余命1年の私が知らない人と同棲してみた件について

@mifi

第1話 屋上


「良くて1年ですね」

目の前の医者は申し訳なさそうに、それでいて淡々と私に告げる。その言葉の意味を理解はしているものの脳は中々に受け入れてくれなくて。きっと今の私はとんでもなく情けない顔をしていることだろう。そんな私の表情には気づいていないのか、はたまた気づいていたとしてももう何度も見た光景だからか、医者はこれまた淡々とこれからの事について話し出す。

自宅治療にするか入院するかだとか、薬はどうだとか。

正直に言うと殆どの言葉は右耳に入ると同時に左耳から抜け出しており、自分がどう返事したかもあやふやなまま医者に心のこもっていない礼を言ってから部屋を出た。

本来ならば会計の為に真っ先に受付へと向かうべきなのだろうが、生憎ながらそんな元気はない。もしかすると病院側の仕事を増やし迷惑をかけてしまうかもしれないなと思いつつも、私の足は人の少ない方へと向かっていく。

エレベーターを避け階段を上り、唐突に肌をチクチクと刺すような明るさを感じて顔を上げてみればそこは屋上で。落ちないように高く頑丈に作られたフェンスの前には、きっと春になれば明るくなるのであろう今は寂しいプランターが並べられていた。

そっと辺りを見渡せば、運がいいのか普段からなのかは分からないが人影は見えず、ここならば頭の整理もできる事だろうと近くにあったベンチに腰掛ける。昔からあるのだろう古びた木のベンチは冷たく、温かい飲み物を持っていない自分に軽く舌打ちをしながら目を閉じた。

「余命、1年かぁ……」

医者に言われた言葉を口にしただけで喉元に何かが込み上げ、まるで首を絞められているかのような感覚に陥ってしまう。素直にその苦しさに身を任せていれば両目からはボロボロと涙が溢れだし、誰も居ないことをいい事に段々と声量を上げながら自分の残り時間の短さに文句を言い泣き叫んだ。

そこから一体どの程度の時間が経ったのだろうか、ようやく落ち着きトイレで化粧を直してから受付に行こうと思い立ち上がり出口へ向かおうとくるりと振り返った所にそいつはいた。

ボサボサの髪の毛に入院服。腕に点滴を刺しており私よりかはいくらか背の高い男が。これはきっと情けない姿を見られてしまったのだろうなと顔を赤らめながらも、もう二度と会うことはない人だろう忘れるに限るだろうと、軽く会釈をし男の横を通り抜ける。つもりだったのだが、その計画は男が言う言葉によって潰れてしまう。

「貴方も、余命1年なんですか?」

やはり見られていたか、とか考えている余裕は無かった。今この男はなんと言ったか、貴方も?それはつまり目の前にいる男の余命も1年と言うことだろう。誰も居ない屋上でばったり出会った人と同じ余命だなんて、これは偶然を通り越して運命を感じてしまう。

小さく頷けば男は寂しそうな表情で、しかしながら何処か嬉しそうな、安心したような声で私の目を見ながら言う。

「実は俺もなんですよね。昨日言われて実感なんてまだ湧かないんですけど。ここで会ったのも何かの縁です、よければ少しお話しませんか?」

普段の私ならば安いナンパみたいなセリフを完全に無視していたはずだ。そして今日も普段のように断るべきなのだろう。だがしかし、今この男を逃してしまえば私は誰に泣きごとを言えるのだろうか。死にたくないと叫んだ所で私の気持ちを本当に理解出来る人が私の周りにいるのだろうか。

そんな考えがぐるぐると脳内を駆け巡り私が出した結論は

「少しだけなら」

というなんとも中途半端な答えだった。

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