第3話

 体が痛い。

 昨日あれだけ酷使したせいか腕も、足も、全身が痛い。

 痛みを少しでも和らげようとしながら動く姿は周りから見たらとてもぎこちないだろう。その証拠にこんなことを言われてしまった。

「なんか・・・大丈夫か?その、ずいぶん辛そうだが・・・」

 歩くだけでこんなにも痛む体で一体今日何ができるだろうか、正直何をできる気もしなかった。そのことを言うべきか、しかし本格的に己を鍛えることになった初日に体が痛くて堪らないから休ませてくれなど言ってしまえば昨日決めた覚悟は何だったんだなんて話になる。なんて迷っていたのが、

「まあ昨日はかなり大変だったし今日は体を休ませるべきだろう」

 この一言ですべて消え去った。

「え」

 呆気にとられ情けない声が出た。それを聞いて笑いながら言う。

「そんな歩くのもつらそうな顔して何をするんだ、無茶したって体に良くないだろう?一から剣を振るための体にするんだから焦ってどうにかなるものじゃない、ゆっくり少しづつ力をつけていくんだ。だから体を鍛えるために一年の時間を使う、わかったら早くその体が治すために楽にしてるんだな」

 自分は焦りすぎていたのだと思い知らされた。回り道をしてでも必ず目的を果たすと言った割にはいつもいち早く成長しなければと行動していた。今日は体を休めながらできることを探そう、そう思った。

「お前が焦る気持ちは充分わかる、強くならなきゃと思ってるのもわかってる。でもまだ体の小さいお前ができることは限られているんだからそういう時にこそ俺たちを頼るんだ。信じてくれ」

 そう言って家を出ていった。

 信用していなかったわけではない、ただ自分が焦っていて、それでいて迷惑をかけまいとしていただけなのだ。

 少し考え方を変えよう。なにか行動を起こそうとしたって今の自分に出来ることは少ない、それはどうしようが変えられようのない事実なのだ。ならば今は、今できることを、そして成長し力を手に入れてから何ができるかを考えるべきではないか。今ではなく、いつかの行動を決めるために。

 今自分が持っている情報はあまりにも少ない、両親からの手紙はあったが居場所を知らせるようなものは無かったし、ここら一帯の管理をしている役所にすらなんの情報もなかったらしい。

 なんだか、考えれば考えるほど置かれた状況がとても厳しいものに思えてくる。自分にできることはなんだろうか、せいぜい前の家の周りに住んでいた人に話を聞くくらいのことしか考えつかない。他の地域の役所にも聞きに行くというのも捜索の範囲を広げるという点では良いかもしれないがどこに行ったかもわからないまま話を聞きに行くとなれば手当たり次第にその地域に行く他ない、それに聞きに行ったとして有益な情報が手に入るものなのか、それを考えると現実的ではないし効果的な手段とは思いにくかった。

 ああ、どうしよう。何もできない。とりあえず体が楽になったらまた家に戻ってみよう。ここは前にいた家まであまり離れていないし家までの道はこの前戻った時に覚えている。あまり積極的に近所の人たちと話をするような子どもではなかったし、生まれてからせいぜい数年しか経っていない自分を覚えてる人がいるだろうか、頼られるのを拒まない人がいるだろうかと不安にはなったが、どれも行動しないよりはよっぽどマシに思えた。

 次に大人になったとき何ができるか考えていた。が、すぐにやめた。大人の事なんて知らない自分が考えてもわからないことが多かった。それなら大人になってから、少し高い目線からものを考えた方がよっぽど良い案が浮かんでくるだろう、そう思って幾つか思いついた策はどれも、いつか役に立つ日が来ることを願って頭の片隅に置いておいた。

 体に続き頭も疲れてきた。ベッドの上で身動きを取ることも考えごともやめて目を瞑る。朝起きてからさほど時間が経っている訳でもないのにこのまま心地よく寝てしまいそうだ。


 体を起こし外を見る。日が眩しい。心做しか目が覚めてすぐよりは体が楽になった、運動する気にはならないが散歩くらいはしてみようか、そう思って準備をして家を出た。

 見覚えのない光景が眼前に広がる。複雑な思いもあるが散歩をすれば少しは楽になるだろう。

 近所にはたくさんのお店が立ち並び、人が歩く。並ぶ家のなかにはそれぞれの生活がある。家族の団欒を見るたび少し悲しい気持ちになるが嫌な思いはしない。幸せそうな子どもの顔を見ると羨ましいとは思うが嫉妬はしない。みんな幸せに暮らすことができているのだ、こんなに素晴らしいことはないだろう。

 しばらく散歩を続けていた。少しずつどこに何があるか、道がどこにつながっているのかを調ベながら歩いていた。このあたりのことを知っておくことで損をすることはないだろう。おつかい程度なら頼まれたときにできるようになるかもしれない。

 あらゆる出来事というものは突然起こるものである。

 今日初めて見た街並みの中にただ一つ、見知った横顔があった。

 一瞬頭が真っ白になった。意識が戻るころにはすでに足は動いていた。見逃してはいけない、今すぐ追いかけなくては。

 よかった、よく気が付いたと自分をほめたくなった。会って何を話そうかと考える。命を救ってくれた二人の話をしようか、いなくなって家に一人残された時、どうしようもなく外をふらついていた時、意識を失って拾われた時、目が覚めてから、そんな今までの話も全部しよう。不安、恐怖、その先に少しだけ希望の光が見えた時に湧き出てきた勇気を、その全てを話そう。置いていったことを怒って困らせてしまおうか、そんなことを考えながら追いかける。

 でも、あの横顔は笑っていたような。

 遠くから少し見ただけだから見間違いだろう、そう思いながらも小さな不安の芽は確実にそこにあった。

 追いついた。目の前に二人がいてあと一歩足を動かせば隣に並ぶことができるという所まで来た、しかしそこに自分の居場所はない。三人目がいた。兄弟や姉妹がいた覚えはない、私と同じ背丈の、いるはずのない三人目がそこにいた。

 ありえない出来事に一歩が踏み出せない、目の前にあるそれを頭が理解することを拒んでいる。

 私は両親の間にいる異物を押し倒した。存在するはずのない、確かにそこに存在するそれを排除しようとした。

 倒れた異物に駆け寄る両親に必死に声をかける。自分の存在を伝えるために。

 母親に私の声は届かない。どれだけ叫び続けても反応はない、まるでこちらの声が聞こえていないかのように目の前の異物だけに意識を向け続けている。

 父親に私の姿は見えない。確かに私は父親の視線の先にいる、いるはずなのに、その目は私を通り越した先を見ている。私に視線が集まることは無い。

 自分自身が無いものとして扱われる恐怖、理解を超えたその出来事はあまりにも辛く苦しいものである。

 恐怖が肺を押し潰すように息が苦しくなる。私は見たくないその光景から逃げ出すようにその場から走り去った。違う、違う、あんなものは現実ではない。

 走り続けて向かう先は拾われた家しか無かった。家に逃げ込んで、部屋に閉じこもり、外の世界から自分を守るように毛布で体を隠した。目を瞑りひたすら何もかもが変わってしまったことに怯えながら、何もかもが変わってしまうことを願いながら震える身体を押さえつけていた。


毛布の外からドアを開ける音と驚いた声が聞こえる。

「どうしたの!?」

たった今あったことをすべて話した。辛く認めたくない現実を。

「そんなこと言ってもあなたずっとこの部屋にいて家からなんて出てないじゃない。あなた寝ていたのよ?きっと悪い夢を見たんでしょう」

夢?夢か、嫌な夢を見ていたのか。体の緊張が取れ、どっと疲れが押し寄せてくる。

ああ、そうか。疲れていて嫌なものを見ただけだったか。本当に嫌なものを見た。


















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