1.ゲームをしましょう(その6)
白兎メアリー・アンは微笑む紳士を一睨みすると、チョークを手に取り、黒板に向かった。
123
4○6
789
……フン。あわよくばアタシが中央にマークしたかったけど……、仕方ない。さて……、普通の○×ゲームなら、ここで×が2、4、6、8の「辺」に置いちまうと、ダブルリーチにされて負ける。
1X3 1X○ 1X○ 1X○
4○6 4○6 4○6 4○6
789 789 X89 X8○
……よってアタシが置くべきは1、3、7、9の「角」になるけど……。このゲーム……、効果を考えると「罠」はやっぱり、まず間違いなく角だろうね……。フン……。フフッ……。まずは軽く一つ……!
メアリーは紳士の方に向き直り、手で頬を押さえながら言った。
「迷いますわ……! どのマスも危険に見えますもの……! 何か手掛かりは……。そうですわ! お客様は先ほど、6と9の書き方について仰ってましたわね! あの発言の後で……、あえて罠を置けるかしら? この、9番に……!」
カツンと音を立てて、彼女は黒板の9の位置をチョークで指した。若干の間の後、対面する紳士は、黙ったまま笑って肩をすくめた。メアリーはチョークを黒板に付けたまま更に言う。
「この位置は安全……、ワタクシそんな予感がしますが……。大丈夫かしら……? 9にマークしても大丈夫かしら? ああ、行きますわよ……? いきなり負けたりしませんわよね? よろしくって? 行きますわ……、ワタクシここに……!」
ガリ、ガリ、とゆっくり一本ずつ、メアリー・アンが×印を描いた。
123
4○6
78X
宣言通り、彼女がマークしたのは9番。ギャラリーたちは息を呑み、トカゲのビルは歯を食い縛る。そして、メアリーの目をじっくりと見据えた紳士は――。
「……フフッ……! セーフですよ! 罠はありません」
低く抑えられた歓声が上がる。メアリーは鼻から息を吐いて不敵に笑った。ビルはここで彼女が負ける事を望んでいたと、全身で分かりやすく表現していた。
一方で、既に紳士は黒板に体を向け、黙って次の手を考えていた。その様子を見て、メアリーは思う。
……フン……。この男……、落ち着いてはいるが、なかなか悩んでるようだね……。いっそここでアタシの罠にマークしてくれりゃ、話は早いんだがねえ……。ほら! 1番だよ! アタシの罠は1! ほらッ、飛び込みな!
「……ではでは……、私の二手目は……」
紳士は言いながらチョークを持ち上げる。ガリリと音を立てて、彼は丸を描いた。
「通らばリーチ、ってやつですね……!」
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4○6
○8X
彼がマークしたのは7番。罠が張られている可能性も高い、「角」だ。一同の間に緊張が走るが、メアリーだけはすぐに心の中で舌打ちする。
「……フン……。セーフですわ……!」
メアリーが言った。
「フウッ! 危ない危ない!」
おどけてみせる紳士の声は、ギャラリーのどよめきに掻き消された。
「リーチだッ! 揃える気かッ?」
「それとも3番があの人の罠なのッ?」
「オーナーの罠が、3だって可能性もあるぞ!」
「く~ッ! 二人が何考えてるのか知りてえ~!」
白兎メアリーは唇を噛み、対面する紳士の顔を睨みつけた。が、実は彼女は、心の中で笑っていた。
ホホッ! ホホホホッ! ……アタシの罠は1番だから、コイツのリーチが揃えに行ってるのか、それとも罠に誘導してるのか、見抜けなければ十中八九アタシの負け! ……だけど! それはない! アタシが負ける事はありえない! アタシが勝つのは、決まってるのさ! ……ゲームがポーカーじゃなくなりそうになった時、どうしたものかと思ったけど……。この手のブラフ要素があるゲームなら、アタシは無敵! アタシのこの、超人的な『聴覚』さえあれば!
白兎メアリー・アンはその長い耳をぴくりと立てると、正面の紳士の体の中心に意識を集中させた。――トク、トク、トク、トク――彼の胸の鼓動が、離れて立っているメアリーの耳に聞こえてくる。
……
「さあて……!」
メアリーはチョークを手に取ると、歪んだ笑みを浮かべながら言った。
「どうしたものかしら……? このいかにも怪しい3番に……、飛び込むべきか……!」
123
4○6
○8X
彼女は音を立ててチョークを3のマスに押し付け、じっと紳士の反応を探る。
「……それとも、スルーして他のマスに行くか……!」
チョークを持った指輪だらけの手が、黒板の他のマスの上を泳ぐ。紳士は緊張の面持ちながらも、その口元には微笑を浮かべている。ギャラリーたちは固唾を飲んで見つめている。メアリーは再び言った。
「3に打つか……! それとも、ほ・か・の・と・こ、にするか……!」
彼女はチョークを残りのマスに一箇所ずつ当てていく。が、紳士の心音に、ほとんど変化はなかった。
……チッ……! この男……、ひょっとして自分の状況が分かってないのかい……? 平然としやがって……。なら、分からせてやるよ……!
「お客様……!」
メアリーはチョークを手元に戻し、自分の胸元から複雑な形の鍵の束を引っ張り出した。それを叩きつけるようにテーブルに置くと、彼女は笑顔で紳士に言った。
「ここで勝負が決まってしまうかもしれませんものね。これが当店の、金庫室の鍵ですわ。お客様が勝てばお望み通り、このカジノの全てをモノにできますわ!」
一同がざわめく。トカゲのビルも生唾を飲み込んだ。メアリーは続ける。
「一方……、もしこちらが勝った時の……、お客様への罰ゲームとして……。ワタクシようやく、思い付きましたの。……『ショー』に出演していただこうかと……! かつてない趣向を凝らして、どんなにチケットを高くしても満員御礼は確実! コストもほとんどかかりませんわ。用意するのはロープとナイフ、それから煮詰めた海水だけ!」
メアリー・アンは興奮で顔を赤らめながら、声を大にして言った。
「『皮剥ぎショー』ですわッ! お客様をロープで吊るして、生きたまま皮を剥ぎッ! ただれた剥き出しのお肉に! ギャラリーが塩水をブッ掛けるッ! お客様が絶命するまで、何時間でもショーは続きますのッ!」
周囲の者たちは絶句し、立ちくらみを覚える者もいた。が、大多数は薄ら笑いを浮かべ始め、好奇の視線で紳士を見つめた。紳士は流石に顔を引きつらせ、その隣のビルは口元を手で覆って、こみ上げる吐き気を抑えていた。メアリーは笑って声を掛ける。
「ホホッ! ごめんあそばせ! 時は金なり。さっさとゲームを終わらせましょうか!」
兎のメアリーは再びチョークを握り、紳士の心臓に意識を向けた。が……。
この男ッ……! これだけカマシたのにッ……! ほとんど動揺してないじゃないかッ!
メアリーが心の中で叫んだ通り、紳士は到って平常心のようだった。むしろ反対に、動揺し始めたのはメアリーの方だ。
「お客様っ……! よろしいんですのっ……? マークしますわよっ? ほら、ここに! ……いいえっ、やはりここに! いえ、やっぱりこっちっ! 裏をかいて、ここ! ここはっ?」
メアリーは怒鳴りながらガツガツとチョークを各マスに打ち付けるが、紳士は平然として微笑んでいる。ギャラリーたちは
「……『覚悟を決めた者の胸の内』……、それは、『演奏会直前の音痴の子』に似ています……。その心は……」
メアリーははた目にも分かるほど混乱している。そんな彼女に、紳士はウインクをしながら言った。
「『トックンしても変わらない』ってね!」
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