妻と猫は相容れない

 ある日僕は友人の家に行っていた。もちろん女子は妻が許すわけがないので、男友達の家だが、そこでとある運命的な出会いをしてしまった。


「にやぁぁー!!!!」


「か、かわいいいい!!!」


 カゴに入れられた子猫。まだ子猫で愛くるしい顔が僕の心を貫いた。


「この子だけ貰い宛てが見つからなくてね」


 男友達の鈴木がそう言った。鈴木曰く、飼っている猫が出産して、4匹のうち3びきは貰い手が見つかったのだが、この子だけはまだみつからないらしい。


「どうしようかな…」


「お世話できないのか?」


「うち赤ちゃんがいて、猫の毛が子供の体に入ったらなって心配でね。後、今もう2匹いるからこれ以上は…」


 なるほど、確かに衛生的に考えると赤ちゃんのいる環境猫の毛というのは少々危険があるかもしれない。


「お前引き取ってくれないか?」


「え?僕の家か?」


 僕は猫が好きだから全くもって問題ない。今いるマンションもペットは申請をすれば大丈夫だし、環境的な憂いはない。

 あるとすれば…妻の反応だな。なんというかは分からない。


「でもなぁ…うちの奥さんがねぇ…」


「にやぁぁぁ?」


 ダメだ、そんな目で僕を見つめないでくれ。そんな目で見られたらとか断れないじゃないか。

 一度目線を外し気持ちを落ち着かせる。惑わされてはダメだ。妻から何言われるか分からない。

 まず相談をしてから決めよう。そうだそれならばいいはず。


「にやぁぁ…?」


「……」



 ◇◇◇◇


「ただいまー」


 ドアを開けて僕は帰ったことを告げる。


「おかえりなさい」


 リビングのドアが開きエプロン姿の妻が笑顔で出迎えてくれた。

 しかし、彼女はすぐ僕の足元の方に目線をやった。


「それどうしたの?大きいけど」


「あはは。ちょっと買い物行ってたんだ」


 とりあえず誤魔化そう。まずはそうだ、僕の書斎に運ぼう。

 あそこであれば、滅多なことがないと妻は開けないし、いちばん安全な場所に違いない。


「へぇ…。何買ったの?」


 僕の後ろからついてくる妻は追求をしてくる。声音の感じでは危ない感じはしない。とりあえずおかしくない程度の言い訳を考えた。

 大きさが大きさだけにあまり小さいものではバレてしまう。


「靴だよ。今のが少しボロくなってきたからね」


「そうなんだ!どんな靴買ったの?」


 おっと。まさかのもうピンチだ。どうする?でもまだここにいる子猫は鳴き声を発してない。でも正直いつ声を出してもおかしくない。

 これは早いところ持っていかなければ。


「ちょっと後でね!汗かいたからシャワー浴びたい!」


「あ、そう?わかった」


 良かった。どうやら大丈夫なようだ。とりあえず書斎に入り、ソファーに例のカゴを置いた。

 そしてなかから子猫を覗き込んだ。


「よく鳴かなかったな。偉いぞー」


 軽く頭を撫でてあげた。それに反応するように自ら頭を擦り付けて目を細めていた。

 あぁ、なんて可愛いんだろうか、癒される。

 とりあえず、子猫はここに置いておき、シャワーを浴びることにした。クローゼットから適当なシャツとジーンズを取り出した。


「いい子にしてるんだぞ?」


 子猫にそう告げて書斎を出ていった。

 脱衣所に入り、汗かいた服や下着類を洗濯機に入れて、風呂場へと入っていった。



 一方の麗子はリビングの方でテレビを見ていた。麗子はソファーに座りクッションを抱きしめて見ていた。

 家事が一段落しての一息である。映画の内容は主人公の男とその彼女、そして拾ってきた猫の物語であった。


「私はあなたに拾われた猫だにゃあ。私はご主人様のことが大好きなのだにゃあ」


「ちょっとあなた!誰なのよこの女!!?」


 主人公に拾われた猫はその男に愛情いっぱいに育てられた。

 ある日猫の姿がいなくなったと思ったら、猫耳にしっぽを持った女の子が現れた。

 そしてその女の子は男に好意を向けてきて最後は……するというものであった


「ご主人様様は私のものにゃあ!絶対に渡さないのにゃあ!!!」


「離しなさいよこの泥棒ねこ!!」


 テレビの向こう側の人物たちの物語を見て麗子はふと考えた。


「そういえば、たっくんって動物が好きだったなー」



 物語は進んでいきとあるシーンで麗子は驚いた。こんな濃厚な絡みがしかもなんかやけに生々しい。

 たまたまみつけたDVDであるがここまで過激だとは思わなかった。


 自分の旦那のことを考えた。この映画のようなことは現実的にはありえないが、もし動物ばかりに目がいったら、自分のことを放ったらかしされるのかなと思っていたのだ。


「……。なんかやだな…」


 するとどこからガサゴソと物音が聞こえた。

 何かが擦れている音。それはたまたま何かが当たっていると言うよりは持続的に聞こえた。


「ん?なんだろ?」


 当たりを探しても特にその発生源らしいものは見当たらない。

 と言うよりはこの部屋からの音ではないと思った。

 音が気になった麗子は音を頼りに廊下の方へと行った。

 するととある部屋でより一層はっきりと音が聞こえるようになった。


「ここってたっくんの書斎?」


 旦那の仕事の資料やら服やら置いてある部屋。ここから音は聞こえていた。

 普段は滅多に入らないが、気になっていたのでドアを開けてみた。

 しかし何も見当たらない。いつもと変わらない書斎の姿であった。


「にやぁぁ!!!」


 人間では無い、かと言って無機質なものでもない声。

 下の方を見ると愛くるしい顔で麗子の方を子猫の姿があった。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 甲高い声が響いたのだった。

 それに驚いた拓真は急いでお風呂を上がりバスタオルを巻いてやってきた。


「ど、どうした麗子!!?あっ…」


「これ…どういうこと…?」


 彼女の鋭い眼差しが拓真に突き刺さった。シャワーの水気とは違う汗がタラタラと溢れ出ていた。


 ◇◇◇◇


「それで、どういうことか説明してもらおうかしら?」


「いやこれは。あの…その…」


 ソファに座り足を組んで、冷ややかな目でこちらを見てくる妻。

 一方の僕は着替えた服で正座で床に座っていた。

 やっぱり見つかったか…。子猫だし。やんちゃするはずだからバレるとは思っていたが、早かった。


「ねぇ、なんで、この家に、猫がいるの?」


「それはねぇ…あの、貰ったというかなんというか…」


「貰った?どうして?」


 怖い。どうしてそんな目で見てくるの。そんな目で言われた言いたくても言えないじゃん。

 横にはカゴに入れられた子猫がいた。この子は今の状況などお構い無しにカゴの中で暴れていた。


「貰い手がないって聞いたから…可哀想だなって…」


「ふーん…。そういえばアレついてなかったからその子メスだったよね?」


「ん?そういえば、そうだった」


 まぁ猫はメスだろうとオスだろうとやんちゃであることは変わりない。


「メスなんて冗談じゃない、嫌よ」


「な、なんで?」


 メスのどこがダメなのか知りたかった。別に猫ではあるには変わりないのに。


「例え動物だろうとたっくんに擦り寄る女は私は許さない」


「いや、女って…メスだよ?」


「違う、女よ。私にとってはたっくんを奪う泥棒猫よ。だから認めない」


 いやいや。相手は動物である猫なのに。どうしてそこにこだわるのだろうか。

 いくら嫉妬深くてもそれはあんまりでは無いのかと思った。

 それに確か、麗子は動物嫌いではなかったはず。そんなに目の敵にする理由が分からない。


「たっくんはその女が好きなの?」


「いやいや。猫だって」


「ならどうして私に隠したの!!いやらしい目的でもあったんでしょ!?」


 いやらしい目的ってどんな目的なの?全くもって話についていけない。

 さっきからメスを女とか言ったりおかしすぎる。何か原因でもあるのだろうか。

 ふとあるものに目をやった。それはDVDのケース。

 それはなんのDVDかと言うと、この前会社の同僚から借りたAVであった。

 タイトルは「私のご主人様!あなたの子供が欲しくて女になりました。〜発情期のメス〜」というタイトルのAVであった。

 何故ここにAVがある。これは隠していたはずだ。今度の楽しみにとっていたのに。

 つまりこのAVを見てメス猫が嫌いになっているのだろうか。

 いやそれだけではない。AVのことバレているではないか。

 これってある意味地獄である。AVと猫が見つかり、それが偶然にも繋がっている。


「ねぇ、どうなの?この女と浮気なの?」


「だから猫だって、それに浮気って…するわけないだろ?」


 この状況の作りだしてしまったのは自分自身である。しかし、これは大変である。どうしたらいいのか。


「それにこの泥棒猫に私さっき引っかかれたのよ」


 怪我をした左手を見せられた。絆創膏を貼っていたので、大丈夫だとは思ったが、これはますますえらいことになってしまった。


「嘘ついたのは謝る!でも猫が人間になったりしないよ?だから浮気も何も無いじゃん?」


「私は同じ空間にたっくんをたぶらかす女を置いておく趣味はないの」


「で、でも…」


「たっくんのことを独り占めしたいの。だから、動物は飼いたくない」


 妻はそう言った。とてもでは無いが説得できそうにはない。

 でもこの子を見ていると、なぜだろうか返したくはない。


「みゃあぁぁ??」


「うっ…。お願いだ。この子を飼いたい。何でもするから、お願いだ…」


 僕は頭を地面に擦り付けて土下座をした。返したくない。この子を勢いとはいえ引き取ったからには、育てたい。


「何でもするって…。じゃあ仕事もやめて私のそばにいてくれる?」


「それは収入が無くなるから、生活出来なくなる」


「私の不労所得でも問題ないよ?」


 そういえば、妻はいくつかの不動産を所有していた。それもかなりの額であるから、勝手に収入が入ってくるのだった。

 でも仕事は楽しいから辞めたくはない。


「ほら嘘ついた。何でもなんて適当なこと言って…」


「それ以外でお願い…」


 藁にもすがる思いだった。すると妻はあることを言ってきた。


「そうね…。だったら毎日私をたくさん愛して」


「愛するってのは…?」


 いつも愛しているつもりではあるがどういう意味なのだろうか?


「身体で」


 ニコッと笑う妻。しかしその顔はなぜだか妙に怖かった。彼女の言う身体でという言葉はつまり想像しているもののことである。

 ちなみに妻は性欲が強く一度火がつくと長くは消えない。

 僕の灯火が消えるのが先になる。しかし、これが毎日になる僕の身体はボロボロになる気がする。


「わ…わかった…」


 ここで妥協するしかない。僕は代償を払いに何とか子猫を買うことができた。

 しかしその代償はあまりにも大きかった。


「ふふふっ…。たっくん。私がたくさん愛してあげる…」


 僕は諦めたかのように妻に手を引かれて寝室の方へと連れていかれたのだった…。

 でもいいんだ。これからは子猫と共に暮らせるし。安いもんだ。や、安い…もんだ…。



「にやぁぁ?」


 子猫は寝室に連れていかれる拓真を不思議そうに見ていた。





















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