僕の休日は彼女と共に過ごす 後編

 包丁を買い終えたあとはいよいよお楽しみスウィーツの時間がやってきた。

 今朝テレビで見た人気のスウィーツ店。しかし予想通り昼前あたりでもかなり並んでいた。


「やっぱり並んでるね…」


「人気だからね。仕方ないよ」


 2人並んで待つことにした。比較的女性が多く、また場所が通りの少し狭いところであるため、いやでも並んでいる人とくっつかなくてはならないのだ。

 僕と妻は二列で並んでいるところに二人手を繋いで並んでいるが、僕の前そして後ろは若い女性であった。

 距離も近くほぼあたりそうだったことに妻は気に食わなかったのか繋いでいる手を強く握り締めて僕の手を潰さんばかりの握力を披露してきた。

 もちろん顔は笑っている。目以外は…。

 変な人に思われたくないため痛みを我慢していた。


「麗子…手が痛いんだけど…?」


「どうしたのたっくん?怪我したの?」


 もしかして無意識なのだろうか。いやそんなはずはない。多分嫉妬による行動であるはず。

 そんな感じでしばらく待っているとようやく中に入ることができた。

 中は落ち着いた雰囲気で、いかにも女性受けしそうな感じであった。

 やはり女性客は多いな。若い女性達ばかりで男の客は見渡す限り僕しかいない。

 少し恥ずかしいし、嫌でも女性たちからの目線がくる。


「人かっこよくない?」


「確かに!あぁいう人を彼氏にしたいなー」


 頼むから俺のことは放っておいてほしい。どんどん握る力が強くなっていくんだけど。


「良かったねたっくん?」


「な、何が?」


「たっくんモテモテだね?」


 笑顔の妻が私の方を向いてそう言った。ただし目は笑ってはいない。

 これはせっかくのスウィーツが台無しになってしまう。それだけは阻止しなければ。

 そのためには、妻がこのような状態では美味しいものも美味しくはならない。


「僕は麗子一筋だよ。だからそんな顔しないで?」


 僕は妻に笑顔で答えた。そもそも、僕は妻の麗子を愛しているから結婚したのである。

 他の女性に目移りする訳がない。それだけは神に誓って言える。


「も、もう!!たっくんたら!大好き!」


 本来の笑顔に戻ってくれたようだ。やはり私の妻は可愛い。そもそも、昔の妻はこのような嫉妬深い性格ではなかった。

 知らない間にこんなことになってしまったけど、別に嫌いになる理由はないから大丈夫。昨日のような殺されるかけることがなければいいが。

 座席に座るとメニュー表を二人で見た。メニューはスウィーツはもちろんだがサンドウィッチやハンバーガーといったものもある。

 少し塩気のものを食べさせてさらにスウィーツを頼ませるという算段である。


「僕はショートケーキとモンブランにフルーツタルトにするよ。あと飲み物はブラックコーヒー」


「私はレアチーズケーキとアイスミルクティーにするわ」


 僕はたくさん食べたい人間だから多めに頼むけど、太ったりはしない。きちんとトレーニングをしているから、だらしない体型ではないのだ。

 ちなみに妻は前にも言ったように格闘技を嗜んでいたこともあり、戦いを挑んでも返り討ちされるだけである。

 今どきのタブレットでの注文でそれぞれの注文したいものを入力して待つことにした。


「そういえばたっくん。お義母様が今度うちに来たいって言ってたよ?」


「えぇっ?なんでまた…?」


「なんでも新婚カップルの邪魔をしたいんだって」


 うちの母親はそう言う人間である。人をからかうのが大好きであり、特に子供に対しては酷い。

 学生時代麗子以前に付き合っていた彼女の時に家に連れてくるとエロい話やなんやらをその彼女たちにしていく為、だいたい苦笑いされていたのだ。

 恐らく唯一、麗子がうちの母親のそう言った下話が通用しなかった存在である。


「母さんいると面倒だからやだな…」


「どうして?お義母様とっても面白い人じゃない?」


 妻はうちの母親のことが大好きである。なんでも顔が僕とそっくりだかららしいが。

 ちなみに僕には双子の姉妹の妹たちがいる。こちらも僕に似ているからお気に入りらしい。


「いや、母親だから複雑なんだよ」


「今度たっくんの実家に行きたいなー。恋ちゃんと愛ちゃんにも会いたいし」


 恋と愛ていうのはうちの妹たちのことである。今は女子高校生いわゆるJKである。

 実家にいた時は中学生だったが今や高校生とは月日は早いものだ。

 そんな他愛もない話をしていると、注文の品がやってきた。


「よし!来たぞ来たぞ!」


「もう、たっくんたらはしたないよ?」


 はしゃぐ僕を優しく否した。座ってから割と早く来た。

 ショートケーキにフルーツタルトにモンブランどれも輝いており、美味しそうである。

 今朝テレビで見たものと全くおなじいや、実物で見ているからそれ以上である。


「いただきます!」


「ふふ。いただきます」


 しっかりと手を合わせて、まずはショートケーキから一切れフォークで切って口へと運んだ。

 あぁ、美味い…。思わず口が緩んでしまう。やはり行列が出来るほどである。スポンジの程よい甘さとそれをさらに引き立てる生クリーム。そしてそこにスパイスとして加わるイチゴの酸味。

 これぞ王道と言うべきショートケーキ。

 正直ショートケーキの美味しさでその店のレベルがわかる。

 ここはレベルが高い。


「美味しいねたっくん」


「やはり人気なだけあって美味しいね!」



 手が止まらなくなるほどのうまさである。これは後でお持ち帰り用を買わなければ。

 そんなこと思っていると妻が物欲しそうにこちらを見ていた。

 さてはアーンをして欲しいのだろう。少し顔赤らめていて可愛いな。



「はい麗子。あーん」


「っ!!あーん…はむ…あぁ…美味しい…」


 幸せそうな顔をしていた。ケーキが美味しかったのだろう。フォークが間接キスのようになったが夫婦だし気にしない。

 しかし、他の客は僕達を見ていた。この女性ばかりの店で物珍しいカップルであるから注目されるのだろう。


「たっくん。はいあーん」


「あーん…はむ。もぐもぐ…美味しいね!」


 なんて幸せなのだろう。妻と食べるスウィーツ。甘々な空間で他の客はガン見する人もいれば、僕達の姿を見てコソコソと話をしていたり、羨望の眼差しを向ける人がたくさんいた。

 別に他の人を気にする必要はない。せっかくこうやって休みの日に妻と共に来たのだから楽しまなくては、そう思い存分に楽しもうとしたのだが…。


「あれ?斎賀先輩?」


 一人の女性が僕の方を見て声をかけてきた。

 黒髪をポニーテールし、ロングスカートにノースリーブシャツを着た女性。

 顔を見ればすぐにわかった。


雨宮あめみや?」


「どうしたんですか?こんなところに?」


 おいおい、嘘だろ。正直今君にいて欲しくはないのだが、昨日の件があった今日で、せっかく妻の機嫌もかなりよかったのに。

 恐る恐る妻の方を見ていると、明らかに不愉快そうな顔をしていた。


「妻と来てるんだよ」


「あ、奥さんと!すみません。こんにちは私は斎賀先輩の部下の雨宮と申します!」


 僕の務めている会社の部下の雨宮紗季あめみやさきはどこかわざとらしさがある感じで妻へ挨拶をしてきた。

 妻は引きつった笑みで雨宮の方を見ていた。



「あら…?そうだったのね。あなたが雨宮さんね?」


 妻の言うというのは昨日のSNSアプリのチャットで俺に関係を度々迫ってきた後輩のことを言っていたのだ。


「いつも斎賀先輩からは話を聞いてますよ?綺麗な奥さんだって…本当にそうですね?」


 ニコニコと笑っている雨宮であるが、どこか馬鹿にした感じが僕からは何となく見てとれた。


「それはどうも…。で、どうして、たっく…拓真のの人がこんなところいるのかしら?」


「友達と来てたんですよ。そしたら偶然、斎賀先輩を見てしまったので」


 偶然とはえらいことになってしまった。折角雰囲気よく楽しくスウィーツを食べていたのに、暗雲が立ち込めてきた。

 急激に食欲がなくなり、味覚もどこか鈍ってきていた。


「挨拶終わったなら、友達の元へ戻ったらどう?待たせているでしょ?」


「いいえ?お構いなく。友達はまだ食べているので」


 そうして雨宮は指を少し僕達の席より窓の方にいる女の子の方に指してそう言った。

 明らかに何か雨宮は企んでいた。この娘はあのチャットでもたいがい僕に迫ってきているが、会社だとまだひどい。

 よく帰り際に食事に行こうだの遊びに行こうだの家に来て欲しいだの誘われるが、一度ものったことは無い。

 確かに彼女は綺麗で愛嬌がある子ではあるが、彼女をそういう目で見たことは無い。


「それより斎賀先輩…。この後私とどこか行きませんか?」


「いや、君とは行かないよ」


「どうしてですか?」


 どうしても何も、そもそも妻と来ているし。雨宮自身も友達がいるのに一緒に行くわけがない。


「僕は妻と来ているし。そもそも君とは上司と部下の関係だ。そんなことはしないよ」


 その言葉を聞いて雨宮は少しムッとした表情になっていた。妻は相変わらずの不機嫌そうな顔をしているが。


「あなたは拓真にとっては部下でしょ?私たち夫婦生活の邪魔をしないで?」


 妻がトドメの一言を言った。その言葉を聞いた事一瞬ではあるが雨宮の目が本気の殺意を向けていたようであった。

 しかしすぐに切り替わり、ニコニコとした表情で見てきた。


「まぁそうですね。私と先輩はただの上司と部下ですもんね。……今はまだ…」


 最後の方はボソボソとしており聞こえなかったが、雨宮は諦めたのか、こちらに一礼して、「ではまた明日」と一言言って去っていった。

 その後の僕と妻の席はまるでお通夜のように静かになっていた。

 美味しかったはずのスウィーツたちの味が何故か全くしなくなっていたのは、どうしてなのだろうか…。




 帰り道は妻に手を引かれてほぼ無言状態であったが手は繋いでいた。しかしどことなく握っている手が痛みさらに心臓も苦しかった。

 あぁ僕の人生終わったな。そんなことを思っていた。

 しかしどうもこれは家には向かっていない。一体どこに向かっているのだろうか?

 どんどん突き進んでいく妻の顔を見ることは出来ない。

 だって怖いから。直視できるわけがない。

 妻が僕を連れてきたところはなんと、ラブホテルであった。

 ちなみにまだ夕方にもなっていない時間帯である。ラブホテルに着いた瞬間何か嫌な予感がしてきた。


「たっくん…。ここに行くよ」


「は、はい…」


 僕に拒否権などない。手続きも全て妻が行い部屋へと連れていかれた。

 部屋につくと僕は勢いよくベッドの方へと投げ飛ばされた。

 そして上から押し付けられて身動きをとれなくされた。



「れ、麗子?」



「たっくんは私のものたっくんは私のものたっくんは私のものたっくんは私のものたっくんは私のものたっくんは私のもの…」


 世界一怖い愛の言葉を言わたかと思うと僕の口は妻の口で塞がれた。

 どちらかと言うと妻が一方的に僕の口を貪り食うようにして、息が出来ないほどの口付けをしてきたのだ。

 あまりの息苦しさに引き剥がそうとするが、身動き取れない状態にされており、無理であった。


「はぁ…!はぁ…はぁ…。麗子…ちょっと激しすぎるって…」


 今度は無理や僕の服をぬがして顕になった肌にキスマークをつけてきた。首筋から鎖骨、胸、鳩尾、お腹などあらゆるところに私のものと言わんばかりにつけてきたのだ。


「ちょっとやめっ!!あっ…だめ…」


「可愛いたっくん。誰に渡さない…特に女には…


 あの女とは雨宮のことだろう。妻の行為は激しさを増していった。もはやレイプと言ってもいいくらいである。

 僕の意思は無視して僕の身体を貪り食らっていった。


「麗子。大丈夫だよ。僕はずっと君のものだから…心配しないで…?」


 今はとにかく妻を安心させてあげるしか、僕には出来ない。ここで拒絶をしたとしても、妻が余計に傷ついて何をするか分からない。

 妻を抱きしめて僕は妻の頭を撫でた。まるで小さな赤ん坊を安心させるように優しく。


「たっくん大好き…。ねぇ…私もう我慢出来ない…」


「わかった…。いいよ。おいで?」


 僕を見てそう言ってきた妻に答えるように両手を広げて妻の望みを受け入れることにした。




 ◇◇◇


「あの女本当ムカつく…」


 妻だか何だか知らないが、先輩の傍にいるあいつが私は気に食わない。

 私の方が先輩を愛しているのに、どうして先輩はあの女と結婚したのだろうか…。

 そうか、わかった。きっと先輩はあの女に誑かされたんだ。そして無理やり結婚を迫られて仕方なく…。

 うん。きっとそうだ。いやそうに違いない。私と先輩は結ばれる運命なのだから。他の人間が邪魔していいはずがない。

 私が先輩をはやく助けてあげないと、一生あの女の好き勝手にされちゃう。


「あぁ…先輩…。大好きです…愛しています…」


 薄暗く光が入ってこない部屋で私はパソコンの画面を見つめて自慰をしていた。

 パソコンのディスプレイには先輩の色んな姿が写っていた。

 仕事をしている先輩。ご飯食べている先輩。買い物をしている先輩。筋トレをしている先輩。色んな先輩が写っている。

 先輩は私の全てである。先輩が私の生活の一部である。

 私の一途な愛は誰にも邪魔をさせない。もちろんあの女も例外ではない。

 とにかく先輩の妻だとほざいているあの女は始末しなければ…。

 先輩を見ているだけで、私のアソコはキュンキュンして濡れていく。

 あぁ、先輩が欲しい。先輩が欲しい…。

 しかし今衝動的に行動をしても何も変わらない。ゆっくり、じっくりとこちらに手繰り寄せる。

 先輩の写真を見て今は満たされることにしよう。



「あぁ先輩…。はぁっ…。はぁ…はぁ…いつでもあなたのことを見てますよ…?」








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