3-2

 そして、宴の翌日を休養と補給に充て、私と三悪党は龍涎香とその他飛竜の素材各種を携え、十日どころか五日で帝都へと帰還した。

 ぎょっとした目で私たちを迎えた組合の面々には、当然本当に飛竜を討伐してのけたのか大いに疑われたが、私たちが持参した鱗やら牙やら爪やら髄液やらの素材は、どう考えても金貨一つで入手できるような量でも質でもなかった。

 また、組合内部の目利きに鑑定させたところ、握り拳大の琥珀色の石は、間違いなく龍涎香であるという。少なくとも、それを偽物と判ずるような証は見当たらない、と。


 奇妙な百面相でその事実を、そして三悪党の組合への加入を受け入れた組合長は、一気に十年は老け込んだように見えた。

 例の邪悪な笑みを満面に浮かべて一同に挨拶をしたミソノ様は、早速組合内部の構造改革に乗り出し、ウシオ様は組合員たちの身体を鍛え始め、レンタロウ様は帝都の人混みへとその姿を眩ませた。

 しばらくの間、組合本所からは憤怒と悲鳴と哀願と、その他よく分からない叫び声が代わる代わるに、絶えることなく聞こえてきたという。




 さて。お暇な方がいれば読み返して頂きたいのだが、私が最初に組合へ足を運び依頼を届けた時、王宮の社交パーティーまであと七日を数えていた。

 そこから丸一日準備の時間をもらい、往復二日と村での滞在三日。

 

 そう。

 私は、あろうことか社交パーティー前日に帰参が間に合ったのだ。


 ……!


「「「お帰りなさい、メイド長!!!」」」


 血に飢えた飛竜ワイバーンのような目つきで(先日直に目にした私が言うのだ、信憑性は確かである)私を迎えた王宮の面々から話を聞かされてみれば、案の定私の不在をこれ幸いと、国王陛下は縦横無尽の大活躍であったらしい。

 パーティー用に用意してあった葡萄酒に手をつけるやら、既に長年契約をしている楽団の代わりに自分の贔屓の吟遊詩人を呼び込もうとするやら、参列者の好みとアレルギーなどを全て把握した上で綿密に立てられた食事のメニューをぐちゃぐちゃに書き換えるやら、娼館丸ごと貸し切って女たちを招こうとするやら、あれやらこれやら大小様々なトラブルを起こしてくれていた。


 あの、陛下。

 私の不在時に上手くパーティーを切り盛りすることで、私を解雇する口実にするはずでは……。


 普段陛下に媚び諂い、王を窘める私を悪し様に罵る大臣ですらが気まずそうな顔で私に事態の収拾を願ってきたのだから、大したものである。

 私は疲労と悲嘆と悔恨と諦念と、その他もろもろ全てを鉄面皮に押し込めて、それに応じた。


 さあ、私の仕事いくさを始めよう。




 そして、パーティー開催の二日後。


「も……だめ……」

 私は、結わえた髪を解くことも出来ず、王宮内に宛がわれた自室のベッドに倒れ込んでいた。

 眠い。体が重い。空腹感は消え去り、頭の中を鈍い頭痛が絶えず叩き回っている。

 ぶちり、とブラウスの胸元からボタンが弾けた音がする。

 ああ、着替え……いや、体を拭いて……。

 あれ?

 ええっと、寝る前って何をすればいいんだっけ。

 しばらく寝てなかったから忘れちゃったなぁ。

 ははは。


 コン、コン。


 そんな私を、ノックの音が呼ばわった。

「あの、メイド長……」

 少しハスキーな女性の声がドア越しに聞こえる。


 やめてくれ。

 もう寝かせてくれ。


 それでも、絞り切った気力をさらに濃し取って掬い上げるように調達し、辛うじて体を起き上がらせた私がいつもより二倍は鈍い動きでドアを開けると、そこには前髪で顔を隠した長身のメイドの姿があった。


「あの。お休みのところ済みません」


 申し訳なさそうに俯くそのメイドの手には、何かの包みが握られていた。

「……どうかしましたか?」

「え、っと、とりあえず失礼しますね」

 掠れる声で訪問の意図を問う私とドアの隙間をするりと潜り抜け、室内へと入られた。


「ちょっと、一体何の――」

 追いかけるその背中を見て、ようやく違和感が追い付く。

 

 王宮に、こんなメイドはいない。


 そしてこちらを振り返ったその顔を改めて見て、私の口からまるで質量を伴ったかのような重い溜息が漏れ出た。


「……何をしてらっしゃるんですか、レンタロウ様」

「ちょっとちょっと。大丈夫、サっちゃん? だいぶ疲れてるみたいだけど」

「何を。して。らっしゃるんですか」

「怒んないでよ~」


 かつらを被り、メイド服を翻す無邪気な顔をした男は、なるほど私でなければ偽物だと気づけまい。悠々と王宮内を闊歩してここまで辿り着いた姿が容易に想像できる。


「実はサっちゃんにプレゼントがあって~」

「プレゼント?」

「ちょうど今日完成したんだけどさ。渡そうにもサっちゃん全然王宮から出てきてくれないから、こっちから来ちゃった」

「はあ」


 そう言って、レンタロウ様が手の中の布包みを解くと、それは長方形の木箱であった。


「はい。どーぞ。僕たち三人からね」

「ええっと、どうも……」

 生まれてこの方殿方からプレゼントなど貰ったことがないせいで咄嗟に気の利いた返しも出てこない私が、恐る恐るその蓋を開ける。

 

 果たしてそれは、暗緑色の革鞘に収まった短剣であった。


「これは……」

 さらに恐る恐るそれを鞘から抜いてみれば、乳白色の艶を放つ太身の刃が現れた。

「飛竜の牙で作ったんだ。記念品」

 燭台の明かりにかざしてみれば、見た目の割に随分と軽いその刀身の鍔元に、なにやら紋様が彫り込んであるのがわかった。

 直線と曲線が混じり合った奇妙な象形で、文字のようにも、絵のようにも見える。


「あ、それね。僕たちの国の文字。まあ、お守りみたいなもんだと思って、持っといてよ。この間から、サっちゃんには色々お世話になったからさ」

「ありがとう、ございます……」

「じゃ、僕もう帰るね~。サっちゃんも早く休みなよ~」

「あ……」


 ふわりとスカートを揺らし、踊るようにして部屋を出ていったレンタロウ様を見送ることも出来ず、私はぽすんとベッドに座り込んだ。

 格子窓から零れる月光が、掌中の刃を幻想的に照らす。


 いや、どうなんだろう。

 確かに私、殿方からプレゼントなど頂いたことはないが、どうなんだろう。

 真夜中の寝所に押し入って渡されたプレゼントが短剣って。

 それってどうなんだろう。


 一週間以上に亘り続いた私の激務の報酬が、この一本。


 それを握る私の手が、微かに熱を持ったような気がした。

 まったく、酷い詐欺にあった気分だ。


 こんな、およそ女が贈られるものとも思えない武骨な刃一振。

 それを、


 本当に、あの連中は最悪だ。


 刃を丁寧に鞘に納め、両手に抱え込む。

 それきり私は、深く深く、静かな眠りについたのだった。


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