外伝 私の高校時代
私の名前は
3歳頃からずっと一緒にいる幼馴染である。ふと窓側の席にいる拓真の方に目をやると窓の向こうの景色を見て物思いにふけた顔をしていた。
私と拓真は仲が良くお互いのいい所も悪い所も知っている。
多分それは他の友達とは違い強い味方にもなれば天敵にだってなる。
でも拓真はいつも私のそばに居てくれる。私の誇れる自慢の親友であり幼馴染である。
「ん?なに?」
「別に。あんたの顔面白いなって思っただけ」
「え?急に顔をディスるの?」
こんなやり取りなんてしょっちゅうである。何気ないことでも面白いのだ。
授業が終わり放課後になると私は部活でバドミントンをやっており、着替えるために部室にいく。
「おっすー絵里」
「おっすー
「まだ来てない。それよりも今から部活始まるってのに楽しそうな顔してるねー」
部室に入ると真ん中に置かれた組立式の長テーブルに肘ついてスマホをいじる友人の
その他にも1年生が何人か着替えており、こちらに挨拶をしてきた。
「まぁ…バド好きだからね」
「またまたぁ…。それだけじゃないでしょ?斎賀くんと何かあったんでしょ?」
真美はニヤニヤしてそう言ってきた。
「ち、違うわよ…。拓真はただの幼馴染だっていつも言ってるでしょ?」
真美は同じクラスであることもあり、私と拓真の関係をからかってくるのである。
別にそういう関係ではないのに、楽しそうに言ってきて憎たらしい時もある。
「はやく付き合わないと斎賀くん取られちゃうよ?」
「どういう意味よ?」
「絵里も知ってるでしょ?斎賀くんモテるってこと。斎賀くん機械体操部の部長であの筋肉にあの顔だもん。結構告白されてると思うけどなー」
拓真は確かにモテる。真美の言う通り、器械体操で培った肉体に顔も認めたくないが爽やかイケメンというものである。
でも一緒にいたから、わたしはそんなに魅力的なのかよく分からない。
たしかに良い奴だし。幼馴染として好きだし。
でも男としては見たことない。
「うちの1年生もみんな言ってたよ。斎賀先輩かっこいいって。ほら、あんたがいつも一緒に下校する時に見てるから」
「そういえば…歌ちゃんは好きだから告白しようか悩んでるらしいよ?」
歌ちゃんというのはうちのバドミントン部の1年生でレギュラーであり、かなりの実力を持っている。
それに容姿もよく、癒し系という系統の可愛い女の子である。
そうか歌ちゃん拓真のこと好きだったのか…。
「へぇー、いいんじゃない?」
「あんた本気で言ってんの?斎賀くんだよ?」
「拓真本人の問題で私には関係ないでしょ?」
恋愛は私が決めることではないから、決定権は私にない。それは本人の自由であると思う。
私が決めることではない…。だって…。
なぜだか気持ちがモヤモヤした。拓真が誰と付き合おうと構わない。
幼馴染であることはこの先ずっと変わらないのだから。
「あんたマジで言ってんの?知らないよ?あんたが後悔しても知らないよ?」
「だからどうして私に言うのよ」
「はぁ…。まぁ…そこまで言うならいいけど…」
真美は少し呆れた表情をしてスマホをロッカーに入れてラケットを持った。
「真美悪いけど先に行ってて!」
「わかった。じゃあ先に行くね?」
そう言うと真美は部室を後にした。部室には私だけであり、静かになったのか、他の部の掛け声など聞こえてきた。
「拓真と歌ちゃんがねぇ…」
さっきは真美にあんなこと言ったが内心複雑である。片方は大切な幼馴染そしてもう片方は可愛がっている部活の後輩。
ふと2人が付き合っている姿を浮かべてみた。
「……」
胸の奥がキュッと締め付けられる。病気などではない。
「まさかね……」
あまり考えたくはなかった。とりあえず、このすモヤモヤを深く考えたりせず、部活に集中することにした。
練習着に着替えラケットを持ち部室を出ていった。
◇◇◇◇
「絵里先輩」
「ん?歌ちゃん?どうしたの?」
部活が終わり部室に戻り制服に着替えていると、突然歌ちゃんに話しかけられた。
「着替え終わったら少し話をいいですか?」
「?いいけど?今じゃだめ?」
「すみません。終わった後でお願いします」
いつもの可愛らしい顔ではなく、どことなく真剣な顔をしていた。
よっぽど大切なことなのだろう。一体なんだろうか?次の大会の話かそれとも練習の事か…。気がかりだった。
拓真も待っていることだし、とりあえず制服を着替えることにした。
「すみません先輩」
「いいよ。で、どうしたの?」
部室より少し離れたあかりのある渡り廊下へとやってきた。
どことなく和やかというよりは緊張感があった。
「絵里先輩は斎賀先輩と付き合っているんですか?」
時間が一瞬止まった。それはその言葉による力なのか。思考も心臓すらも止まった感覚がした。
「え…?ど、どうして?」
「絵里先輩いつも斎賀先輩と帰ってますよね?付き合っているのかなと思って…」
「ち、違うよ!あいつとはただの幼馴染だよ。歌ちゃんも知ってるでしょ?」
何故だろう。どうしてこんなに私は狼狽えているのだろうか。
拓真と付き合っているのか?と言われただけである。そんなの今まで何度も言われてきた。
違うと、その都度あしらっていたのだが、何故今はこんなにも心臓が早くなり落ち着くことが出来ないのか。
「知ってます。仲がいいなと思ってます。でも、幼馴染だからってそんなに近いものなかなって…思ってたんです」
「そうだね…。でも拓真とは家も近いし、小さい時からずっと一緒にいたから…それが普通だと思ってるけど…」
拓真とは今までの人生ずっと一緒にいた。傍らにはいつもあいつの姿があった。
私はそれが当たり前だと思っていたのだが、実は違うのかもしれない。
「真美先輩に聞きました。絵里先輩は斎賀先輩のこと幼馴染としか思ってないって」
「そ、それは…」
「もし先輩がそうとしか思っていないのなら、今までの対応はもうやめた方がいいと思います」
いつもの歌ちゃんとは全く違う。彼女の眼差しはまるで私を敵視している、いや実際しているのかもしれない。
試合の時の歌ちゃんに似ている。相手に対して決して情けをかけず、冷静に戦う姿。
その時と似ている。つまり、私を敵とみなしているのだ。
「どうして歌ちゃんにそんなこと言われなくちゃいけないの?」
「それは…私が…斎賀先輩のことが好きだからです」
彼女の嘘偽りのない言葉。その言葉は矢玉のように私の胸に突き刺さった。
「私は絵里先輩のことが好きですよ。しかし、まるで自分のものかのように斎賀先輩といる絵里先輩は嫌いです。不愉快です」
ズカズカと遠慮なく私に言ってくる。さすがに私も腹が立ってきた。どうして彼女にそこまで私と拓真の仲を言われなければならないのか。
「別に拓真は私のものとかじゃない。幼馴染として接しているだけよ!」
「私にはそう見えません。それは他の人も思ってますよ」
彼女の言う通り、陰で私の悪口を言う女子がいる。大体は拓真関連のことで言われている。
しかし、私は相手にしなかった。他人に私たちの関係がわかるわけないと。
今まではずっと思ってきたのだが、ここに来てそれが揺らぎはじめてきた。
「それにいつも強気の絵里先輩が斎賀先輩のことになると態度変わりますよね」
「だから何?」
「本当は斎賀先輩のことが好きなくせに」
今まで真剣な表情だった歌ちゃんがニヤリと笑った。私を見透かしているかのようなそんな顔に私は思えた。
「先輩が幼馴染のままでいいってのなら私は構いませんが…」
「随分言ってくれるじゃない?大体あんた拓真のことどれだけ知ってるの?」
所詮は高校から拓真しか知らない。しかし私は拓真のことをなんでも知っている。
好きな食べ物も趣味もエッチな本の隠し場所もオナニーをどれだけしてるか、恥ずかしい出来事もそして身体の隅々まで。
そんなことあの娘が知るわけない。
「そうですね。私は斎賀先輩の一部しか知りません。でも私はもっと知りたいんです。だから付き合いたい」
「だったら告白したらいいじゃない?」
「えぇ、そのためには先輩に約束してもらいたいことがあります」
約束?一体何をするというのだろうか。
「先輩が告白することもそして斎賀先輩から告白されて付き合うこともダメですよ」
この娘は頭がおかしいのか。何故私がそんなこと決められなくてはならないのか。
そんなもの決められることではなく自由であるはずだ。
「ちょっと意味が分からないんだけど?」
「この決まりを約束できないのなら、私は学校中に絵里先輩が斎賀先輩のことが好きだって言いますよ」
「この意味。どういう意味か分かりますよね?」
彼女は笑っていた。まるで獲物を捕らえたかのようなその眼差しに分かりたくない意味がわかってしまった。
「先輩たちの関係はどうなるんでしょうね?間違いなく、普通の幼馴染という関係ではなくなりますけどね」
この娘の恐ろしさが改めてわかった。バドミントンの試合の時でも、相手を追い詰めていくそして、あらゆるものを打ち返し、手を打たせない。
まさにそれと同じである。
「では絵里先輩。私は帰りますね。さようなら」
いつもの可愛らしい笑顔に変わり一礼して去っていった。取り残された私は冷や汗をかきつつ、ただじっとしていた。
今までの気持ちよかった関係がなくなるかもしれない。
何ものにも変えられない拓真との絆。それが変わってしまうのではないか。その変化に恐怖を感じていた。
いくら幼馴染でもいつかは離れてしまうものなのだろうか。全てが無になってしまうのだろうか。
「おい、なにやってんの?」
じっと考え事をしている私の肩に手を置いて拓真が話しかけてきた。
「いや…別に…」
「そうか。早く帰ろうよ」
「う、うん」
笑ってそう言ってくれる拓真の顔を見て歌ちゃんの言葉がよぎった。
「本当は斎賀先輩のこと好きなくせに」
頭を振って考えないようにした。私たちはずっと今までもこれからも幼馴染である。
だからそんなこと思っちゃいけないと。
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