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 ぐずるレンタロウ様を宥めすかして、国に残った有力貴族たちとの会席に送り出した後、私はウシオ様を伴って、王宮の離れにある工房を訪っていた。

 半円の夕月が霞む茜の空を、冷たい風が流れている。

 トレーニングの際の恰好そのままで出かけようとしていたせいで私とミソノ様に無理矢理服を着せられた勇者のうきん様は、それでもどこか浮かれた足取りで私の後ろをついて歩いていた。立場上、彼の後ろを私が歩くのが正しい形のはずなのだが……。


「なあ、サっ子。これが終わったら俺の仕事はもうないよな」

「はあ。私は何も聞いておりませんが。何かご予定でも?」

「おう! ちょいと狩りに行ってくるぜ! スーベ村の里山にヒッポグリフが出たらしくってよ」

「なぜその件を……。明日騎士団に討伐命令が下されるはずですが」

「だから先に行って独り占めするんじゃねえか! 知らねぇのか、サっ子、ヒッポグリフのレバーの美味さを。なぁに、明日の昼には帰ってくらぁ」


 鷲馬ヒッポグリフは、本来ならば二個小隊程度の戦力を用いて退する類の魔獣だ。

 そんな鹿肉を獲ってくるみたいな言い方をされても挨拶に困る。

 ただまあ、実際の所、戦の後で満足な休息も補給も受けていない兵士が束になってかかるより、彼一人に任せた方が効率的なのも確かだろう。


「一応、有事の際の連絡要員を付けさせてください。最低限自分の身は守れる程度のものを選んでおきますので」

 ああ、トゥドゥリストが増えていく……。

「構わねぇぜ。ハツくらいなら分けてやるよ。何ならサっ子が来るか?」

「全霊を以てお断り致します」


 ミソノ様がこの件を承知しているかどうかはあえて聞かないことにする。万一知らない場合は私に報告義務が発生するし、そうなれば自分も連れて行って肉を食わせろと駄々を捏ねられる可能性がある。この忙しい時に彼女の護衛にまで人員など裂けるか。

 レンタロウ様にバレた時には更に酷い。あの変装の達人が随行員に紛れ込んだとしたら、探し出すのに一個小隊が必要になる(本末転倒!)。

 私は、私の分の肉も干物にして確保しておく条件で、それ以上の追求も干渉もしないことをウシオ様に確約した。


 そうこうしているうちに、私たちは工房に到着していた。

 昼間使われた御輿は既に倉庫へと仕舞われている。その整備をしていたであろう職人たちがまだ残っているはずだ。工房の脇に設えられた事務所用の小屋に、灯りが点いている。


 それにしてもミソノ様は、何故唐突に職人たちを全員解雇などと言い出したのだろう。

 その理不尽な命令自体は別に不思議なことでもない。ただ、本当に御輿の作りに不満があったならば、そもそも現物を見た時点でもっと騒ぎ立てるだろうに。

 4回のノックの後に返ってきた応えを受けて私がドアを開けると、顔を真っ青にした頭領と部下の職人たちが、ぎょっとした目で私たちを迎えた。


「な……あ……」

 口をぱくぱくと開き、意味をなさない声を漏らす彼らの目線は、どうやら私の後ろに侍る(この表現が大変に失礼であることは承知しているがそうとしか言い表せない)救国の勇者に向けられているようだった。

 思わず私も振り返ってその姿を確認してしまったが、今は普通に宮殿内を歩くに相応しい恰好をしている。露出はしていない。


「えー。んん。国王陛下より勅令を賜って参りました」

 妙な空気に不審を覚えながらも、自分の務めを果たすために私が言葉を発すると、いよいよ職人たちの顔が蒼褪めていった。

「申し上げます。工房の職人全員、本日を以てその任を解く、とのことです。大変お疲れさまでした」

 

 それを聞いた職人たちは、今度は呆けたようにぽかんと口を開けていた。

「か、解雇?」

 はて。この反応は一体なんだろう。

「え、えー。理由は――」

「理由なんざ聞いちゃいねえ!!」

 私の言葉を遮り、頭領が怒声を上げる。


「どういうことだ? 死罪でもなく、解雇? 一体どういうつもりだ」

「し、死罪?」

 何を言っているのだ。いくら聖女が真正のクズだろうと、御輿の作りの瑕疵程度で十数人の死刑などするはずが…………ない………ないと、思うのだけど。

 いや。いやいやいや。そもそも私は陛下よりの勅令だと伝えたはずだ。昔ならばともかく、今の陛下・・・・は宮殿内の人間からは篤い信頼を受けているはず。


「……そうか。そういうことかよ」

 そんな私の混乱をよそに、頭領は何やら合点がいった様子で呟きを漏らした。

 その顔が、蒼白から徐々に赤黒く変わっていく。握り締められた拳が、小刻みに震えているのが分かる。

 それを機に、小屋の中の空気が変わった。

 まずい。


「ち、ちょっと待って下さい。陛下からはただ――」

 私が、言葉を紡ぎ終わる前に。


「うるせえ! 俺たちゃもうお終いだ、クソがぁ!!」


 職人の一人が、私にのみを向けて襲い掛かってきた。

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