2-2

「アホか!」


 奇しくも私の心中語と同じ言葉が、隣から発された。


「罠使って仕留めるに決まってんでしょうが。何のために私が来たと思ってんのよ」

「えええ。それじゃつまんねぇよ」

「あのね、シオ。あんたの格闘バカ一代記に口出すつもりはないけど、今回は金稼ぎのためにやってんだからね。ひと暴れしたきゃ別の獲物見繕ってあげるから、我慢しなさい」

「ええええええ」

「えええ、じゃない!」


 ウシオ様のテンションが露骨に下がっていくが、それを聞いてほんの少しだけ私は安堵した。どうやらこの連中にもその程度の常識は身についてるらしい。

「あの。そういえば一つ聞いておきたかったのですが」

「なによ」

「昨日の組合でのやり取り、どこまでが仕込みだったんです?」

「どこまで、って、そりゃ全部だけど」

「そうですか……」


 わざと相手を挑発して喧嘩を吹っ掛けさせ、それを返り討ちにする。

 その上で追い打ちをかけるように精神面を追い詰め、最後にまだ話の分かりそうな相手に交渉を担当させる。

 状況の推移も相手の反応も、全て最初から計画されていた動きだったのだ。

「僕だって面倒なことしたくなかったけどさ、ソノちゃんが交渉役じゃ纏まるものも纏まんないからね~」

「ふん。なんでか知らないけど、私が交渉事に手ぇ出すと決まって相手が途中でキレだすのよ」

「それ、本当になんでか分からないんですか……?」


「なぁ、ソノ子ぉ」

「ダメったらダメ!」

「ねえサっちゃん。膝枕してもらっていい?」

「金額が発生致しますが、それで宜しければ」

「ケチ~」

「あらぁ、レン? 甘えたければ私の膝を使わせてあげてもいいのよ? 割安にしておいてあげる」

「それはいい」

「なんでよ!?」


 その後も、ちゃかぽこと小気味よい音を鳴らしながら馬車は晩夏の街道を進み、途中一度の野宿を挟んで、私たちは目的地であるハングルトンの村に辿り着いたのだった。



 そして、忙しいのはそこからだった。

 

「サクー。ロープ追加ー。あとさっきの板腐ってたからもう一枚手配して」

「メイドちゃん。羊の乳なんて何に使うんだ?」

「サっ子。この丸太はどこ持ってきゃいい?」

「おい姉ちゃん。穴掘り要員集めて来たぞ」

「サっちゃん。疲れたから昼寝してきていい?」

「ああああ……」


 村長を含めた数人の住人に事情を説明し資材と人夫の提供を願い出たところ、それで飛竜を退治できるのなら、と戸惑いつつも快く受諾してくれたはいいものの、この村で飛竜が目撃されたのは実に百年以上前のことらしく、当時の対処法などというものは当然残っていない。

 村人としてもどうしたらいいのか分からず困惑していたところだったとのことで、それをいいことにミソノ様が我が物顔で討伐準備の采配を振るい始めたのだ。


 彼女に直接指揮を取らせたら村民との間にどんなトラブルが起きるか分かったものではなかったので、結局私が中間に立ち、作業全体の進行と手配の監督をする羽目になってしまった。


 ああ。

 どこに行っても、私の仕事が変わらない……。


 本当は、ほんの少しだけ期待する気持ちがあったのだ。

 王宮に残してきた人たちには心から申し訳なく思うが、討伐自体はあの悪辣な少女の姦計があればなんとかなるのだろう。私はただ彼らについていき、久方ぶりに、本当に久方ぶりに王宮を離れたこの機会に、少しでも羽を休められるのではないか、と。


「ウシオ様。牧場の柵周りの何処かに人がいますので、そこまで届けてください。デビットさん、あとでまとめて説明しますので、とりあえず大甕の中に溜めておいてください。ああ、提供は無理のない範囲で大丈夫ですよ。村長、とりあえず三人ほどお借りできれば結構です。ええ。あなたがたは穴掘りをお願いします。場所はすでに目印が付けられていますので。レンタロウ様、こちら交代要員です。今作業中の方たちに声かけして一度休憩なさってください。ミソノ様、後ろから近づいて胸を揉もうとしても無駄です。早く次の作業の指示をください」


 ……本当に、なんと儚い望みだったことか。



 結局ほぼ全ての村民たちの協力の下、日の入りギリギリまで時間を使って、なんとか急造のトラップが完成した。

 まばらな目撃情報から類推したところ、飛竜は大きさから考えて成体に間違いないそうだ。数日置きに獲物を求めて山を降りてくるらしく、前回の襲撃から数えると、もう直に活動を始める頃合いなのだという。やつが動き出すのは払暁過ぎの時間だそうで、我々は村の大広間に焚火を起こし、交代交代に仮眠を摂って襲撃に備えることになった。


 ミソノ様の考案した罠は実にシンプルで、それでいて予想通りに悪辣な代物だった。

 まず必要なのは大穴。

 その下にいくつもの杭を仕込んだ落とし穴である。

 そして、その蓋をするように被せられた巨大な板は釣り餌として用意された羊の重さではびくともしないが、飛竜がそれを踏むと同時に回転し、地面に隠されていた板の反対側が持ち上がり、全面に仕込まれている杭が正面から飛竜を襲う。

 まともに発動すれば、いかな巨体の魔獣といえど深手は免れないだろう。

 身動きが取れなくなった所で、後は人員の物量にモノを言わせて袋叩きにするだけである。

 怪我人が出ない保証はなかったが、それでも、既に少なくない犠牲が出ている村民たちの士気は高かった。

 

 私も、その作業を監督して半日、この作戦は成功するだろうと、漠然とした安心感を覚えていた。

 問題は本当に飛竜の腹から龍涎香が採取できるかだな、そしてそれ以外の肉鱗骨牙爪など食料や素材になりそうなものはどう処理しようか、などと取らぬ飛竜の皮算用までしてしまっていた。


 しかし、私は理解していなかったのだ。

 三悪党スリーアウツは、どこまで行っても悪党なのだと。

 クズの少女ミソノ様だけではない。誰を取っても、最悪なのだ、と。



 夜明け前。


「な、なんだこりゃ!?」


 最後の点検に、と罠の様子を見に行った村人が見たのは、既に発動され、杭だらけの板と落とし穴が剥き出しになった、空の罠だった。


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