5-3
《???》
あっはははははははは。
悪魔。
悪魔って。
あはははは。
あの子たちは相変わらず見ていて面白いねえ。
おっとっと。
唐突にすまんね。
どうもどうも。お久しぶり。
うん?
お前は誰だって?
うふふ。そんなことはどうでもよろしい。
神様でも悪魔でも、好きなように呼んでくだせえ。
いよいよ待望の戦争が始まって物語もいよいよ加熱しようってときに、あんまり無粋な説明ばっかり挟んでもねえ。
さてさて、何で藪から棒に私が皆様に話しかけたかっていうとだね。
ちょっとだけ思い出してほしいことがあったからなんだ。
思い出してほしいというか、見直してほしいというか。
さっきまで悪党どもがくっちゃべってたあの秘密の部屋の話さ。
最初にこういう説明があっただろう。
『聖陽教の総本山、その内奥に造られた秘所に、七人の人間が集まってた』
あれあれ、おかしいねえ。我らが
まあ、鋭い方は何人か気づいてらっしゃったみたいだけどね。
うふふ。別に大した秘密じゃあない。
もうお気づきの方もいるかもしれないが、七人目の登場人物……いや、非登場人物は、あの哀れなシスターちゃんさ。
彼女はねえ、実に健気な子だよ。聖女の傍付きを任じられて以来、いや、それより前、三悪党の監視を上役の司祭に言いつけれて以来、片時も離れずにあの黒髪の少女に付き従っていたんだ。
当然、最初に領主と教皇の会合に踏み入って教皇サマの首が締め上げられている時だってそこにいたし、その後でそこに商会長が加わって聖女と勇者をでっちあげる算段をしているときだってそこにいた。なんなら時系列を弄って、偽聖女が戦場の端で司祭や僧兵たちに指示を飛ばしている時だってそこにいたんだよ。
え?
そんな描写はなかったって?
そりゃあそうだろう。
だって彼女、なんにもしなかったんだもの。
ガタガタ震えて、ぶるぶる蒼褪めて、目を瞑って、目を逸らして、彼女はなーんにもできなかった。
自分が今まで信仰を捧げてきた教えの、そのトップにおわすお方がとてもとても清廉潔白とは言えない企てに参加してるってのにね。
敵兵に魔獣をけしかける?
ただの一般人を聖女と勇者に仕立て上げる?
こっちの命令を聞かずに全滅した村人たちが、いい口減らしになったって?
おいおい。
いくらなんでもそりゃあねえだろう。
人の道に反してる。
でもね、彼女はなーんにも言わなかった。
誰にも告げ口なんかしなかった。
ただただ、縮こまっていることしかできなかったんだよ。
最初は気を使っていた脳筋男や詐欺師の少年も、早々に彼女に興味を失くして、話しかけることもなくなっていた。クズの少女だって、利用価値のない人間にまで悪態吐き続けるほど暇じゃあない。
彼女はただ、そこにいるだけだった。そりゃ書くことなんかないさ。
彼女は脇役ですらない、ただの
そんな彼女のことを、みなさん、臆病者と罵るかい?
義を見てせざるは勇無きなり。
彼女は正しい行いをするために立ち上がるべきだったかい?
そして、なんの意味もなく、権力者たちによって消されてしまうべきだったかい?
馬鹿を言っちゃあいけないよ。
誰だって命は惜しい。
彼女があの場にいた六人の誰か一人だろうと、出し抜けた可能性なんか万に一つもなかった。
彼女が自分の身を守るためには、黙っているのが正解だったんだ。
彼女は正しい選択をしたんだよ。
けどね、たとえホグズミードの実権を握る三人の老人たちや、己の道をひた走る三悪党たちの物語においては取るに足らない路傍の石ころだろうと、彼女は一人の人間なんだ。
人間一人分の質量と時間が、そこにはしっかり詰まってる。
歳は十七。平凡な商家の生まれで、子供のころから本を読むのが好きだった。
十一の時に両親が他界し、身寄りを失くした彼女は聖陽教の教会へと身を寄せた。
週に一度のお茶会と、交易のために街を出入する商人たちから外の世界の話を聞くのが楽しみで、たまに夜更かししては年配のシスターから叱られる。
そばかすが消えないのと、同い年のシスターより発育が悪いのが悩みで、趣味の合う年上のシスターにはよく可愛がられてる。
イチジクのサラダは好きだけど、ジャガイモのスープはちょっと苦手。
両親の命日には、毎年街外れの野原で摘んだ
魔獣退治も麻薬取引も人身売買も武器密売も、ましてや戦争なんて縁もない、普通の暮らし。平和で、穏やかで、暖かな暮らし。
そうとも。
彼女には彼女の
誰に譲ることもできない、彼女が主役の物語。
その道は、一体どこに続いているんだろうね。
さあ。
退屈な幕間はここまでと致しましょう。
そろそろ、ホグズミードが舞台の
さてさてお次に私が皆様にお目見えするのはいつになるでしょうか。
それは神様にも、悪魔にも分かりませんや。
うふふふふふ。
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