1.ゲームをしましょう(その7)
メアリーは我を忘れて怒鳴り散らす。
「お黙りっ! この道化めっ!」
彼女は唇を噛みしめながら思った。……覚悟だって? ギャンブル中毒者のくせにこの度胸……。いや、それよりもこの男……! 気付いていたんだ……! アタシの聴覚の秘密に……! いったいいつから? 畜生! マズイぞ……! このアタシが
ガツッ!
メアリーは黒板の3の位置にチョークを突き立てて紳士を睨む。ここに罠があるのか、ないのか。両者の命運はそこに懸かっている。ギャラリーたちの緊張もいや増している。
123
4○6
○8X
メアリーは再びチョークを黒板から離した。最早粉まみれになったいくつもの指輪がやけに重く感じ、彼女の手は盤面の上でふらついた。その時だった。
彼女の耳が、ある現象を捉えたのだ。瞬間、彼女の脳に稲妻が走る。メアリーは記憶の時計を巻き戻して、現在からこのゲームの初めまで、そしてその更に前の光景を思い出そうとした。
やがて、メアリー・アンは心の中でほくそ笑んだ。彼女は肩を上下させ始めると、手と声をこれでもかと震わせながら、対戦相手に言った。
「ワタクシにはッ、分かりますわ……! 分かります……! お、お客様の罠は……、この3番の角に……、ない! ……罠は恐らく……、ここ! 1番……! ……と、見せかけて……! 実はさりげなくここ……! か、ここか、ここか……、ここ……! クッ……! はぅ……!」
彼女は3、1とやった後、2、4、6、8と結局残りの全てのマスをチョークで指すと、両手で顔を覆ってうなだれて、そしてその手の下で、密かに笑いをこらえていた。
……ホホホホホッ! やった! アタシの思った通りッ! 奴の罠は分かった! 聞こえたッ! 聞くべき心臓は、もう一つあった! アイツは見ていた! この男の書いた数字を見てたんだッ! 老いぼれジジイの、トカゲのビルはッ!
メアリー・アンは指の間から目を覗かせる。微笑を崩さない紳士の傍らで、トカゲのビルは落ち着かなそうにしていて、よく見ればその視線を、時々テーブルの上の、紳士が罠の番号を書いた紙に移していた。メアリーは思う。
……ビルは「見張り役」を引き受けて男のそばできょろきょろしている間に、奴の書いた答えを見たんだ! 間違いない! 思えばゲーム中の様子もそんな風だった。そして今、トカゲの鼓動はアタシに全てをバラした! 動揺の仕方で完全に分かる! 向こうの罠の位置は……! 奇しくもアタシと同じ、1番ッ! 即ち3番に罠はないッ! そしてこの時点で……、アタシの勝利は、確定したッ!
メアリー・アンはここで勢いよく顔を上げると、真顔で紳士の顔を見つめ、大げさに深呼吸して言った。
「……ワタクシ……、決めましたわ……!」
大きく腕を振るって、彼女は黒板の3の位置に×を描いた。
ガッガッ!
12X
4○6
○8X
一同は一言も発さずにメアリーの渾身の一手を確かめると、すぐにその対戦相手の方に眼差しを移した。紳士の顔から笑いは消えていて、青い目を大きく開いて盤面を見つめていた。
しばしの沈黙の後、紳士は視線を落とし、メアリーの方を見ないまま、今にも消え入りそうな声でぽつりと言った。
「……セーフ……、です……」
メアリー・アンが歪んだ笑みを浮かべるのと同時に、ギャラリーたちがどよめきの声を上げた。
「通ったッ! まだ終わらないッ!」
「3に罠はなかった!」
「見ろよ! 今度はメアリー様のリーチだぞ……!」
「6番に罠があるのか、ないのかッ!」
トカゲのビルは頭を抱えながら盤面を見てうろたえている。紳士もちらちらと黒板を見ているようだったが、ほとんどうなだれたまま動かなかった。
メアリーは彼らの様子を眺めて、ほくそ笑んでいた。
……ホホホ……! 6番なんかに罠はない。向こうにとっても、そこは大した問題じゃないのさ……。そろそろ奴も気付いてるだろう……。二人とも罠は1に置いてる、ってね……! するとどうなるか……!
★2X
4○6
○8X
……まず奴は6番にマークしてアタシのリーチを防ぐ。
★2X
4○○
○8X
……すると○が5、6に並んでリーチになるから、次にアタシは4に×を入れる。
★2X
X○○
○8X
……その後、奴は2か8に○を付ける。アタシはどっちか残った方に×。すると……、なんと! 奴の最後の一手は強制的にッ! 二人が共に罠に選んだ、1のマスにマークせざるをえなくなるッ!
●○X
X○○
○XX
メアリー・アンは口元を覆い、はち切れんばかりの笑いを隠す。
ホホホホホッ! ほうら! アタシが勝ったろうッ? アタシはこれからも勝ち続ける! 反対に! お前は負け犬のギャンブル中毒者! 多くの連中を見てきたから分かる! お前たちはね……! 心の底では、負けを望んでる! 負けてガッカリするのが好きなんだ! だからこそ! 誰かが張ったアコギな「罠」に、いとも簡単に引き寄せられるのさッ!
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