1.ゲームをしましょう(その5)

 ♠ ♥ ♣ ♦


 ゲーム名『Tic-Tac-×Trap

 プレイヤーはお互い一箇所ずつ「罠」の位置を決め、紙に書くなどして相手に分からないようにした状態で、三目並べ、即ち○×ゲームをする。

 相手の、あるいは自分の罠のマスにマークしたプレイヤーは、その瞬間に敗北が決定する。

 罠をかわしてマークを一列揃えるか、相手を誘導して罠に嵌めれば勝利となる。


 一同はカジノの三階にある、高レート客専用のポーカールームに移動していた。一段と豪華な調度品やバーカウンターを備え、中央のポーカーテーブルの外側は手すりで仕切られている。そのテーブルと手すりの間に、この空間には似つかわしくない、足付きの大きな黒板が持ち込まれた。黒板の右側には挑戦者の紳士が立ち、左側にはカジノオーナーのメアリー・アンが、二名の警備員を後ろに従えて立つ。

 ルールの確認が終わると、紳士は改めて黒板を綺麗にし、チョークを持って大きく#の字で面を区切り、次のようにマスに番号を振った。

 123

 456

 789

 続けて紳士は懐から手帳とペン二本、ポケットからコインを一枚取り出す。コイントスが行われ、先攻は挑戦者の紳士と決まった。

 ここまでのやり取りは粛々と行われ、手すりの外側に缶詰のイワシのように隙間なく集まったギャラリーたちも、ほとんど言葉を発しなかった。紳士はコインをポケットに戻すと、手帳のページを破いて二枚の紙切れにし、メアリーに言った。

「……では、早速書きましょう。勝負の鍵となる、『罠』の場所の番号を……!」

 メアリーは黙って紙とペンを受け取る。紳士も自分の分の紙とペンを握りしめると、ポーカーテーブルの端に半分かがんで、それからきょろきょろと周囲を気にしだした。

「……えーっと……。あっ、いたいた。ビル! トカゲさん!」

 紳士は群集の中で固唾を飲んで様子を見守っていたビルを見付けると、彼を手招きで呼び寄せた。ビルは慌てて他のギャラリーを搔き分け、手すりの内側にやってきて言う。

「旦那っ、どうしたッ?」

「見張りをお願いしたいんです。大事な数字が覗かれないように」

 紳士は言いながらちらりとメアリーの方を見た。

「なるほどッ。任せろ……!」

 そう言うとトカゲのビルは、メアリーや周りの警備員や客を、睨みつけるかのように注視して回った。その様子を見て、テーブルの反対側のメアリーが嘲笑う。

「ホホッ! 随分な疑われ様ですこと! こちらこそ、注意しなくちゃなりませんわ。お前たち、いいわね!」

 警備員たちが気を引き締める。紳士は微笑みながら言った。

「念のためですよ、念のため。あっ、そうそう、6と9に関しては、きちんと分かるように書いてくださいね!」

 それからしばしの間、両者は頭をひねりながら、「罠」の設置位置を検討していた。紳士は考えながら独りでブツブツ言うので、そばで見張りを続けながらそれを耳にするビルは、どうにも落ち着かない。やがて、彼がちらりと紳士の方を見ると、ふいに紳士と目が合った。紳士はウインクを一つする。思わず目を逸らすビル。

 紳士はちょうど数字を書き終えたらしく、ペンを置いて紙切れを小さく畳むと、その上にペンを置き直して重しにした。そしてほとんど同時に、メアリー・アンも乱暴にペンを置き、紙を畳んで警備員の一人に預けた。

 対戦者二名は共に不敵な笑みを相手に投げかけながら、真っ直ぐ立ち上がった。ギャラリーがざわつき始める。トカゲのビルは息を呑む。

「準備は整いました!」

 紳士が声を大にして言った。

「後には引けない! 先は読めない! 全てを賭けた、イカレた遊び! さあ! ゲームスタートです!」

 紳士はチョークを手に取り、緊張の面持ちを黒板に向ける。

「先攻は私……。では……!」

 ビルが歯を食い縛りながら考える。……一手目で相手の罠に掛かっちまう可能性もある……。確率九分の一……、いや、自分の罠の位置にはマークしないから、八分の一か? とにかく、ここで終わる可能性もある……。神様、ルイス・キャロル様……! どうかそれだけは……!

 ギュンッ!

 紳士の指先が力強く円を描く。彼がマークした位置は――。

「いっ……! いきなりド真ん中にッ!」

 ギャラリーたちが叫んだ。そう、先攻の紳士が丸を付けたのは、九つあるマス目の中央だった。

 123

 4○6

 789

 流石のメアリーも唖然としている。ギャラリーたちは黒板を見つめながら口々に喋った。

「そりゃあ……、マークを揃えようと思ったら、縦横斜めに影響力を持てる真ん中が有利だろうけど……」

「チェスと同じじゃな。センターを支配した方が勝つ……」

「けどだからこそ、相手が罠を張ってる可能性もありまくり! それをあの兄ちゃん、ためらいもなく……!」

「実際どうなんだッ? メアリー嬢の罠は……!」

 メアリー・アンは薄ら笑いを浮かべ、それから大きく息を吸った。

「……ホホッ! セーフですわ……!」

 罠はなし。ギャラリーたちはどよめき、トカゲのビルは大きく溜め息をついた。チョークを置いた紳士の顔にも、安堵の表情が浮かぶ。彼は言った。

「やれやれ……! 心臓に悪いゲームですねえ。いったい誰が考えたんでしょう? フフッ! なんちゃって。……さあ、オーナーさん、次はあなたの番です」

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