7.帝都激戦
7-1
一時間前。
「俺が囮になろう」
「陛下!?」
緊急の作戦会議の場で、ミソノ様が何か言い出すよりも先に、レンタロウ様がそう提言したのだ。
「あの男は、俺の影武者を影武者と見抜いていた。ならば、本物の俺が助けを求めて縋りつけば油断も誘えよう」
「お、お待ち下さい陛下! そのような危険な真似をさせるわけには――」
それを止めたのは、近衛師団団長――アミカス・カルロだ。
「ならば、俺の身を護るものを同時に連れてゆかねばならん。俺のために命を張れるものはおるか」
「……っっ!!」
兵士たち全員の身に緊張が走る。
レンタロウ様は、一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐き、吸い込んだ。
「聞け」
厳かな声で。力ある声で。
言葉を放つ。
「正直に言おう。勇者ウシオ・シノモリが戻ってくる保証はない。我々は立ち向かわねばならん。あの災厄そのものの男に。ただの人の身でだ。勝てる保証などあるはずがない。生き延びられる保証などあるわけがない。今日、このスリザール帝国は滅びるやもしれぬ。それは、偽らざる事実だ」
それは、魔性の言葉だ。
時に人を導き、時に煽り、怯えをもたらす。
詐欺師の言葉が兵士たちを支配していく。
ただし――。
「俺は今まで、優れた王ではなかった。お前たちは今まで、優れた騎士ではなかった。この国は、優れた国ではなかった。では、我々は滅びるしかないのか? それが、あのような無法の若者に自分たちの街を蹂躙されていい理由になるのか? 卑怯なものは、怠惰なものは、捻じ曲がったものは、何もできずに負けるしかないのか? …………そんなことがあってたまるか!!!」
以前に一度だけ聞いたことがある。
レンタロウ様が本気で人になりすますとき、自分の中に他者の人格を降ろす感覚があるのだという。
ならばその言葉は、間違いなく陛下自身の
怠惰で、無能で、放埒で、それでも変わりたくて、自分に誇りを持ちたくて、認められたくて。そんな願いを叶えることなく、道半ばに斃れた一人の男の、それは叫びなのだ。
「俺たちは変わらねばならん。偽りでもいい。この場限りの威勢でもいい。賢くなくてもいい。強くなくてもいい。たとえどんな手を使ってでも、あの侵略者に打ち勝つ。それこそが、我らが真に生まれ変わる最初の一歩となろう。愚かな王と誹りたければ誹るがいい。逃げたいものは逃げればいい。だが! この愚王の歩む道に着いてこようという大馬鹿がいるならば!」
――共に叫ぼう。
地鳴りのような咆哮が、響き渡った。
そして、今――。
遥か遠く、轟音と共に大量の白煙が立ち上っていた。
それは、異世界の知識を以って作られた兵器だ。
火気に反応し、僅かな質量から急激な燃焼を引き起こす。
それを密閉した容器に充填することで衝撃力を付加しているのだ。
原料の確保が追いつかず、量産には断念した代物だったが、ミソノ様は今回の作戦で既に生産していたそれを全量投入した。
そこから先の詳細は分からないが、恐らくレンタロウ様が、自らを守ろうとする勇者の背に縋りつくふりをして、その爆弾を取り付けたのだろう。
あれだけの威力だ。
常人ならば最早原型を留めていまい。
常人ならば。
「爆破、確認。陛下、離脱します!」
「よし。これで最後よ。魔術師ども、ありったけ魔力絞り出して集中砲火!」
「了解! 総員、構え! 3、2――」
「僧兵どもに伝令! 『聖域』展開!」
「了解!」
「――1、撃てぇ!!」
普段よりも多く配置した伝令兵に、ミソノ様が次々と指示を飛ばしていく。
先ほど、イサム・サトウをしきりに挑発していたときと違い、その表情には余裕がない。
分かっているのだ。この程度で倒せる相手ではないと。
それを証明するように、立ち込める白煙を虹色の爆発が吹き飛ばし、その中央から人影を浮かび上がらせた。
風に乗って叫び声が聞こえる。
こちらの魔術師部隊が余力を振り絞って放った最後の魔法は、その虹色の波動だけで消し去られた。
常人ではない。そんなことは最初から分かりきっていたはずなのに、改めて戦慄を覚える。100人近い魔術師の一斉砲火に、一人の人間が耐えきったのだ。
これで、我々に魔法の手数はなくなった。
爆風に紛れ、三組に分散したレンタロウ様と近衛兵たちが馬に乗り、ばらばらの方向に逃げていく。更に、それぞれの進行方向に潜んでいた囮の兵たちが姿を見せて敵の狙いを攪乱している。
私の下に別命を受けた伝令兵が駆け付け、報告を寄こした。
「ミソノ様。今のところ他の戦場からの救援要請などは届いていないようです。帝都周辺にも敵兵の影は見えない、と」
「……多分、あのクソ女はいないわね」
「やはり、そう思いますか?」
先ほど、ミソノ様がそれに触れたとき、イサム・サトウは露骨に話を逸らしていた。
考えられるとすれば理由は二つ。
セイカ・タナカはどこかで別の作戦行動をしているか、彼女が今回は参戦できない理由があるか。
私の直感は後者を告げていた。
イサム・サトウの声に、隠し切れない憤りが滲んでいたからだ。
「よし。なら、予定通りの手で行くわよ。一番二番は敵の誘導。三番から六番で迎撃用意。七番は補給……。で、
「いけますか、みなさん?」
数名の兵士たちが、青白い顔を必死に引き締め、同時に頷いた。
その中の一人が、震える口元で懸命に笑みを作る。
「
その身に、グリフィンドル兵から鹵獲した装備品を纏って。
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