後輩は僕に迫り続ける

 僕の職場は大企業ではなくこじんまりとしたところである。ちなみに僕の仕事はインテリアデザイナーである。

 元々はとある大企業に内定がありそこに行く予定であったが、とある人物からの誘いで、こちらに務めることにしたのだった。

 その人物というのが、今僕の目の前にいる女性である。

 いかにも仕事のできそうなキャリアウーマンのような雰囲気のその人は僕の大学時代の先輩の校倉紫翠あぜくらしすいさんである。校倉さんは僕の2つ上の先輩で大学時代から起業をして現在の会社を経営しているのだ。

 規模的には小さいが、彼女が培った顧客との信頼や満足度などから人気があり、業績的にはうなぎ登りである。


「斎賀くん。新庄物産の新店舗のインテリアデザインのオファーが来たけど頼めるかしら?」


「はい!もちろん満足させてあげられるデザインをします!」


「ふふ。頼んだよ」


 校倉さんは微笑みながらコーヒーを啜った。

 黒縁メガネに綺麗で艶のある黒髪を束ねて左に下ろした彼女の姿は妻がいる僕でもたまにドキッとしてしまう。

 妻に勝るとも劣らないその美貌は男性社員だけではなく、女性社員も虜にしている。


「さてと…このクライアントの仕事があと少しで終わりそうだから、早めに取り掛かろう」


「斎賀せーんぱい!」


 僕が席に着くなりあの娘はこちらの方へとやってきた。雨森である。

 僕の直属の部下ではあるものの、距離が近いのである。妻子持ちである僕につきまとい、言い寄ってくる。

 別に彼女のことが嫌いとかではなく、少し鬱陶しいのだ。彼女が原因で妻に何度殺されかけたことか…。


「さすが斎賀先輩♡新庄物産なんてかなり名のあるクライアントの案件指名されるなんて…かっこいいです♡」


 ええい、距離が近い。僕とほぼゼロ距離で話しかけてきている。他の社員も誰か助けてくれたらいいのに、みな知らんぷりである。

 と言うよりは面白がっているのだろう。くすくす笑っている奴もいるのだ。

 ちなみにこのことは校倉さんにも話をした事があるが、「うちの会社は規模が狭くて人事異動が出来ないから我慢してくれ」と言われたのだ。

 校倉さんからそう言われてしまっては僕も我慢せざる得なかった。


「雨宮お前は喋ってないで仕事したらどうだ?」


「やってますよ。案件なら終わって提出してますから。あ、コーヒーいれましょうか?」


「いらない」


 なぜここまで僕に構ってくるのだろうか。僕には全く分からない。妻子持ちの男に手を出すなど、普通は金目当てであろう。

 しかし僕はそんなお金もちでもないので意味が無い。

 彼女のこちらに向けてくるあの笑顔も不気味で仕方がない。


「そうだ。先輩今日ご飯行きましょう」


「美山とご飯行くから無理だ」


 美山とは会社の同期の男で、大学からの友人である。美山も僕同様校倉さんに誘われてこの会社に来たのである。

 ちなみに美山も結婚しており、娘さんがいる。


「美山先輩と私…どう考えても私でしょう?」


「いや美山だよ。だいたい、勘違いされたくないからな」


 ただでさえ、この雨宮には以前から迷惑を被っている。

 妻からの誤解を解くのにどれだけの神経と身体をすり減らしてると思っているのだろうか。


「勘違いってどんな勘違いですか?せ・ん・ぱ・い?」


「もういい」


 雨宮は僕をからかってくる。明らかにわかっているにも関わらず、わざわざ聞いてくるあたり性格の悪さが出ている。


「先輩可愛い♡」


 トイレでも行って一度頭を冷やしてこよう。このままでは彼女のペースに乗せられたまま仕事が捗らなくなってしまう。

 そこで席をたちトイレへと向かった。


「あれ?どこ行くんですか?」


「トイレだよ」


 そう告げると、特に何も言うことなく席から立ち去ったのだった。



「ふふ。先輩ってほんと可愛い。可愛すぎて…」



 雨宮は去っていく拓真の姿を見て恍惚とした表情をし、獲物を見るかのような目で可愛く舌なめずりをしたのだった。



 ◇◇◇◇

 その後切り替えて仕事を行い退社した後、美山と居酒屋へ飲みにいったのだった。


「お前も大変だな斎賀。紗季ちゃんに狙われて」


「笑い事じゃないよ。この前も妻と出かけた時に偶然鉢合わせて大変だったんだからな」


 ビールにおつまみの焼き鳥やたこわさがテーブルに置かれていた。

 他の客もおり賑わった雰囲気の中で2人はお酒を呑んでいたのだった。


「斎賀の奥さん美人だしな。目移りするわけねぇか?」


「いやいや、容姿とかの問題じゃないから」


 仮に雨宮が絶世の美女だとしても目移りするわけが無い。僕は面食いではないから。

 それに妻は性格もある部分を除きさえすればとても素晴らしい完璧な人である。

 僕は冷えたビールを口に含みコリコリの癖のある食感の砂ずりを頬張った。


「まぁ子供でもできたらさすがに言ってこないんじゃない?」


「子供はまだ早いよ。今の生活で手一杯だし」


「何言ってんだよ。子供はそんなこと気にならないくらい可愛いぞ?うちの娘の写真見てみろ?」


 そう言うと美山はスマホを取り出し操作をしてこちらの方に画面を見せてきた。

 その写真とはクマのぬいぐるみを抱いた可愛らしい女の子の赤ちゃんの姿だった。


「な?世界一可愛いだろ?!俺の天使だよ!!」


「確かに可愛いな。清良せいらちゃんだっけ?」


「そうそう!!清らかで良い子に育って欲しいから清良。あぁ清良。可愛い我が天使よ。うーんちゅ!」


 スマホの画面にキスをする気持ち悪いおっさんの姿が僕には映っていた。

 確かに子供は可愛いと思う。僕も妹たちの世話をしてたからその辺はよくわかる。

 手がかかっても、苦ではないが麗子が今望んでいるかは分からない。


「斎賀。何か別の理由でもあるのか?」


「まぁ…な…」


 理由というのは美山の言う通りある。しかし、これについては正直考えたくもないので考えるのをやめた。


「とりあえず、雨宮はお前のこと好きで狙っているように見えるし、強く断ったら」


「そんなこと、とっくにやってるよ」



 雨宮は拒否をしているにも関わらず迫ってくる。僕の対応はまだ甘いのだろうか。

 しかしこれ以上となると向こうを必要以上に傷つけてしまうかもしれない。

 それだけは避けたいと思った。


「まぁ今日はとりあえず呑めよ」


 美山がビールを注いできて、仕切り直そうとしてくれた。確かにせっかくのお酒の席でこんな話ばかりでは面白くないだろう。

 もっと楽しむことにしたのだった。



 すっかり呑みすぎてしまった。美山とは居酒屋で解散して僕は夜道を一人で帰っていた。

 タクシー使っても良かったが、酔いを覚ましたいと思い風にあたりつつ帰ることにしたのだった。

 街灯のあかり以外特に何も無く、家やマンションばかりの通りを歩いたが、時間も時間なのか人はほとんど歩いていなかった。

 変わり虫の鳴き声や小鳥の囀りが聞こえていた。


「ふぅ…。少し飲みすぎたかな」


 微妙におぼつかない足取りで帰っていると後ろからツカツカという足音がしていた。

 気になって振り返ると誰もそこにはいなかった。

 気の所為だと思いまた歩みを進めると、またツカツカと足音が後ろの方から聞こえてくる。

 再び振り返っても、そこには誰もいない。少し恐怖を感じた。通り魔や強盗犯では無いのか。そんな嫌な考えすらも頭によぎった。

 歩みを早めて帰ろうとするのその早さに合わせて足音が早くなっていく。


「誰だ!」


 思わず声を荒らげた。酔っているとはいえ命の危機だと感じると酔いも自然と覚めてくる。


「そこに誰かいるんだろ?出てこい!!」


 しかし何も返事はなく、虫の鳴き声とことりの囀りのみ。

 気になり足音の方へと向かおうとしていると、


「斎賀さん?」


 後ろから話しかけられ振り返るとそこには街灯に照らされているメガネ姿の女性。

 よく見ると隣の部屋の源次彩奈げんじあやなちゃんであった。


「彩奈ちゃん?、どうしたの?、こんなに夜遅くに?」


「バイトの帰りです。斎賀さんは?」


「いや、会社の同僚と呑んでたんだ」


 彩奈ちゃんが現れたことで少しであるが、緊張が解けた。

 しかし、こんな夜遅くにバイトとは学生も大変だなとしみじみ感じた。


「チッ…」


 彩奈ちゃんと話をしている先程警戒していた方の背後側から走りっている足音がしていた。振り返ると先程まで僕につけていたであろう人物が踵を返して逃げるように走り去っていったのだった。



「ど、どうしたんですか?」


「いや、なんでもないよ?それより夜物騒だし一緒に帰ろうか?」


 こんな夜遅くの夜道で女の子でもあるから、一緒に帰っあげた方が安全だろうと考えた。

 幸い同じマンションの住人であるから、最後まで送ってあげられる。


「い、いいんですか?じゃあ…ぜひ…」


 もじもじしてだんだんとか細い声になっていたが、一緒に帰っていいと言ってくれたので帰ることにした。


「そうだ?コンビニでアイスでも食べる?奢るよ?」


「そ、そんな送って貰うのにそこまで…」


「僕が頭を冷やしたいからついでにだよ」


 今回は偶然ではあったものの、彩奈ちゃんに助けて貰ったようなものだからお礼代わりという名目でもある。

 こうしてマンション近くのコンビニによりアイスを買って帰るのだった。

 もちろん妻の分も忘れずに。





 




 彼の元から走り去った。これ以上は流石にバレてしまうと思った。


 もっと彼を知りたい全てを把握したいと思ったのに。

 

 余計な邪魔が入ってしまった。なんなのあの女。

 

 邪魔だわ。私と彼が繋がるのにまだまだ障害が多い。


 でもいつか必ず、彼を奪い取る日がやってくるわ…。ふふふ…。


 待っててね?愛してるわ…。




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