったらいるわいるわ同好の士が。皆それぞれの棚を夢中で眺めている。前回どうしても気になった本があってジャケ買いしてしまった。
奥野他見男の「夜の巴里」(訳)「支那街の一夜」(自著) 昭和7年。どちらも娯楽読物といった趣き。この装幀は誰だろうとクレジットを探したが無い。扉絵に「比」の署名があるので田中比佐良ではないかと睨んでいる。函はさすがに焼けているが、本の方は状態がすごく良いのが嬉しい。
今日のラジオ深夜便「明日への言葉」は画家、横尾忠則の話。横尾さんらしく隠居宣言をしたそうだ。彼が40の頃か画家宣言をしたっけ。もう83歳。有名なコラージュのポスター、滝の絵、Y字路の絵と彼は精力的に活動する人だったが、今でもそうなのだろうか。僕はいつの時代も彼の言葉を聞いていた。
今日は精神科デイケア。駅前をぶらぶらと。菅原克己全詩集と木山捷平全詩集を持って。喫茶店で読もうと文化センターで読もうと。時々10円や20円の金で困っている僕が、この詩たちを読んでいるうちに僕の心が満たされていき、何だか自分が金持ちになったような気がした。
「めざめ」
朝のめざめの
湖(うみ)のような心に
昨日のつづきの
今日のうれひはうまれる。
木山捷平
この気持ちわかる。
「ほたる」
あかりは消さう
しみじみと
語りながら──
一ぴき
蚊帳にほたるを
放つておかう。
木山捷平
何かいいなあと思った。
両詩篇共に「未発表詩篇」より
菅原克己の詩集を読んでるうちに、我慢できなくなって随筆集「遠い城 ある時代と人の思い出のために」と詩論集「詩の鉛筆手帖 -詩の好きな若い人たちに-」を図書館で予約した。こんなに読めるのか。阿部昭は悪いけど後回し。予約本が届くまでに茨木のり子を読んでしまおう。濫読家になってしまった。
しつこいようだが菅原克己の唯一の随筆集「遠い城」が図書館に届いたので取りに行く。まだ20ページほどしか読んでないが、非合法だった共産党運動の事の他にも若い頃の思い出や詩作の事が大半で、目次を見ているだけで感慨深い。巻末には「初期抒情詩」という一編もあり、嬉しい一冊がこれから読める。
相も変わらず駅前をぶらぶら。デイケアで一息つけた。合間合間で「遠い城」を読む。読み進んでいくうち、随筆の向こうに菅原さんの詩を感じとれる。風景描写、人の表情や感情、繰り返されていく同じ言葉。何だこの感覚、そして文章!読んでいて素晴らしい感覚を得る。こっそりそれを家に連れて帰る…
菅原克己の「詩の鉛筆手帖」より「『詩とは何か』がわかったところで、詩が書けるはずはない…(中略)…ぼくらは実際的に、詩とは何ぞやと考える前に、詩のほうからおそってくるのがふつうなのだ。ぼくらは詩を書くために生活をしているのではなく、生活そのものの中で詩にぶつかっているのである。」
詩人は日常の経験、体験から印象深い事柄を引き出す名人で、引き出された経験は詩人の中で創造物となり、第二の経験が作り出されることになる。菅原さんの言う事をまとめるとそういうことだ。僕はここでは理屈ばかりこねているけども、一編の詩を書いて既に投稿した。まだここで発表する勇気はない。笑
おはようございます。今日はできれば天牛書店に行く予定。住宅街の端っこにズドンと聳えるモダンなビルがそれだ。行き帰りは閑静な住宅地を通って、御堂筋のすぐ近くなのだけど、反対側には緑地公園というどでかい公園があってとても環境の良い立地です。今からワクワクしてくる。
進士郁「私の出逢った詩歌 上・下巻」(西田書店)。ツイッターでファンになった正一さんの装画の本です。(何と背にも正一さんの版画が!)さっそく前書きを読み、本文をぱらぱらすると、島崎藤村に始まり、僕の好きな西條八十や「いのち短し恋せよ乙女」の吉井勇の詩歌が掲載されている楽しみな二冊。
今日、日本の古本屋から購入した岩田潔「日曜詩人の手帖」が届く。タイトルに惹かれ購入。「趣味人の日曜日」「日曜随筆家」等々「日曜」という言葉に弱い。ほとんど俳句の本だが、「詩のある随筆」「詩と俳句との谷間で」といったワクワクする編もある。たまには古本屋サイトで買うのもいいね。
・菅原克己「詩の鉛筆手帖」土曜美術社
自作の詩、好きな詩、生徒たちの詩等を引用し解説していく前半が面白かった。特に手紙のようにして書かれている「ぼくの詩作ノート」や「日にひとつの詩の試み」は、菅原克己という詩人を深く知るのにとても貴重な資料だ。まことに詩人らしい珍しい随筆集。
日曜詩人
近くの公園を散策した後
小さな仔猫に呼び止められた後
木漏れ日通りという素敵な名の通りを偶然見つけた後
紙コップ一杯のコーヒーを飲んで元気になった後
ささやかな喜びをそっと家に持ち帰る…
家の机で
吞気に締め切りも考えず
詩を書く僕は
日曜詩人
昨晩、雨が降ったようだ。アスファルトが晴天の光を浴びてきらきら光ってる。そんな朝、閉館している図書館の前で片山玲子「惑星」(港の人)を少し読んだ。エッセイ集だけど彼女の詩心がくっきりと映るそんな文章。あまりの素敵さにびっくりした。その後慌てて精神科デイケアに駆け込んだ。
ツイッターで詩を書く人や、書き初めたばかりの僕のような呟き家は絶対読んだ方がいい。彼女のオリジナルなエッセイが中心だが、詩もあいだに挿入されている。僕は詩人で短編を書く作家を時折り読んでいる。シュペルヴィエルと木山捷平と……今デイケアではブラインドを開け光を入れて過ごしてます。
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