1-4
先日、第一師団の騎士たちとの間にこんなやり取りがあったそうだ。
「辺境警備の田舎騎士たちに敗北したそうだな」
「面目、次第もございません……」
「呆れ果てたものだ。お前たちはこの俺の身を守る近衛騎士ではないのか? つまり、やつらがクーデターを起こそうものなら、俺はいともたやすく殺されることになる」
「そ、そんなことは……!」
「陛下! 我々は――」
「もういい」
「ひっ」
「へ、陛下……。なにとぞ、なにとぞ機会を――」
「すまなかった」
「「「!?!?」」
「……へ、陛下!?」
「俺は今まで、お前たちの忠心に正しく報いることをしていなかったようだ」
「陛下! 頭をお上げください!」
「アミカス・カルロ」
「へ、陛下……。私の、私の名を、覚えて……?」
「王宮にてただ放蕩に生きる主君に、お前のような由緒ある伯爵家の男が守護の大義を見出せずにいることに咎があろうものか」
「陛下……。私は……違うのです。私は――」
「言うな。お前の生き方が騎士道を逸れたことの遠因はこの俺と王家にある。そして、その結果が先の演習戦での大敗だというのなら、まさしく因果がこの俺に報いたのだ」
「お、おやめください! 王たるものが、やすやすと己の行いを悔いてはなりません!」
「聞け。今、我が帝国は未曽有の危機にある。俺はこれ以上暗愚であるわけにはいかないのだ。そして、俺に最も近しい騎士であるお前たちも」
「お。おお。おおお……」
「王命である。第一師団団長、アミカス・カルロ伯爵。騎士としての全てを取り戻せ。そして、それを俺に捧げよ」
「しかと、承りました……!」
なるほど。いつも傲岸な態度で王宮を闊歩しメイドたちに下卑た視線を向けるあの中年の男が、先ほど別人と見紛うほど精悍な顔つきをしてすれ違ったときは何事かと思ったが、そういう経緯があったらしい。
まずはプライドをへし折り、次に救いの手を差し伸べ、心酔させる。
やってることは完全に詐欺の手口だが、まあそれで第一師団の面々が陛下に忠誠を誓ってくれるなら成果としては望むべくもない。
どうやら、先日自作自演の誘拐騒ぎを起こしたバグショット伯爵を第一師団が保護したのは、彼を匿うためではなく、罪状を突き付けるためであったようだ。
彼を脅しつけ、彼の汚職に関わりのあった財務卿と法務卿をまとめて潰すための証拠集めに使ったのだろう。
そしてその連座として自ら団からの除名を願い出たカルロ伯爵を陛下は引き留め、彼に罰として多額の金員を供出させた。そして、その全てを騎士団の設備投資につぎ込んだのだ。
今や第一師団だけでなく、帝国騎士団全体において、国王陛下の評判はうなぎ上りである。
「まぁ、元がマイナスのどん底だったからね~。プラマイゼロに持ってくだけで相対的には爆上げだもん。ここ最近で一番楽な仕事だったよ~」
「それは結構ですが、これはなんです?」
深い蒼色に染められた、軽やかな生地を摘まみ上げる。
まあ、
ただ……。
「え? どこかサイズ違ってた?」
「いえ。恐ろしいほどフィットしてますが……」
自分で着るのは、流石に初めての経験である。
「おー。サっ子。見違えたな」
「あらサク。似合うじゃない。もうちょっとデコルテ見せるデザインでもいいと思うけど」
「あはは。この国の倫理観じゃアウトだね~」
もうじき、越冬の時節に行われる年中行事の夜会が開かれようというときに、私は何故か、王宮最奥の一室で三人の悪党たちの見世物にされていた。
いつもきっちりと結い上げて留めている黒髪も、今はカチューシャを外され、シンプルながらも気品あるアクセサリーによって装飾されている。
「レンタロウ様。なぜ近衛騎士の方が私にこれを? 今度は一体どんな詐欺を働いたんです?」
「やだな、騙してないよ。騎士のみんなが勝手にやっただけだよ。僕は悪くないよ」
「……」
少しは得意の演技をして誤魔化せ。
『陛下が、最も大事な女性にドレスを贈りたいとのことで』と、私に鼻息も荒くこのドレスを押し付けてきたときは、はて一体誰のことだろうかと首を傾げるばかりだったし、なぜ一度私を介して贈る必要があるのかも不可解だったが、まあ直接聞けばよかろうとレンタロウ様を探していたところ、それを見つけた若いメイドたちに寄ってたかって更衣場へ連行され、事情が分からず困惑するうちにあれよあれよと着飾られてしまったのだ。お前たち、仕事はどうした……。
『頑張ってください、メイド長!』などと私の背中を押すメイドたちを問い質す間もなく、そこに現れた国王陛下が『うむ。よく似合っている』などと甘言を吐き、色めき立つメイドたちを置き去りに私を連れだし、今こうして秘密の部屋にてミソノ様とウシオ様に迎えられたのである。
一体なんなんだ。
ちなみにここ一月ほどの間、メイドたちの夜伽の仕事はストップしている。最初は体調不良をその理由としていたが、途中からは『騎士たちに範を示せと言いながら、この俺が今までどおりでいるわけにはいかない』と、この戦争が終わるまでは王宮内を清く保つことを宣ったのだ。
そして――。
『ミレーヌ。指が荒れているぞ。そのような手でこの俺に奉仕するつもりか。メイド長、軟膏と手套を手配してやれ』
『コミリア。最近茶の腕が上がったようだな。誉めてつかわす』
『テレーズ。お前の母親が体調を崩したそうだな。これを持って見舞いに行ってこい』
次々と、陛下は若いメイドたちの心を掌握していった。
そんな調子で社交場にも積極的に顔を出し、最初こそ困惑していた有力貴族の当主や子女たちもすっかり今の陛下への心証を良くし、今や帝都における国王の評判はかつてないほどに高まっている。
てっきりその調子で、どこぞの令嬢を手籠めにするつもりなのかと思っていたのだが、まさか私にドレスを誂えていたとは……。
「あの。今国庫を無駄に使う余裕はないのですが……」
「あ~。大丈夫大丈夫。それ、カルロ伯爵のお金で買ったやつだから」
「ていうか、無駄じゃないわよ。あんたと国王の仲をアピってあんたの発言力を増してやろうってんでしょうが。
「サっ子。背筋曲がってるぞ。腹筋を鍛えろ腹筋を」
「………………はぁ」
カルロ伯爵の金で私のドレスを誂えるのも問題だし私が国王と最も近しい女となるのも問題だし私の背筋が曲がったのは腹筋が足りないからではなく鉄塊のようなストレスのせいだが、その全てを飲み込んで、私は大人しくその後のパーティーで国王陛下の傍に侍り続けた。
なるほど、これはミソノ様の策の一環なのだ。そう、自分に言い聞かせて。
そして、改めて普段とは違う立ち位置からパーティー全体を眺めてみれば、やはりレンタロウ様の扮する国王陛下の変貌ぶりを訝しむ人々は少なからずいるようだった。ただ、それも彼がまめまめしく参加者たちの間を飛んで廻るうち、徐々に徐々に旗色を変えていった。
やがてパーティーが終わる頃には、会場全体が生まれ変わった国王陛下を讃える雰囲気に染まっていた。
『俺は天啓を得たのだ』
王室は変わる。
騎士団も変わる。
そうでなければ、滅びるしかないのだから。
翌日。
私はパーティーの後始末諸々をメイドたちに押し付け、一人帝都の片隅に構えられた屋敷を訪れていた。
それは、本来この国から切り捨てられたはずの稀代の悪臣――ゴイル侯爵が、帝都に潜伏するために用意された大屋敷であった。
予め話を通していた使用人によって招き入れられた私を、酒焼けしたダミ声が出迎えた。
「遅いぞ、メイド長! 何をしていた!?」
荒れた肌と、隈の目立つ目元。
やや肉のついた体を、商家の御曹司のような衣服に包んだ金髪の男。
ユースタス・サラザ・スリザール。
本物の、国王陛下である。
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