3-2
「あ~ら~。どこかで見た豚面ね~? ねえシオ。一体どこの養豚場で見たんだったかしら」
「忘れたなぁ。二、三発殴れば思い出せそうな気がするが」
「ひっ。お、おまおまえら、ら、ら。らんれほほに」
酷い怯えようだ……。
顔面蒼白となってガクガクと震え出した闖入者に、満面の笑みを浮かべて黒髪の少女が歩み寄った。
「成程ね~。あんたたちが回収班ってことね。か・わ・い・そ~」
「し、知り合いなんですか?」
事態に全く付いていけない私に、隣の大男は無邪気な顔で答えた。
「おう。ひと月前、この都に着いた時にな。ああ、ほら、言ったろ。
「……はい?」
いや、しっかり覚えてるじゃないですか。
というか、今何と?
困惑する私に邪悪な笑みを浮かべたままの少女が振り返り、それを補足した。
「あんた、この前なんか勘違いしてたでしょ。私らが強盗したんじゃないわよ。強盗犯から奪い取ったの」
なんですと?
「この連中、都に行き来する旅人を襲ってた強盗なのよ。
そうか。それで先ほど、命の恩人と。
と、いうか。え? 都に往来する人を狙った強盗? それは、まさか……。
「そしたらこいつらだって今にも飢え死にしそうな浮浪児じゃない。クッソまずい飯しか蓄えてなかったからいよいよ腹立ってきてさ。もう金とかどうでもいいやと思ってこの連中のアジトぶっ潰したのよ。そんで食い物だけ片っ端から貰ってきて、ガキどもに恵んでやったってわけ。どう? 慈悲深いでしょ?」
「ふ、ふざけんな! お前らのせいで、俺たちは!」
「はっ。俺たちは、何? ご主人様に「めっ」されちゃった? そりゃそうよね。都から出る人には高い金吹っ掛けて護衛を雇わせて、断ったやつは強盗に襲わせる。大層ご立派なビジネスモデルですもの。さぞやお偉いさんがバックについてるんでしょ? それで? 派手にアジト潰されたせいで隠しきれなくなって、とりあえず傭兵団が捕縛したって体にして一回捕まって、今度はどんなお使いを言いつけられてきたの?」
ち、ちょっと、ちょっと待て。
なんだその話は?
「だれがお前らなんぞに――」
「あーあーあーいいのいいの。豚の口からくっさい声で説明なんて聞きたくないのよ。あれでしょ? どうせこの感染症を使った兵器開発でもやってて、今までは旅人を攫って人体実験に使っていたのが、あんたらがヘマこいたせいで街道を騎士団に整備されちゃって。仕方ないから今度は都の人間を使って実験始めたんでしょ。ここひと月の間で、失踪事件が増えてるそうだものね? このクソガキもそのターゲットの一人だったってわけだ」
待て待て待て。
多い多い。情報量が多い。
ホラス! ホラスはどこですか!? 私一人じゃ受け止めきれない!
いつの間にか、少女の手には一輪の花が握られていた。
雪の結晶のような、特徴的な青い花弁。あれは確か、先日生息場所を特定しておけと私が命じられた花だ。
それを目にした男が後ずさった。
「そ、それは……!」
「この花の蜜に存在する細菌が、蒼疽症の病原菌なのよね?」
「あ……」
あの花が、あの恐ろしい病気の原因?
私はてっきり薬効を抽出する素材を探しているのかと思っていたのだが。
私に抱き着いたままだったパンジーが、それを聞いてびくりと震えた。
なるほど、どうやら身に覚えがあるらしい。
しかし……。
「待ってください。それは確かにありふれた花ではありませんが、昔から存在を知られているものです。ならばもっと、病気との関連が認知されていてもおかしくないはずでは?」
私の問いに、黒髪の少女は手の中の花をくるくると弄びながら答える。
「ああ。土壌の問題なのよ。普通に育つ分にはこの花には何の毒性もないわ。けど、生える場所のpH値が一定以下になると、蜜に細菌が発生するみたい。ひょっとすると、自分の周囲に死体を積み上げて土の酸性値をコントロールしてるのかも。大昔にドルニ山とかいう火山が噴火した数年後に、蒼疽症が大量発生したって記録が残ってたわ」
言っていることの半分も理解できない……。
「剣でも爆弾でもなんでも、それを兵器として使うなら必要条件は2つだけ。使うべき時に間違いなく効果を発揮することと、使わないときには絶対に発揮しないこと。その点、蒼疽症は菌の培養が容易で、感染時の発症率が高く、それでいて二次感染は起こりづらいから除染も簡単。細菌兵器としては十分及第点だわ。多分今回は、放置環境での感染拡大リスクの測定。あんたさっき、死体を回収に来たって言ってたわよね? その割にその大仰な人数。実験にはあと何人の子供が必要なのかしら?」
「う。ぐ……ぐ」
男たちは、完全に腰が引けていた。
ざっと見ても10人以上はいる荒くれものたちが、その頭数で一体何に怯えているのだ?
中にはちらほらと退路を確認するものまでいる始末。
どうしたものか。もちろんこの場に子供たちがいる以上、このまま逃げ帰ってくれるのはありがたいが、しかし、この数分の間に判明した山塊のような犯罪の記録を、捕縛者一人も出さずにどうやって騎士団に伝えればいいというのか。
その時。
「こっちを見ろてめぇら!!」
男たちの群から離れた場所で、彼らの仲間と思しき若い男が、ボトル・ベビーの一人を拘束し、短剣を押し付けていた。
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