2.殺伐とした日々に疲れたオジサン、山奥でスローライフを始める

2-1

《とある中年男の受難》



「俺が悪かった!!!」


 朝っぱら、人でごった返す宿屋の食堂で、一人の男が深々と頭を下げていた。

 それを向けられた数人の傭兵たちは、困惑しきった様子でその頭を見下している。


「今まで、みんなに嘘を吐いてた。いや、隠し事をしてた。俺の出自は、『夜鷹の杜』の諜報部なんだ。リーダー、あんたの師匠から、死に際にあんたのことを任されたんだよ。けど、あくまであんたが普通の冒険者として生きられるように、俺は隠れてサポートに徹するつもりだった。本当は戦闘もできるんだ。けど、俺が悪目立ちしたら、みんなの評価に不正が混じると思って……。俺が要らないっていうなら、大人しく引くつもりだった。けど……。俺、本当はこれからもみんなと一緒にいたい。俺にとって、初めてできた家族だったから……。だから……!」


 唐突に始まった謎の告白に、周りの客は少し引きつつ、興味深げな視線を向けている。


「……頭を上げてくれ。謝らなきゃいけないのは俺のほうだ。俺が馬鹿だったんだ。この数日、傭兵組合で嫌ってほど分からされた。いや、初日にこっぴどく叱られた。仲間を大切にしない奴に仕事は任せられない、って。俺、悔しかった。実力で見返してやるって、無理やり魔物討伐に行って。でも、あの人たちの言ってることが正しかった。俺たち、今までずっとお前に助けられてたんだな。そんなことにも気づけなくて。俺、ホントに馬鹿だった。お前のこと、探してたんだ。けど、町中どこ探しても見つからなくて。俺、取り返しのつかないことしちまったんじゃないかって。だから……!」


 二人の男の視線の高さが揃い、熱っぽく互いを見つめ合った。

 二人は無言でハグをし、数人の仲間がそれを囲んで抱きつく。

 事情もよく知らないまま周りの人間がそれを囃し立て、食堂が俄かに沸き立った。



「………………なんだありゃ」


 俺は部屋の隅の卓でそれを眺め、久方ぶりに目にする腸詰肉に齧り付いた。


「さあ? 最近は帝都も色んな人が流入してるらしいからね。私たちみたいに」


 そう言って含みを持った笑みを浮かべる女とは、つい先日知り合ったばかりだ。そして、今日別れる。


『リーダー、聞いてくれ。今すぐ帝都ここを離れるんだ。この町はヤバい。頼む、俺を信じてくれ!』

 そんなことを言いながら困惑する仲間たちを引っ張って宿屋を飛び出していった男を、俺は漫然と見送った。


「まあ、なんでもいいさ。これ食ったら俺は帰るぜ。帝都ここにはなるべく見たくねえ面がいるんでな」

「まあそう急かなくてもいいじゃないか。あんた、いい腕してるよ。そいつを見込んで一枚噛んで欲しい話があるんだ」


 その後ろ暗い光を宿した瞳は、昔からよく見たものだった。

 

「断る」

「ええ?」



 俺は元山賊だ。

 ここよりさらに北、ジオバーナ領の領主と内通しながら、領主にとって都合の悪い人間が帝都に上っていくのを襲っていた。

 薄汚ぇ仲間たちだったが、俺にとっちゃ大切な家族だ。そりゃ稼業が稼業だ、平和に安らかにとはいかねえが、それなりに充実した生活だった。


 あの化け物どもに出会うまではな。

 酷いもんだったぜ。こっちの常識が何一つ通じねえ。

 気づいたときには俺の家族はあいつらの手でメチャクチャにされてた。そこへ来て二年前の潮害だ。領内の農作物は壊滅。旅人も通らないような山道に巣を張ったって食い扶持の稼ぎようもねえ。肝心の領主はこっちのことなんざ真っ先に切り捨てようとするだろうさ。俺たちは散り散りになって夜逃げした。


 そこからも大概酷い目に合った。

 どこもかしこも飢饉飢饉だ。魔獣だって飢えてた。

 山賊は家族なかまを見捨てねえ。けど、人の手にはどうしようもねえことのほうが、この世にはずっと多かった。一人、また一人道連れが死んでいって、ようやくこの辺りまで流れ着いたときには、俺の隣には誰もいなくなってた。


 正直生きる気力も失くしかけてたが、ようやく運が巡ってきたのはその時さ。

 たまたま迷い込んだ山の中で、一人のじいさんに出会ったんだ。

 そのじいさん、何やらかしたのか麓の村から追い出されて、山の中で炭作っては細々と暮らしてたらしい。

 俺はじいさんを殺した。

 そんで死体にちょちょいと偽装して、麓の村まで届けてやったのさ。


『このじいさんには世話になった。昔何があったかは知らねえが、誰も縁者がいねえっつうんなら、俺にあの炭小屋を使わせてくれねえか』


 二つ返事で了承されたさ。

 どうでもよかったんだろうよ、あのじいさんのことも。あんなちんけな炭小屋のことも。

 俺はその時決めたのさ。ここを終の棲家にしよう。そのために、もう人を殺すのはこれで最後にするんだ。ってな。

 いや、別に改心したとかそういうんじゃねえよ。必要性の問題さ。俺はもう静かに暮らしたい。荒事とは無縁でいたいんだ。


 そしてそれは、上手くいってた。

 村の連中に教わりながら見様見真似でちっぽけな畑を作って、山ん中ふらついて小せえ獣を狩って、申し訳程度に炭焼きもこなして村の奴に分けてやった。

 なんだ、自分一人生きるだけなら、なんとでもなるもんだ。

 

 そんなことしてるうちに南国グリフィンドルとの戦争がおっぱじまった。

 麓の村にも徴兵が来たらしいが、俺はバックれた。

 ふざけんじゃねえ。

 俺がようやく手に入れたものを、今まで俺に見向きもしなかった国だの教会だのが奪おうとするんじゃねえ。

 ごたごたした話なんざ聞きたくもねえ。俺はそれきり耳と目を塞いで下界の事情を気にしないことにした。


 いつの間にかその戦争も終わってたらしいが、それもどうでもいいこった。

 てっきりスリザールは負けるもんと思ってたから、結果については意外っちゃあ意外だったがな。

 そんなことも気にすることなく俺が悠々自適なスローライフを満喫してるところに、珍しく客人が来たのさ。


『あの、すみません。道に迷ってしまいまして』


 嘘つけ。

 こんなとこに道間違いで来るやつがいるもんか。

 けどまあ、久しぶりに見る若い女だったから、ついつい俺も油断しちまった。

 帝都を目指しているとかいうその女は、西国レイブンクリューの出身だそうだ。

 旅の仲間は道中で魔獣に襲われ散り散りになってしまったらしい。報酬を払うから帝都まで自分を送り届けてくれないかと、そんなことを頼まれた。


 全く、今思えばその場で断るのが一番良かった。

 ほいほい誘いに乗っちまった俺が、都合七日間の旅路の果てに辿り着いた帝都で、今日はもう遅いからと宿を取り、一夜明けた今、さらなる厄介ごとに巻き込まれそうになってるってわけだ。



「断るっつったんだよ」

「つれないこと言わないでおくれよ。ここには私の仲間が大勢潜伏してるんだ。デカいヤマさ。報酬も弾むよ」

「やめろやめろ。そういうのはもうちょい血の気の多い奴に言ってくれよ」

「あんた以上に血の気の多い男なんてそうそういるもんか。私にはわかるんだよ。それに、話の中身を聞けば少しは興味も出てくるだろうよ。いいかい、私たちのターゲットはね――」


 話を聞かない奴だな。面倒だ、部屋に誘いこんで殺しちまうか……いやいや、そういうことをしないために断るんだろ。本末転倒だ。

 わずかに口ごもった俺を見て、女は話を聞く気になったと勘違いしたらしい。

 かさついた唇を俺の耳に寄せて、小さく囁いた。


「救国の勇者――ウシオ・シノモリさ」


 心臓が跳ねた。

 一瞬で頭に血が上り、瞬きを忘れた。



『よお。良い夜だな』



 その、名前は。

 忘れもしねえ、どこの国のもんとも知れねえ独特の響き。

 ああ。忘れもしねえさ。

 そいつは、俺の家族をメチャクチャにしやがった、あの時の怪物の名前だ。

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