猫髪亭へようこそ!

文月りんと

第1話 シャンプー お客様:壮年のエルフ

「ここが【猫髪亭】か? 本当にこんな森の奥深くにあるのだな…」


 髪の毛を腰まで伸ばした壮年のエルフが呟く。冒険も達者そうで背中の装備からしても、相当の熟練者だろうというのは誰が見ても明白だった。

 古ぼけた看板には確かに【猫髪亭】の文字が彫り込まれている事を確認し、ドアに向かう。


「「ありがとうございましたー!!」」


 明るい男女の声が聞こえたと思ったら、タイミングよく目の前のドアが開き、中から小さなドワーフの男性が出てきた。思わずエルフは身構えるが、彼は気さくに話しかけてくる。


「おっ、見ない顔だが新顔かい?」


「あ、あぁ。この場所に来たのは今日が初めてだ…」


 自慢の髭をさすりながら、ドワーフは笑顔で応える。


「そうかい、じゃあ【普通のコース】にしといた方がいいぜ。初回は安くしてくれるからよ」


「そうか、わかった……」


 ドワーフに圧倒され、思わず声を出してしまうエルフだったが、ドワーフに一礼をし、勢いよくドアを開いた。

 暗い森と違い、店内はかなり明るい。


「これはっ!」


 眩しくて思わず腕で顔を隠すエルフ。


「「いらっしゃいませ! 猫髪亭にようこそ!!」」


 先ほどドワーフを見送った男女の声が目の前から聞こえてきた。


「あぁ、眩しいですよね…? でもご安心ください。少ししたらなれますから」


「……そうだといいのだが」


 女性の声でうっすらと目を開けていくと、エルフは自分の目が確かに光に慣れていくのを感じた。


「改めていらっしゃいませ。長旅でお疲れでしょう。宜しければ装備を外してそちらに置いたりしていいですからね」


 すぐ近くで男性の声が聞こえた。


「くっ、いつの間に!」


 男性の接近に驚き、エルフは一歩後退るが、よく見ると武器は持っていない。あろうことか両手を上げ手を振っている。

 その出で立ちは大きな都市の街や村ではあまり見かけない特殊な格好だった。


「あー、そこまで警戒しないで大丈夫ですよ。別にとって食おうとかそういうのもしませんから」


「店長! ご挨拶が先ですよ?」


 催促をする女性は、どうみても猫耳の獣人だった。


「うん、そうだねミケさん。初めまして、オレはこの【猫髪亭】の二代目店長で、神木 琉音(かみき るおん)と言います。

【カット】から【シェービング】、【パーマ】に【着付け】なんかもできますよ。『来る者は拒まない』をモットーにお客様のご希望にそったスタイルをお届けします」

 挨拶が終わるとエルフに対し、一礼をする主人。主人の後ろで待機していた猫耳の獣人女性は主人がいる隣へ移動した。


「いらっしゃいませ! わたしはミケ・シャミセンです! 店長のアシスタントをしています! どうぞ宜しく!」


「あ、あぁ、よろしく頼む。それにしても、かっとや、しぇーびんぐはいったいなんなのだ?」


 不思議そうに質問を返すエルフ。


「あー聞きなれないですよね、こっちの世界だと……。やっぱり動画でも準備するべきかなぁ、どうだろ、ミケさん」


「店長!スマホはすぐバッテリーが消えれちゃうので、やっぱり手書きのポスターとか準備すべきですよ!」


「えぇ…でも、オレ絵心ないし、こっちの字は習っても読み書きできないからなぁ…」

 肩を落とし悲しそうな表情の店長に対し、鼻息を出しながら、やる気満々のミケ。仲睦まじい夫婦のようなやりとりにエルフは唖然としていた。

すぐに気づき、店長はエルフに声をかける。


「申し訳ございません。えっと、【カット】はこっちの世界でいう髪切りです。

【シェービング】は髭剃りなんですが、エルフのお客様は多分やった事ないですよね? 【パーマ】は髪の毛に癖をつけて普段と違う髪型へ変えるやり方です」


「な、なるほど…」


 エルフは脳内でイメージしてみるも、まだ店長のいう事は理解できずにいたが、持っていた装備を近くに置き、エルフは軽装へと着替えることにした。


「装備は此処においてよいのか?」


「はい! コートとかリュックがあれば荷物掛けがありますのでお預かりしますよ! 貴重品のお金や大事なアイテムはご自分でお持ちくださいね!」


 ミケのはきはきとした答えに思わず笑顔になるエルフ。


「わかった、ではこのバッグとコートを頼もう」


「はい! お預かりします!」

 ミケは笑顔で荷物を預かると店の壁の前に移動する。荷物を持ったまま、壁にノックを二回すると、取っ手と扉が出現し、【クローゼット】が出現した。


「今のは魔法なのか?」


「はい! 常連のお客様で魔法使いのおばあ様がいまして。私、魔法はわからないんですけど、不便だろうからって壁に組み込んでくれたんです。【クローゼット】はどこかと繋がってるそうなんですが、安心してくださいね! 壁を二回

ノックすれば必ず繋がるようにしてもらってますから!」


 笑顔でまくしたてるミケ。その言葉に偽りはないだろうという事がわかったが、不思議でならなかった。


「それではこちらの椅子へどうぞ」


「あぁ……」


 店長に案内された椅子はエルフにとって初めて見るものだった。椅子の前には自分と瓜二つの顔が見える。


「これは!?」


「それは【鏡】ですよ。こっちの世界だと確か貴族のお姫様や王様が持ってるとか前にここに訪れた冒険者が言ってましたね」


「そんな高価なものがなぜここに…?」


「そこらへんはおいおい話しますよ。さぁ、どうぞ座ってください」


「わ、わかった……」


 恐る恐るエルフは椅子へ座ると、今まで体験した事のない感覚に陥った。


「ふわぁ……」


 思わず自分でも出したことのない言葉をつぶやいている事にも気づいていない。

 普段、木や土の上で寝たりしているエルフにとって、革の材質でできた程よい固さと座り心地の椅子には座っている事を忘れていた。


「お客様、あのー?」


 店長は改めて声をかける。


「あ、あぁ! すまない」


 背筋を伸ばし、椅子に座り直すエルフ。店長は椅子に座ったエルフに対して、改めて一礼をした。


「改めてよろしくお願いします。今回は何にしましょう? コースは【鏡】の上に書いてありますので、選んでください」


「選べといってもな……」


 困惑するエルフだったが、メニューを凝視すると【カットのみ】、

【普通のコース】、【シェービングのみ】、【カラー】、【パーマ】に【ネイル】、【特別なコース】が書かれていた。エルフは店に入る前に出てきたドワーフに言われた言葉を思い出す。


「では【普通のコース】で」


「ありがとうございます。初めてご来店された方にはあちらから三割引きでご提供させていただきますので」


「三割!? いくらなんでも、それはこの店が成り立つのか?」


「おかげさまで。途中でコースの変更もできますから、お気軽に声をかけてくださいね」


 メニューに書かれた額は、【パーマ】と【カラー】以外は至って普通の額だった。


「わかった。この店は私の村にいる族長から薦められてな。数年探していたがようやくこの場所を見つけたのだ」


「それは良かったです! 今日のコースがよかったらまたいらしてくださいね! あ、ここからは私が担当ですので変わりますね!」


 そう言いながら、ミケは二種類の布を持っていた。


「それでは失礼します!」


 まるでパイ生地に包み込むように、ミケは順序良くエルフの身体に布を広げていく。


「これは!?」


「あぁ、コレですか、これは【カットクロス】と【シャンプークロス】です」


「カットとシャンプー? 確かに【普通のコース】にはどちらも書かれていたが…」


「初めてで緊張されているかもですが、もう少しリラックスしていて下さいね!」


「う、うむ……」


 クロスをかけられる際に獣人特有の獣臭が感じなかったのは気のせいだろうか、とエルフは思った。ミケからは、むしろフローラルな花の匂いが感じられる。


「あぁ、これは【バラのシャンプー】です。先代の店長がこの匂いを好きだったもので…」


「そ、そうなのか」


 会話している間にもミケはクロスの位置やひもをしっかりと結び手際よくこなしていく。


「きつくないですか?」


「あぁ、問題ない」


「さぁ、準備できました。【ボイラー】もうまく稼働してますね! もう少しだけお待ちくださいませ」


 すぐに席を外すミケだったが、人の頭がすっぽりと入る白色の陶器台と一緒に現れた。


「それは……」


「これはシャンプー用の台です! 椅子を倒しますので、またリラックスしててください。あ、背中や腰に傷や持病はありませんか?」


「大丈夫だ」


「それでは失礼しますね!」


 椅子の横にあった凹凸のある場所をミケが押すと、座椅子の背もたれが倒れていく。


「!?」

 驚くエルフだったが、一瞬でシャンプー台と並行になるように止まった。


「あまりお歳を聞くのはよくないかもですが、何年ぐらい髪の毛を切ってないんでしょう?」


「歳か、今年で二百と十歳だな。生まれてからずっと髪は切っていない」


「でも髪質がすごい良いですね」


「湯浴みが趣味なのだ。なるべく週に一度は入るようにしている」


「それでなんですねー。では、いったん顔を隠しますね」


 ミケは準備していた綿状の目隠しをエルフの目元に置いた。


「これは!?」

 たじろぐエルフ。


「目を閉じて頭の力を抜いてください。それは【フェイスガーゼ】といって、

水はねなどから顔を防ぐためですよー。今から【シャンプー】していきますね」


「あぁ……」


 ツッコむことに疲れてきたエルフはもうなすがままになろうとそんな気分にもなってきた。先ほど嗅いだ【バラのシャンプー】の匂いが好みだったからだろうか。


 ミケは準備していた【シャワー】を片手に手際よくエルフの髪を濡らしていく。


「お湯加減いかがですか?」


「熱すぎず、かといって冷たすぎない…いい気分だ…」


 全体にまんべんなく水を濡らしたのを確認すると、いったん【シャワー】を止め、シャンプーを掌に準備する。エルフの毛量が多いため、シャンプーボトルを3回ほどプッシュし、髪になじませていく。

 爪を立てずに指の腹をうまく使い、頭皮の丸みをなでるように頭を洗っていくミケ。こういった場合、獣人ならば爪が伸び、頭に突き刺さるのではないかそんなことを考えていた自分を恥じるエルフだった。

 【シャンプー】は進んでいき、ミケはすすぎへ作業を移した。


「髪をすすいできますねー」


「………」


 小気味よいテンションで泡立てした頭を一気に洗い流していく。

 洗い流すのもリズミカルで、【シャンプー】をしている間にエルフは眠りについてしまった。


「お客様ぁ。終わりましたよー」


 耳元でミケの声がしたことに気付いたエルフは驚いた。


「お休み中すみません。ガーゼをとって、椅子を起こしますねー」


 ミケの声が離れていくと同時に、椅子が動き、元の姿勢に戻った。髪の毛は濡れているものの、自分の髪の毛はうまい具合にまとめられ、なにかでくるまれていた。


「はい、おつかれさまでしたー!」


「すまない、これはいったい…」


 不思議そうに頭の上を見つめるエルフ。


「それは顔に水が落ちてこないようにまとめているんです。この【タオル】でね」


 そういいながら、ミケから主人にバトンが渡され、主人は手際よく濡れた髪の毛を拭いていく。匂いを嗅いでみると、先ほどミケがしていた【バラのシャンプー】と同じ匂いが自分の髪の毛からしてきた。ほっとした表情のエルフを見て、ミケが話しかけてくる。


「湯浴みされてるって、言ってましたから髪を洗ったのは一度だけです。ものすごいリラックスされてたので、せっかくなので私のお気に入りを使わせていただきました!」


「ありがとう」


 エルフは自然と笑みがこぼれた。


「ふふふ!」


 ミケもたまらず笑顔になる。


「さて、それでは【カット】へ移りましょうか……」

 主人はハサミと櫛を手に構え、小気味よく鋏を動かしていった。



「ありがとう。今日はここにきて良かった」


 満面の笑みを浮かべるエルフ。

 【シャンプー】、【カット】、【シェービング】という【普通のコース】が終わり、髪型はふぞろいのロングヘアーから毛先が整い、枝毛なども切り落とされ、艶やかな髪が光り輝いていた。


「本当にお代はアレでよかったのだろうか。正直、今の手持ちをすべて渡したい気分なのだが……」


「お気持ちだけでも結構です。宜しければまたいらしてください」


「あぁ、わかった。また伺おう」


「お客様、次に店に来られる時はこちらをお持ちください!」


 ミケはエルフのもとへ駆け寄るとエプロンのポケットから一つの鈴を取り出す。

 鈴には赤いリボンと小さく【猫髪亭】の文字が刻まれていた。


「はい!どうぞ!これが当店の会員証になってまして、お店を見つけやすくする

マジックアイテムなんです!!」


「おお!それは助かる。森に阻まれ、この店を見つけ出すのに苦労したからな」


「あ。戦闘とかは店内ではご法度なんで、そこだけ注意してくださいね!」


 苦笑気味の店長の様子から察したエルフは、はにかんだ。


「あぁ、流石にこの店で戦おうという気はさらさら起きないよ。もし、戦いがおきようものなら、私を含め、我々の一族で止めにかかろう」


「ふふふ、ありがとうございます! それでは、またお越しをお待ちしております!」


 ミケと店長は深々とおじぎをした。


「「ありがとうございましたー!!」


「それでは。また来るよ」


エルフは片手に【バラのシャンプー】を持ち、ドアから出て行った。


つづく

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