第5話 名前を聞かれました



 ――自分がもう死んでいて違う世界に来てしまった事、もう二度と家族や友達に会えない事……。十四才の少女にはどれも重い現実だ。


 それでも泣きそうになりながらも、彼女はしっかり口を開く。


「…… 説明してくれておおきに。つまりはこういうことかいな。魔王さんとの事は一旦置いとくとして、向こうの世界でウチはもう死んどる。魂だけでこっちへ来たんは、魔族さん達の救済の魔女になるため。人間さん達と戦うのに手ぇ貸して、勝利させえて言うねんな?」


 ゴクリと喉を鳴らし緊張しながらも突っ込んで聞く。


「はい。簡潔に言いますとそうなります」


「……ウチは戦いのない国育ちや。血ぃ見るのんも怖いし、よう戦えへんと思うで」


 首を振り涙を浮かべ、無理だと必死に訴える。


「大丈夫! 君にやってもらいたいのは戦うことじゃないから!」


「へ? そうなん?」


「うん、だから心配しないで? ……やっぱり、君に決めてよかったよ」


 超絶美形な魔王陛下は静かな声色ながら、どこか確信を持って頷かれた。


「……うぅ」


「ごめんね?」


 俯いた彼女の頭を撫でて、その顔をソッと覗き込む。


 麗しき魔王様のご尊顔を間近で見てしまった彼女は、忽ちのうちにりんごのように真っ赤になってしまった。


(うえぇっ!? こ、こんなんずるいわぁぁっ! 美形に免疫ないゆうのに、こんな近くで見つめられたら何も考えられへん。丸め込まれてまう!!)


「あ、そうだ。一つ大事な事を忘れてた。ねぇ、君……」


 ついでに頭を撫でていた手をするりと頬に移動させる。


「君の名は?」


「ふえぇぇぇっ!?」


 魔王の無駄に色気のある声で囁かれて、ビクンっと飛び上がり、奇声を発しながら後ずさる。

 その初心な反応に気を良くした魔王様は、魅惑的に微笑みながら再度彼女に近づき尋ねた。


「ねぇ、君の名を俺に教えて? あ、俺の事はアルって呼んでね。正式名は無駄に長いから覚えなくていいよ」


「やっ、あ、あ、うぇ!?」


「やだな、そんなに怖がらなくても今はまだ何もしないって……ほら、教えて?」


「ふぇっ? あ、う、ウチの名前は紫音や……」


「へぇ、シオンかぁ。君にぴったりの可愛い名前だね。これからよろしくね、シオン!」


「ど、ど~もよろしゅうに? ってあれ?」



 ――何気に押しが強い魔王様に軽々と流され、いつの間にか共に人間退治を一緒にすることに同意してしまっていました……?




 一応、正式な魔王陛下のお名前も教えてもらった。


 アルヴィシュナーガ・ディアボルス・レクス・プラエスティー・ギアエ様……とおっしゃるらしい。


「え……何て?」


「ふふっ、やっぱり長くて覚えにくいでしょ?」


「うん、ホンマや……」



 ――確かにすごく長い。紫音には全部覚えきれる気がしなかった。


「だから、アルって呼んでいいからね」


「はい。そうさせて貰います」


 大人しく頷いた。魔王陛下を愛称で呼ぶことは畏れ多いけれど、正式名を聞いた後だと良かったと思う。


 初対面の格好いい青年を、まるで恋人のような呼び名で呼ぶのは、何となく気恥ずかしい。

 でも、想像以上の長い名前に唖然としている内に紹介が終わってしまって、残念ながら彼女の記憶には「アル」までしか残らなかったのだ……。結局、双方にとって、良い結果になったといえる。




 ついでに魔導師長様のお名前も聞いてみた。こちらはフェルディナン・イル・ペッカートゥム様とおっしゃるらしい。


 魔王様ほどじゃないけどこれまた長くて発音しづらいお名前だった……。


 魔族の方はこれが標準なんだろうか? 自分の記憶力に自信がない紫音は、先行きが不安になってきた。


 思わず固まっていると、役職名で呼んでくれたらいいですよと言ってくれたので、ありがたくそうさせてもらう事にした。





「さて、今日はシオンも疲れているだろうし、ここまでにしようか。皆にお披露目するのは明日にしようね。それと、ここは君の部屋だから。好きに使って欲しい」


「え、ここが!?」


 ヨーロッパのお姫様が住んでいそうな、豪華すぎるわ広すぎるわで全面的に自分には立派すぎる、この部屋が!?

 学校の教室がすっぽり入ってしまうほどの広さを持つ天井の高い部屋には、豪華な応接セットや本棚、その他にもおしゃれな家具が幾つかゆったりと配置されている。


 出入口と思われる扉以外にも、左右の壁にもいくつか扉がついてるので、続き部屋まであるらしかった。寝室やドレスルーム、専用の浴室やトイレまで付いていると聞いて、その規模の大きさに倒れそうになる。

 この一部屋だけでも、紫音が住んでいたマンションより広いというのに……どうしよう、寛げる気がしない。


 一つ一つの調度品はどれも見るからに高価そうだし、掃除するのも大変そうだ。傷つけたり汚したりしないかと不安になるし。


 落ち着かなくてソワソワしていると、何か勘違いしたらしい魔王が、斜め上の心配をしてくれた。


「あ、調度品が気に入らなかったら言ってね。すぐ取り替えさせるし、別の部屋を用意することも出来るから。それともちょっと狭かった?」


「……いやいやいや、十分に広いですって」


「そう? 遠慮しないで何でも言っていいんだよ。もっと華やかな部屋もあるし」


(嘘やろ……これ以上とか無いわぁ。さすが魔王陛下、価値観の違いがエゲツない)





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