5.来訪者
5-1
ホグズミード領の辺境の村に聖女と勇者が現れて数日後、グリフィンドルによる侵攻が開始された。
初日、ホグズミード側の人的損害はほぼなし。分散した敵の侵攻の各個撃破に成功した。
その後五日間、散発的な侵攻部隊が現れたが、いずれも領境から中ほどまでの間に魔獣の襲撃を受け大きく損害を出した上、ホグズミード側の戦力による追撃を受け敗走。
侵攻開始から七日目。帝国スリザールからの使者が来訪。既に占領されたトラバーユ領奪還のため領北部の平原にて会戦が行われる故、戦力を供出されたしとの由。
使者には了承の意が伝えられたが、偶然にもその帰路にて敵国兵と遭遇。殺害される。
十日目。初めて敵の部隊が連隊を組み行軍。ホグズミード領主の備える騎士隊のうち、聖女の指示に従わず独断専行した一部の兵に損害が出る。
翌十一日目。勇者の率いる一団により敵部隊の撃破に成功。領土中ほどまでの侵攻を許すも、一般市民への被害はなし。
十三日目。トラバーユ領の北部にて、グリフィンドルとスリザールの両軍による初の大規模な会戦が起きる。結果は大敗。グリフィンドル本軍が大きく北進を果たしたとの報がもたらされる(ホグズミード領兵力の損害はなし)。
十五日目。領主からの命に従わず、頑なに避難を拒んでいた小村が敵軍に占拠される。
その日の晩に聖女の作戦により夜襲が仕掛けられ、村は奪還されるも住民はほぼ全滅。
十六日目。
十七日目。
十八日目………。
夕刻。
聖陽教の総本山、その内奥に造られた秘所に、七人の人間が集まっていた。
「とりあえず追加の食糧は確保した。明日には避難民に行きわたるだろう」
そう言って、幾束かの書類を円卓に放り、でっぷりと突き出た腹を撫で摩ったのは、ホグズミードに根を張り、他国との交易を一手に引き受ける商業ギルドの会長だった。
「助かる。開墾は進めているが、土が凍る前に間に合うかどうか分からん」
それに応えたのは、商会長ほどでなくとも立派に蓄えた脂肪を、ここ半月の間にいくらか細らせたホグズミード領主であった。
「ふん。しかし、ハーフルバフの連中め、てこずらせてくれおったわ」
「……正直驚いたぞ、ティモシー。よくこれだけの量を確保できたな」
「そこの小僧のおかげだ。癪に障るがな」
その視線の先には、部屋の隅に置かれたソファーを独占し、うつ伏せになって眠りこける黒髪の少年の姿があった。
「彼は気づくと寝ているな……」
そんな言葉を漏らしたのは、この本山のトップたる聖陽教教皇である。
円卓の一席に座り、片眼鏡を使いながら諸々の書類に目を通している。
その言葉に、商会長は鼻を鳴らして答えた。
「仕方あるまいよ。というより、逆にあの程度の休息で大丈夫なのか、彼は? 朝方ビストロ商会の内部調査に出ていたと思ったら昼過ぎには結果を持ってくる。午後になって姿を消したと思ったらハーフルバフの商人たちに潜り込んで潜入工作。昨日は確かエルバ村の住人達を説得する兵士たちに協力していただろう」
「おいおいオッサン。レン太を舐めるなよ。多分、あんたの把握してる量の倍は働いてるぜ」
「ていうかオッサン。ビストロ商会の件は完全にあんたの不始末でしょ。腹の肉削ぎ落とすわよ?」
そんな不遜な言葉を放つのは、部屋の隅の床に直接皿を置き何かの肉を貪る黒髪の大男と、三人の老人に混じり円卓に陣取る黒髪の少女であった。
「ウシオ君こそ、少しはまともに休息を取ってはどうかね。聞けば僧侶たちから癒しの奇跡も受けていないそうじゃないか」
「ああん? だからこうして飯と肉食ってんだろ」
「なあ、ミソノ君。前から聞きたかったんだが、君たち、ヘンギストのことは領主サマ、教皇のことはおじいちゃんなどと呼ぶよな。なんで私だけオッサン呼ばわりなんだね?」
「うっっっさいわね細かいこと気にすんじゃないわよ。その弛んだ頬肉削ぎ落すわよ?」
「ことあるごとに私の体を削ぎ落そうとするんじゃない」
「ティモシー。それより、件の商会を解体するのはいいが、資金だけ接収したところで使う当てがなければ意味がないぞ? 流石にこれ以上取引は増やせまい」
「ふん。奴らには隠し畑がある。多少は食糧の足しに――」
「あ~ダメダメ。それ半分大麻畑だから」
「起きてたのか、レンタロウ君……」
「ううん。寝てるよ~」
「ねえ領主サマ。大麻畑があるなら精錬所とか
「それを知ってどうするつもりだね……」
「シモン村の生き残りは――」「土地の魔力も枯渇してる。これ以上魔獣をあてには――」「言いたくはないが、結果としては口減らしに――」「士気は落ちてない」「帝都からの音信は――」「敵方に阿片を流して――」「思ったより侵攻の波が引かないな」「もう一度斥候を――」「向こうも降雪までには目途をつけたいはず――」
そうして、所々に邪悪な単語を交えつつ進む会合も終わり、今日のこの場は解散となったところで、やれやれと溜息を吐いたのは、商会長――ティモシーであった。
「全く、聖女と勇者というものは、やはり伝説の中だけにあるほうがいいものなのだな」
「何よ、なんか言いたいことでもある?」
「言いたいことなどないわ。言いたくないことなら山ほどあるがな」
「試しに言ってみなさいよ」
「言いたくないから、言わん」
「あ゛あん?」
「よせ、ティモシー。思いはみな同じだ。伝説は伝説。現実は現実だ」
領主から発されたその言葉にキレかかった黒髪の少女の両脇を、同じ髪色の二人の少年が抱え上げて部屋を引き上げようとしたとき。
「いや。ある意味では、君たち以上に勇者と聖女に相応しいものはおらんだろう」
そんな言葉が、教皇――グリンゴッツ9世の口から発された。
その場の全員が――当の少年少女たちですらが胡乱気な顔を教皇に向ける。
それを受けて、疲労の色を滲ませる声で、教皇は言葉を重ねた。
「君たちは、異世界からやってきたのだろう?」
その言葉に、その場の全員が固まる。
「初代の勇者や聖女と、同じように」
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