1-3
「つまり、陛下に
「ま、そういうことね」
「大変だったよ~。流行りの詩歌を一晩で覚えてとか言われたときはさ~」
「いえ、大変だったで済む話ではないかと思いますが」
傭兵組合への道すがら、私は二人の悪党から事情聴取をしていた。
へらへらと軽薄な笑みを浮かべるこの若者の演技変装の技術には今更驚くまいが、まさか音楽詩歌まで身に着けていようとは。
一体何の目的でそんなことをしたのか知らないが、少なくとも王宮で演奏をしているところを実際に見た身としては、あれが一朝一夕に身に着けた技能であるなど、到底信じられない。演技の範疇を越えているように思うのだが。
「昔っから歌と語りはよく
「ねぇレン。あれやってよ、古館さんのネタ」
「さあ、一番上の段からご紹介しましょうか。こちらはまずタウリン1000mg配合のリポビタンD! ニッポン三大リンと言えばミポリンサリンタウリンこの中のタウリンがなんと 1000mg入っているという1000mg入っているならなんで正直に1g配合と言えないのか――」
「話を逸らさないでください!」
なんだその弁舌は。どこの香具師だ。
「別に逸らしてないわよ。あんたに説明する義理がないだけ」
「あの、一応私、今は王宮からの使いで来ているんですが」
「ふん。まあいいけど、要はあれよ。組合の中に取り入るのに、連中が解決出来なさそうな
「……はい?」
相変わらず下衆な思考回路をしているな。
「あの流しのジョングルたちに聞いたけど、今ハングルトンの里山で
「いやいやいやいや」
「何よ」
思わず四回も繰り返してしまった否定詞に、黒髪の少女がきょとんと首を傾げる。
「あのですね。
「はあ? どっちもただのデカい爬虫類でしょ? 大丈夫よ、ある程度の年齢の個体なら腹かっ捌けば結石の一つくらい出てくるって。それを『これが龍涎香でござい』っつって見せれば誰にも分かんないでしょ」
「しかし、王が求めているのは媚薬としての効果で――」
「そんなもん適当に
「いや、まあ、ある程度はこちらも演技で誤魔化すつもりでいましたが……」
この少女に同じことを言われると、なんだか酷い詐欺を働いているような気になるな……。
しかし、問題はそれだけではない。
「ミソノ様。そうはいっても、そもそもどうやって飛竜退治を任せてもらうつもりですか?」
腐っても帝国最大の傭兵集団だ。飛竜退治のノウハウくらい自分たちで持っているだろう。それを組合員でもなんでもなく、ましてや自分たちの顔に泥を塗りつけて足蹴にした上で煮え湯を飲ませたような連中に、どうして国からの依頼を横取りなどさせるだろう。
というより、そもそもと言うのであれば、元より飛竜退治などする必要もないのだ。
私が持参した前金を使って既に流通している龍涎香を贖い、それに適当な冒険譚をつけた上で報告し、後金を自分たちの利益とすればよい。
何をわざわざ体を張って本物の冒険者のような真似をしなければならないというのか。
「ふふん。大丈夫よ。心を込めてきちんと“お話”すれば、きっと向こうも分かってくれるわ」
「…………」
そのセリフ、せめてその邪悪な笑みを引っ込めて言ってもらえれば少しは信憑性も出るのだが。
そうこうしているうちに、結局私はこの二人を伴ったまま、傭兵組合の本所へとたどり着いてしまった。
「……あの。今から私、王命として依頼をしなければならないのですが」
「ええ、どうぞ? できるものならね」
「はい?」
この時、私は迂闊にも失念していた。
私の目の前にいるのは、クズの少女と、変装の達人。
なら、あの怪力の大男はどうした?
ごしゃ。
私の目の前で、組合本所の扉が吹き飛んだ。
「ぎょへぇっ」
それと同時に通りへと転がり出てきたのは、いかにも腕自慢といった風体のむくつけき男。
顔半分を真っ赤に染めて、ぴくぴくと痙攣している男を、黒髪の少女はまるで意に介した風もなく跨ぎ越すと、ずかずかと建物の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください」
私が慌ててその後を追うと、日ごろ荒くれものどもが屯する傭兵たちの本拠地は、既に壊滅状態であった。
ぱっと見で数十人はいるであろう傭兵たちは部屋のいたるところ――床や階段や壁や天井(!?)に貼り付けられており、机は割られ、石壁は砕かれ、酒瓶は粉々になって床を濡らしている。
そしてその中に悠然と立ち尽くす、黒髪の大男が一人。
「ん? おお、サっ子。遅かったな」
にかりと笑うその顔には、この場の惨劇をものともしない、薫風のような清々しさがあった。
あったのだが。
「ウシオ様。とりあえず何か着てもらっていいですか?」
……何故この男は私と会うとき二分の一の確率で半裸なのだろう。
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