金食いヤギの一族

アール

金食いヤギの一族

とある日、男が歩いていると

ふと近くにある見世物小屋が目に入った。


入り口に


「珍獣!金食いヤギの一族!

人間の言葉を喋り、紙幣を好んで食べるヤギ!

その最後の生き残りがここに!」


と書かれた看板が立っている。


……紙幣を好んで食べるヤギだって?

しかも人の言葉を話すだと?


興味をそそられた男は、入って見物をすることに決めた。


長い通路を何度も曲がり、奥にある大きな扉を開ける。


その先は小さな小部屋になっていた。


どうやら客は自分以外に誰もいないようである。


そして、その金食いヤギは確かにいた。


部屋の中央に大きなオリが設置されており、

そこに蹲る小さな影がある。


「ああ、これはこれは。

お客様、ようこそおいでくださいました」


奥の方からここの経営者らしき、背の高く黒いサングラスをかけた男が現れた。


客であるお店は経営者に尋ねる。


「そうでございます。

これが珍獣、金食いヤギ。

人の言葉を話し、エサは紙幣の紙しか食べます。

こんな生き物は世界中のどこを探しても、ここ以外ではお目にかかれないわけで……」


「ふうむ。

しかしそうは見えないがね」


男は疑うような目でオリの中の生き物を見つめた。


そんな男の様子を見た経営者は焦り、急いでオリの元へと駆け寄った。


「おいこら、お客様のお目見えだぞ。

何か喋ってみろ」


そういって見世物小屋の男はヤギのオリを蹴る。


するとヤギがまるで人間のように頭を抱えながら


「すみません……、すみません……」


と呟き始めた。


「こいつは驚いた。本当じゃないか」


男は感心した様子で見つめる。


「そうでしょう、そうでしょう。

…………おいヤギ。お前が紙幣しか

食わねぇもんだから、こちとら飼育費に手を

焼いてんだよ。もっと客を楽しませねぇか……」


「すいません、すいません。

でも私は金食いヤギの一族なんです。

食べたくても普通の餌は体が受け付けません。

だから他のヤギたちから虐められてきました。

もうこれ以上いじめないで……」


「おい、よしてやらないか」


見ていて哀れに思った男は、怒り狂う経営者を慌てて止めた。


「こ、これは失礼しました……。

つい取り乱してしまいまして」


経営者の男はポケットから取り出したハンカチで、慌てて顔の汗を拭う。


それを眺めながら、男は何やら腕を組んで深く考え事を始めた。


客である男はオリの中の哀れなヤギを見ているうちに、亡くなった祖母が言っていたある言葉を思い出したのだ。


「……弱い者は助けてやらなきゃいけないよ。

私たちはみな助け合って生きておるからね……」


……分かったよ、おばあちゃん。

言いつけに俺は従うよ。


男は覚悟を決めた様子で再び経営者に向き直ると、こう言った。


「おい、このヤギ。

いくらなら売ってくれる?」


突然の提案に、相手の男は驚きのあまり目をぱちぱちしていた。


「……買う気ですか?

このヤギを?」


男はこくりとうなづいた。


「うーん、そうですねぇ。

何しろこのヤギは見世物小屋の看板。

簡単に譲るわけには……」


そう建前として経営者は言った後、

とある額を口にした。


3年分の給料は吹き飛ぶくらい、

恐ろしく高額だった。


しかしもう決めた事だ。


「よし買おう」


男はそう強く、そしてはっきりとした口調で宣言した。


この男の職業はただのしがないサラリーマンで

稼ぎはそれほど多くない。


だがこれ以上ヤギがいじめられていくのは

見ていられなかった。


「本当にいいんですかい?

コイツの飼育費は結構かかりますぜ。

なにせ、エサ自体が金なんですから」


「ああ、構わないさ。

頑張って食わしていくよ」


「本当の本当に、いいんですか?

コイツの性格には少々難がありましてね。

とにかく図々しいんですよ。

私は商売道具だからと仕方なく思ってましたが」


「…………?

意味が分からないが、決めたんだ。

もう言わないでくれ」


しつこいほど相手の男は念を押してきた。


それほど、このヤギを手放したくないのだろう。


しかし男の意思が固まっているのを知ると、おずおずと引き下がった。


「では、こちらの契約書にサインを。

3日以内の返品なら受け付けます」


「おい、彼を扱いするな。

もう私の家族の一員なのだぞ」


相手の言い方に不快感を抱いた男はそう

きつく言う。


「し、失礼しました!

……では、これで契約は完了です。

ヤギを連れて行っても構いませんよ」


かくしてついに契約は成立、男はヤギを

オリから出し、家へ連れて帰ることにした。


その道中、ヤギはこの現状について行けていないのか、何度も男にこう尋ねてきた。


「本当に私を養っていただけるのですか?」


「ああ、そういうわけだ。

もうここは君のうちなんだ。

狭いところではあるが、くつろいでくれ」


そう言って男は家の扉を開けた。


男の家は一軒家だがオンボロであり、2人で住むのがやっとという狭さであった。


家の様子を目の当たりにしたヤギは、そう心配した口調で男に尋ねる。


「でも私を育てるとなると、お金がかかっちゃいますよ?」


「まぁ、それはなんとかするさ。

何度も言っているだろう?ここは君のうちだ。

お金のことは心配するな。

……君はもう僕の家族なんだから……」


その言葉を聞いたヤギは嬉しそうに飛び跳ねた。


ようやく自分は自由になったという実感がつかめたらしい。


その様子を男は微笑みながら眺めていた。


……ばあちゃん。

俺、言いつけを守ったよ。

人助けならぬ、ヤギ助けというのは、こんなにも

素晴らしいものだったんだね。


そんな事を思いながらクスリと笑っていると、

ヤギが突然大きな声でこんな事を叫んだ。



「おい、聞いたかみんな!

なんとかするそうだ!もういいぞ!出てこい……」


初め、男はヤギの言っている意味が分からなかったが、やがてすぐに理解することができた。


近くの草むらから何十頭、いや何百匹のヤギが

あらわれたのだ。


その中の一頭がこんな事を言い出す。


「よかったよかった。

お前が見世物小屋の男に捕まったときはどうかと思ったが、みんなで尾行しておいて本当に良かった。

こんな人の良い、

神様のようなお方に出会えたのだからな……」


……おいおい、なんだこれは。

話が勝手に進んでいってるぞ。


一体どういうわけだ。


金食いヤギは珍獣であり、コイツが最後の生き残りではなかったのか。


「ああ。

みんな、もう大丈夫だぞ。

怯えて隠れる日々はもう終わったんだ……」


そんな事を好き勝手にヤギたちは呟くと、

男を置いて勝手にずかずかと家へ

上がり込んでいった。


そんな様子を茫然と男は眺めている。


「コイツは性格にも少々難がありましてね。

とにかく図々しいんですよ……」


見世物小屋の男が言っていた言葉を思い出す。


男は最後にポツリと、こう独り言を呟いた。


「返品しよう……」



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