僕の家に突然やってくる幼馴染がいる

 ピンポーン。とある日、リビングで本読んでいた時にインタホーンがなった。

 モニターを見るとそこには僕の幼馴染の姿があった。


「おーい拓真ー。開けてよー」


 彼女はカメラ越しに手を振ってそう言ってきた。というか何故彼女がここにいるのか不思議であった。

 本来は僕の実家の近くに彼女の実家があり彼女は比較的その近くで一人暮らしをしている。実家と今の家はそこそこ離れているのだが、一体何しに来たのだろうか。

 扉を開けると、ニコニコした幼馴染が入ってきた。


「おひさ拓真!」


「なんだよ絵里?突然うちに来て?」


 幼馴染の名前は福元絵里ふくもとえり。性格はサバサバしており女性ではあるが、いい加減なところもある。

 幼い時や学生時代はよく彼女に振り回されていた。ちなみに彼女は実業団のバドミントン選手である。


「たまたま大会がこっちの方であったからさ、ついでによったの?あれ?麗子さんは?」


「麗子なら茶道の講師で出かけたよ」


 妻は裏千家の流派の茶道を教えているのだ。妻は様々な習い事を幼少期からやってきており、大概のことはなんでも出来る。

 と言うよりは、妻の実家は古くからの名家であり、妻の祖父は元総理大臣である。

 いわゆる華麗なる一族である。そんなところの令嬢をよく妻に貰えたなと今でも自分自身で感心してしまう。

 そこまで至るには色々大変だったけど。


「そうなんだ!じゃあ…あんた一人なんだね?」


「まぁそうだね。」


 絵里はキャリーケースとラケットバッグを持って家の中へとずんずん入っていった。


「おじゃましまーす!」


「おいおい!何、人んち勝手に上がってんの!?」


「他人じゃあるまいし…私と拓真の仲じゃなーい?」


 いやいや、所詮はただの幼馴染である。それに今は結婚して妻もいるからそう易々と家に入られたくはないのだ。

 僕の制止を振り切ってリビングへと絵里は向かっていた。


「へぇー意外と広いし、掃除もちゃんとされてるじゃん!」



「当たり前だ。麗子が掃除してくれているからな」


 絵里は適当に荷物を置いて倒れるようにソファーに寝っ転がった。


「あー、疲れた!!試合負けたし!!!」


「人んちでくつろぐなよ…」


 我が物顔でいる愚かな幼馴染を見て呆れていた。ほんと、昔から全く変わっていない。

 まるでジャイ〇ンみたいな性格である。小さい時はよく彼女から泣かされていたし。

 本当いい思い出はあまりない。

 仕方なくもう一角の方のソファーに座ることにした。


「試合で疲れたからいいじゃん!それにどうせ暇してたんでしょ?」



「いや普通に本読んでたんだけど…」


 テーブルに置いていた本を絵里に指さしてそう言った。そこにあったの僕が最近ハマっている恋愛小説であった。


「へぇー、「愛と刃」?なんかシュールな名前だね」


 絵里は僕の小説を手に取ってパラパラとながら読みをしていった。

 正直絵里は本を読むよりは身体を動かしたいタイプだから興味は持たないと思った。

 案の定すぐに本を閉じて元の場所に置いた。やはりこいつには小説の魅力が分からないらしい。


「ねぇ拓真お腹空いたー。ご飯食べさせてよー」


「お前な…。いくら幼馴染だからって図々しいぞ?」


 やはりここに来て傍若無人ぷりを発揮してきた。僕にはほんと、容赦なく何でも要求してくるのだ。困ったものだ。

 友人に幼馴染がいて羨ましいなんてことも言われたことがあるがそんなことを全く思わない。

 こんなふうに近くいればこき使われるのだから。


「いいじゃん!拓真の料理が食べたいの!」


「良くないよ!大体、他の部員たちとどっか食べに行けばいいだろ!」


 そう言うと絵里は急に拗ねたような感じになっていた。そしてそんな彼女はため息をつきながらこっちを見た。


「いいよ別に、あんな奴ら…」


 絵里の言葉にどこか悲しみや憎しみが混じったような言い方をしていた。

 どうやら部内で何かあったらしい。いつもの明朗快活な彼女には珍しい表情であったためすぐに分かる。これが幼馴染ってやつなのか。


「一体何があったんだ?」


「……。他の部員たち私の事が気に入らないらしいのよ…」


 絵里はそう言った。顔は真剣なものであり、それがより深刻さを僕に伝えてきた。


「私さ。こんな性格じゃん?はっきりものは言うし。きついことも言ったりするし」



「そうだな…」


 こんな性格じゃん?というのは僕には通用するから言いが他の人間に言ってしまうとなんだコイツと思われそうだ。

 確かに絵里は昔から自分の正しいと思った事をはっきり言ってくる人間である。

 学生時代ではその性格もあり少し問題なども起こしたことがあったが、それでも楽しくやっていた。

 しかし、大人になった今ではそれも出る杭は打たれるというもので、いざこざがあるのだろう。


「それでうちの部のエース的な選手それも先輩だけど、その人のミスが目立ってて、最後だけ私がミスして負けたのよ。そして私のことをこれでもかってこき下ろしてきたのよ。自分のこと棚に上げて」


「そうだったのか。でも、他の部員試合観てたんじゃないのか?」


「見てたわよ。でも結局最後にミスしたから私が悪いってことなったのよ。…。意味わかんないんだけど!!!」


 絵里はその事を思い出してきたの激昴してソファーを平手で思いっきり叩いた。

 かなりすごい音が出たが、それ程までの怒りがあるのかと伝わりやすかった。


「でもどうするんだ?チームメイトだしこれからも一緒にやっていくだろ?」


「もうやだ。辞めたい…。全然楽しくないもん…」


 絵里は悲しそうな顔をしていた。それに目も涙目になっており、声が心做しか震えていた。

 あんなにバドミントンが好きでいつも楽しそうにやっていたのに。昔の彼女の顔を思い出して僕も虚しくなった。


「まぁとりあえず、料理作るからそこで待ってろ」


 少しでも元気になってもらうしかないと思いキッチンに立った。

 料理は絵里の好きなあれでいいだろう。

 フライパンを温めて冷蔵庫から冷ご飯、ケチャップ玉ねぎベーコンそして卵を取り出した。

 とりあえずお腹が減っているらしいからお腹一杯食べさせてあげようと思った。


「あれ?この前買った包丁どこいったんだ?」


 この前妻からせがまれて買った村正一派の包丁がなぜか見当たらなかったのだ。



 ◇◇◇


 幼馴染である拓真は絵里の話を聞いたあとキッチンに行って料理をし始めた。

 その様子を見つめていた絵里は思わず笑みが零れた。


「私のために料理してくれるんだ…」


 やはり拓真はなんだかんだ言って優しいところがあると絵里は昔から思っていた。

 遡れば彼との付き合いは3歳頃からになる。長い年月ともに過ごしているだけ絵里は拓真のことを何でも知っている。

 それは拓真の妻の麗子よりも。絵里は拓真が麗子と結婚するという話を聞いた時に祝福をしたのだがなぜか涙が出てきたのだった。

 それは本人にも分からない。嬉し涙なのか、はたまた悲し涙なのか。

 何日かその涙について彼女は考えたこともあったが未だに答えにはたどり着いていない。


「なんで拓真と居ると落ち着くのかな…」


 長い月日共にし過ごしたから分からなかったがこうやって離れてみるとそれがわかってくる。

 ふと絵里は棚に置かれていた写真立てを見ていた。

 そこには嬉しそうな顔で写る拓真と麗子その二人のツーショットの写真であった。

 それを見た時になぜか胸が締め付けられた。おかしい。二人は夫婦でありそんな写真があって当たり前なのに絵里はなぜかもやもやとしていた。

 そしてふと頭によぎる。もしあの場所が自分だったらと…。

 なんと馬鹿らしいのか。今になってもまだ未練があるとは本当にダメだなと絵里は自分を律した。

 料理をしている拓真を見て思う。やはり彼は昔から何も変わっていないと。

 毎日楽しそうに生きている拓真を見て少し元気を貰えた絵里であった。

 そうこうしていると料理が出来たようで拓真がテーブルに置いた。

 その料理はオムライスであった。絵里の好きな料理であり、特に拓真のオムライスは大好物であった。


「うわ!懐かしいな!拓真のオムライスなんていつぶりだろう?」


「まぁたまに大学の時一人暮らしの俺の家転がりこんでた時以来じゃない?」


 拓真はそう言って食べるためのスプーンを持ってきた。

 絵里は席について拓真が作ってくれたオムライスを食すことにした。


「いただきます!」


 しっかりと手を合わせてケチャップのかかった黄金に光る卵の山をスプーンで崩していった。

 そして卵とチキンライスをひとくち頬張った。舌先には卵のほんのりくる甘さとチキンライスのほどよい酸味が絶妙な味を出していた。


「んんん!!!美味しい!!やっぱ拓真のオムライスは世界一美味しいよ!!!」


「あはは、褒めすぎだよ」


 これはお世辞でもなんでもないのである。絵里は本当にそう思っているのだ。バドミントンの試合で海外に行くこともあるのだが、色んな国の料理よりも拓真のオムライスが美味しいのである。

 スプーンが止まらないのである。美味しすぎて、食欲が進んでいくのだ。



「こんな美味しいもの毎日食べられたらしあわせだなー」


「いやいや、俺より麗子の方が断然上手いよ」


 麗子。拓真の言葉からその単語が聞こえると胸が少しズキっと痛む。しかし今はあまり気にしないようにした。

 結構な量であったものの、半分ほどたいらげていた。


「あぁ美味しい!美味しいなー!!」


「そうか、少し元気出たようだな?」


 拓真がニッコと毒気のない爽やかな笑顔で絵里を見ていた。その顔を見て絵里はドキッとした。

 落ち込んでいたけれど拓真の笑顔を見るとなぜか元気が出てくるそしてなぜか心臓をたからせるのだ。

 どうしてなのだろうかと絵里はずっと思っていた。いつも見慣れた顔であるはずなのに。

 ただの幼馴染なのに。


「辛いことがあるかもしれないけど、自分自身を見失うなよ。絵里は絵里なんだから」


「うん…」


「お前は他人の評価や言葉に振り回される人間じゃないだろ?絵里が正しいって思うならそれを貫き通してみたら?」


 拓真の言葉には重みがあった。そして彼の言葉を聞いた時にこれまでの半生を振り返った。拓真の言う通り、自分は他人の目など気にせず我が道を行ってた。

 もちろん何人も敵を作ってきた。酷いことを言われたこともあった。

 なんならいじめられたことだってあった。それでも彼は、拓真だけは絵里の元から離れたことがない。

 どんな厳しい状況に絵里がいても彼は見捨てたり、他の人につくようなことをしなかった。

 半生を振り返っていくと、ふとテーブルに雫がおちた。

 目元を触れると濡れていた。それは涙だったのだ。


「僕はいつでも絵里の味方だよ」


 その言葉を聞いた時に、涙が止まることなく溢れ出てきた。

 いつも拓真を泣かしてきた立場の自分がまさか泣いてそれを拓真に励まされるとは思わなかった。


「た、拓…真……ぐすっ…わ、わたし…ひっぐ…わたし……」


「はは。絵里が泣くなんてな」


 そう言って拓真は絵里の頭を優しく撫でてきたのだった。

 絵里は驚きながらも拒否することなく頭を撫でられていた。

 拓真の撫で撫では心地がよかったのだった。心を落ち着かせてくれて、気持ちよくなっていく。


「こんなふうに麗子さんを落としたんだね」


「何言ってんだよ」


 2人は見つめあって笑っていた。まるで仲の良い夫婦のようにも見えた。しかし現実彼らは夫婦でもなければ付き合ってもいない。

 ただの幼馴染である。


「そういや、お風呂借りていい?喧嘩してシャワーも浴びずにきちゃったから…」


「あぁ、いいよ」


「それじゃあ借りるね!」


 そう言うと絵里は着替えなどを持っていき風呂場の方へと行ったのだった。



 ◇◇◇


「さてと…」


 僕は絵里が食べ終わった皿を片付けて洗っていた。しかし結構多めに作ったのだがさすがアスリート、たいらげてしまうとは流石である。やはり運動量が桁違いなのだろう。


「絵里も悩みはあるんだな」


 あれ程の涙を流していたため、やはり辛かったのだろう。

 恐らくだが今までは僕が彼女の話を聞いたりや傍にいたりしてたから良かったが、今は妻と結婚もして離れたことにより、吐けるところがなかったのだろう。


「そう言えば、麗子は何時に帰ってくるんだけ?」


 ふと時計を見ると今は16時40分であった。ちなみに連絡アプリには「もうすぐ帰ってきます」と書いてあった。

「了解」としっかり返信をした。

 そう言えば妻からお風呂を沸かしておいて欲しいと言われたことを思い出したのだった。

 ボタンを押してお風呂を沸かし始めた。とりあえずこれで大丈夫である。


「さてと洗濯物を取り込んでおくか」


 そう言ってベランダに行くと洗濯物が干されていた。もちろんそこには僕の下着だけではなく妻のもある訳で。

 しかも外から見えないように部屋側に干してありすぐ目に入った。

 赤いショーツに赤いブラジャーや黒いスケスケのものなど、どれも見たことがある。

 これって勝負下着ってやつかな?しかし妻の下着を見るのはあまりにも趣味が悪く変態ぽいので素早く取り込んだ。


「畳まくていいって言われてるからとりあえずこのままにしておいてと…」


 すると風呂場から呼び出しが入った。

 何かあったのだろうか、急いでお風呂場へと向かっていった。


「どうした?」


「シャンプーがきれてた」


「変え持ってくるから待ってて」


 僕はシャンプーを取りに棚の方へと向かった。恐らく妻の方の使っていると思い妻のいつも使っているシャンプーの詰め替え用を持っていった。


「ほら」

 ドアを少しだけ開けて手を伸ばして差し出した。


「ありがとう」


 そう言って絵里は受け取ったので手を戻して僕はリビングへと向かいソファーに寝そべってまた小説の続きを読んでいた。

 すると何となく気持ちよくなりウトウトしてきて瞼を綴じたのだった。









「うーん…」


「……きて…きて……」


 微かに声が聞こえる。その声は徐々に徐々に大きくなっていく。そして目を開けるとそこには妻が仁王立ちしていた。

 そして妻のその手にはあの村正の包丁が握られていた。

 その姿を見た瞬間眠気が一気に吹き飛び冷や汗が出てきた。


「え?えぇっ!!?れ、麗子!!?」


「ねぇたっくん。ど言うこと説明してもらってもいいかしら?」


 この前よりもやばい。妻の冷たい氷のような冷ややかな目とそれと対象的な張り付いた笑顔。

 これはワンチャン本当に死ぬかもしれない。

 しかも今度は包丁が強化されている。この前の比ではなかったのだった…。




 終わった…僕多分殺されちゃう…。今度はどんな罪で殺されようとしているのだろうか…。




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