第1章 タリア

第1話

 王国タリア、大陸一つを丸々国として治めており豊富な資源、それを元にした貿易によって発展を続ける大国である。

 この国では成人を迎えた男は国家試験を受け国に仕える騎士になることができる。

 土地柄より戦争が起こることもほとんどないこの国では国内の治安の維持や貿易時の他国へ威圧、貿易船の守護が主な仕事であり、国内外ともに戦争を起こさせない事を重要視する国王は優秀な人材を集めそれに見合うだけの褒美を授けていた。

 そのため騎士を目指すものは少なくない、私もそうだった。

「明日が試験か、長かったな。あれから十一年、お前はよくここまでやってきたよ」

 涙を隠しながらあまりに長い日々を思い出してた。

 七歳の頃だった、私の両親は私一人を置いて姿を消してしまった。

 両親の帰ってこない家にいても自分の力だけで生きていくことはできず少しずつ体は弱っていく。このままでは餓死してしまうと、行くあてもないままふらついていた、しかし小さな子ども一人にできることは少なかった。

 いつしか疲れ果てて道端で倒れていた、そんな時に話しかけてくる大人がいた。

「どうしたんだ?こんなところで、迷子にでもなったか」

 答えられなかった、答える体力も残ってなかった。

 何の反応もできないまま担がれ、どこかに運ばれていく途中で意識も途絶えた。

 次に目が覚めるとそこは見知らぬ家のベットの上だった、横には人がいて目が覚めた私を見て人を呼び温かい食事を口に運んでくれた。

 救われた。そう思った。されるがまま私は運ばれる食事を口にする。

 いつ振りかの食事は体中に染みわたっていく、涸れ果てた体は涙が出るまでに回復した。

「よく頑張ったわね、もう安心していいわよ。しっかり食べなさい。」

 ベットの中から声の主の顔を見る、優しい顔をした女の人、そしてその後ろにあのとき私のことをひろってくれた男の人が立っていた。

 動かない体をベットの上で休ませる。考え事をする余裕も出てきた、拾ってくれた人たちはいったい何者なのか、どうして私なんかを拾ったのか、嫌な予感はもちろんしていた。拾った子供を奴隷としてどこかに売っているのかもしれない、こんな状況で考えたくもないが底辺まで落ち切った身ではどうしても頭に浮かんでくるものだ。

 ただ、本当に善意から拾われたのだとしたら、親を探すのを手伝ってもらいたいと思っていた。厚かましいとは思う、拾ってくれただけでも返せないほどの恩だろう。なにせ命を救ってもらったのだ、その上親を探して欲しいなどと、しかし自分はどうしようもなく無力で一人では何をすることもできないということを思い知らされたばかりなのだ。だから救いが欲しかった。

 そんなことを考えているとき横にいる女の人は私に質問してきた。

「なんであんなところで倒れていたの?」

 ゆっくりと、親がいなくなってしまったこと、このままでは死んでしまうと思い一人で外に出て行ったが結局何もできずに倒れてしまったことを話し、最後にどうか親を探すのを手伝ってほしいと頼み込んだ。

「そう、大変だったわね。どれだけ力になれるかはわからないけど私達も出来ることはしてみるわ。あなたは体が元に戻るまでここで休みなさい、お父さんとお母さんが帰ってきた時元気な姿が見せられなきゃいけないもの。」

 ほっとした、とても心強い味方ができた、これで少なくともただ一人なんのあてもなく親を探しに彷徨うことはないだろう。

「ありがとう、本当にありがとう」

 一言、心の底から滲み出るように声が出た。

 しかし助けてもらえるからといってその優しさに甘えてしまってもよくないし何があったか今すぐにでも知りたい、何か新しい発見があるかもしれないし今は体が動くようになったとき家に戻る方法を考えてみよう。

「困ってる子どもは放っておけないもの、じゃあ私はやることがあるからいなくなるけど、何かあったらすぐ呼ぶのよ。」

 そう言って部屋の扉を開けたままにして出ていった。

 悪い予感も自分の思い違いだと考え始めていた。



 拾われてから五日経った。

 体はすっかり元気になり二人といろいろな話をした。

 拾ってくれた男の人は名前をベノアと言い昔は国に仕える騎士であったそうだ、今は騎士として培った技術を後世に残すため剣術の道場を開いている。

 拾われた後、つきっきりでお世話をしてくれた女の人は名前をルミナと言い商人をやっているらしい。

 二人は私にとても親身になって接してくれた、そのお陰で未来に希望を持つことも出来た。

 ただ、親が姿を消してしまったということに変わりはない、そこで私はベノアに私を拾ったところまで連れて行って貰えないかと頼んだ。あの時の私が長い距離を移動できたとは思いにくい、拾われたところまで行くことが出来れば家に戻る道がわかると思ったからだ。

 ベノアは快くそれを了承してくれた。

 拾われた場所に行き、そこから自分の記憶を頼りに家につくことが出来た。

 扉に手をかける、鍵はかかっていなかった。

 扉を開いて中に入る、家の中を見渡すも親の姿はない、しかし取り残された時には無かった封筒が置かれているのに気付いた。

 封筒を手に取る、思う以上にずっしりとしていた、中身を取り出すとそこには分厚い札束と「ごめんなさい」とだけ書かれた紙切れが出てきた。

 紙切れの裏には私の名前が書いてあった。

「何か心当たりは?」ベノアは私に尋ねる。

 そんなものはない、こんな大金を見たことはないし謝られるようなことがあった覚えもない、そのことを伝えこのまま家に留まっていてもしょうがないと思い封筒をもってその場を後にした。

 ルミナの元へ帰り、三人の用事がすべてなくなった夜に封筒について話す。

「これだけの大金とあなた宛の手紙、手紙からするとお金はお詫びかしら」

「でも謝られるような覚えがないんです」

 何の問題もないごく普通の家族だったのだ、貧しかったわけでもないし子どもを疎んでいるような親でもなかった。

 周りの歳の同じ子供と同じように愛されて育ってきたのだ。

「なにかお前の両親にはお前にはわからないようにはしていた抱え込んでたものがあったのかもしれないな」

「それで罪悪感に耐え切れなくなって手紙と、あなたが生きていけるようにお金を残していった、予想できることとしたらこんな感じかしらね」

「辻褄は合うな」

 残されたものから予想できるものは限られているし二人の考えはおかしなところはない。

 本当に、何か隠し事があったのだろうか。

「まあこんな予想しても仕方がない、なにか手掛かりになるものが見つかればいいんだが」

 封筒の中身はお金と手紙だけ、隠し事をしていたのかもしれないと予想ができるだけで行方までわかるようなものではない。

「明後日は元々道場は休みにする予定だったし役所にでも行ってみるよ」

「ありがとうございます、お願いします」

 親を探すにはあまりに手掛かりが少なすぎる。

 役所になら何かしらの情報があるかもしれないと考えていたが子ども一人で役所に行って親がいなくなったと言っても迷子だと思われて邪険に扱われてしまうかもしれない、ベノアに任せよう。

「私はお店があるから出向いて話を聞きに行ったり出来ないからお客さんに何か知らないか聞いてみるわね。そうだ、封筒はあなたに渡しておくから、なにか思い出しことがあればすぐ言うのよ」

「わかりました、ありがとうございます」



 それぞれが出来ることするとはいえあまりにも任せきりになってしまっている、親のことを思い出す以外にも力がない自分にもできることはないだろうか、部屋に戻りろうそくの薄明かりで封筒の中身を見ながら考えていた。

 手紙を取り出して読み返す、何度読んでもただ一言しか書いていないその手紙をぼんやりと眺めていた時、いきなり手紙に文字が浮かび上がってきた。

「なんだこれは!」

 文字が浮かび上がってきたときに驚き、浮かび上がった文字の内容でもう一度驚く。



「あなた一人置いて行ってしまって本当にごめんなさい、でもこれしか方法はなかったの、誰に見られるかわからないから詳しいことは何一つ書くことができないけれどもしあなたがこの文字を見ることができたのならどうか、強く生きて。誰にも負けないように強く。」



いろいろな感情が浮かんでくる。

まず、親から私へ手紙があったことに歓喜した。

そして、親の手がかりがなく落胆した。

そして、親の言葉によって胸騒ぎがした。

これしか方法はなかった、強く生きて。

その言葉を見たとき、もう親には会えないという気がしてしまった。

思い違いでないとは言い切れない、早とちり、勘違い、それであれば良い。

だが、あまりにも大きな何かがそこにあるような気がしてならないのだ。

 心臓の鼓動が体全体に伝わってくる、不安で体が押しつぶされそうになる、親が離れていくという子どもであるがゆえに感じ、子どもが抱えるにはあまりにも大きすぎる恐怖に支配される。

泣いた。

全身を支配する恐怖を洗い流すように涙が出る、無力な自分を悔やむことでその量は増えていく。

しばらく泣き、疲れ、信じたくないものから逃げるように目を閉じた。





















































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