第31話 日常
私はまつりの葬式に参列しました。喪主を務めたのが彼女の父親ということもあり、彼の性格が反映されたのか形式的な葬儀というか、通例だからとりあえず行っているといった雰囲気を私は感じました。速報として大々的に報道された事件であったこともあるのか、式場付近には報道関係者と思われる集団が見受けられましたが、詳しいことは私にはわかりません。あの日以来あらゆる情報が、まるで私自身が透過しているかのように実体なく通り過ぎ、現実の出来事として認識できていませんでした。あまりにも私の感情と現実が乖離しているせいか、ニュースの類は避けるようにしていました。
遺影は中学校の卒業アルバムの個人写真でした。おそらくここ半年以内に撮影されたであろう写真を、私は一度だけ目にしたことがあります。中学校の卒業式後にいつもの柏駅前にて、今の時代はもう筒ではなくファイルスタイルになった証書入れを手にしながら、彼女は私に卒業アルバムを見せてきたのでした。そのときのことを思い出しつつ、その写真が目の前にある現実に奇妙さを感じ、思わず眉をひそめてしまいました。
参列者は多くありませんでした。元々彼女は不器用過ぎてうまく人間関係を築けない性格をしていましたので、その少なさは納得できてしまうものがありました。彼女と同じ高校の制服を着た若い子を幾人か見かけましたが、この子たちも特段親しかったから参列しているというよりは、同じ学校に通い見かけたことがあるから一応参加しているといったていであり、深く悲しんでいる様子はありませんでした。入学して一か月程度の浅い関係ということもあり、仕方のないことなのかもしれません。
そんな葬式にしては沈痛な空気ではないこの場所にて、唯一と言っていいほどに沈んだ表情をしている人物がいました。まつりの高校の制服とは違いセーラー服を着たその少女は綺麗な巻き髪をしていて、きっと普段ならいかにも女子高生といった具合に派手な子なのだろうと想像ができました。まつりに彼女のような知り合いがいたのだろうかと思ったところで、ふと、思い当たるものがありました。
もしかしたら、あのセーラー服の少女は、まつりのいじめ事件において語られた元スクールカースト頂点のA子ではないだろうか。実際にA子の容姿について語られていませんでしたけど、後味は悪くも最終的には和解したことですし、参列している誰よりもまつりと深い関係だったと言えるのかもしれません。もっとも、相対的に深い関係であるだけで、特別に親しいという間柄ではないと思われますけど。
私はA子と思われる少女とすれ違うだけでした。まつりという共通した関係はあるものの、きっと私が知っているまつりと少女が知っているまつりは別人であり、故人について語り合ったとしても話は噛み合わないでしょう。そもそも向こうは私の存在など知っているはずもなく、私としてもまつりにとって自分がどのような間柄なのか説明することが難しかったので、そのままお互い関わることなくその場を離れていきました。
一通りのことを済ませて、私は早々に式場をあとにしようとしました。葬式とは故人との最後の別れの場といった意味合いもあるでしょうけど、私としてはこの場に長くいたくなかったのです。私には未だ彼女が亡くなった実感がありません。ただ情報としての事実を突きつけられて、現実に流されるまま彼女の死に対応を迫られているだけであって、心としては全くもって亡くなったことを受け入れられていませんでした。いったい誰の葬式をしているのだ、といった感情が私を支配していて、その名状し難い違和感のようなものが気持ち悪すぎて早くこの場から逃げ出したい、といった気分になっていました。
ですが実際に式場から出たところで、私は呼び止められました。振り返ると、まつりの父親が機械のような無表情のままその場に立っていました。喪主が式を抜け出していいものだろうかと思いましたが、抜け出すほどまでに何か私に用でもあるのだろうかと、少しだけ身構えました。
彼は「ありがとうございます」と言いつつも頭は下げず、言葉だけの謝意を私に伝えてきました。
その謝意は一体何に対してのものだろうか。血の繋がりはなくとも自分の娘であるので、生前親しくしてくれて感謝しているといった意味なのか。それとも忌まわしい子供が亡くなったことで、自身の呪縛が解消されたことによる独りよがりな意味なのか。ようとしてその謝意の真意は知れませんでした。だがこの男の歪な性格を知っている私としては、どうも後者の意味合いではないのかと直感で思い、そのことに言い知れない怒りの感情が沸き起こりました。瞬間的に殴ってやろうかと思ってしまうほどに。ですが実際にそう発言しているわけでもありませんでしたので、私の煮えたぎる感情は自分の中で押し殺しつつ、軽く頷く程度の反応をしてから踵を返し、私は振り向くことなく式場をあとにしました。
葬式を終えてからも、私の毎日は動き続けます。どことなく虚無感を抱きつつも、私は通常通り仕事をこなしていました。一日の仕事を終え柏駅に戻ってくると、帰路の途中にある閉店した百貨店のシャッター前に彼女がいるのではないかと思えてなりませんでした。彼女の姿はありませんけど、でも少しだけ待っていれば現れるのではないかと感じ、実際にシャッターの前に佇み夕日に染まる柏の街を眺めていました。彼女が現れることはありませんでした。
この場所を通りかかる度に、彼女の存在がリフレインします。二人並んでシャッター横の枯れた噴水に腰を下ろして雑談した日々。楽器の話もしたし、音楽の話もした。小説の話もして、学校の話も聞いた。抱いた将来の夢に目を輝かせているところも見た。相談もしたし慰めもした。お互いに自身の深層部分を語り合って理解し合ったことで、掛け替えのない存在へと変わっていったことなど。
そして一番印象的なのは、彼女がこの路上にいたわけ。
彼女は小さな身体で大きなアコースティックギターを抱えて、自身の生い立ちからくる思想を歌にしてアウトプットしていた。その演奏は最初のうちは拙く聴くに堪えないものでしかありませんでしたけど、そこには確かに強い意志があって、「わたしがわたしである」という主張をしている姿に広い意味でのイデオロギーを感じたのでした。その演奏も時とともに洗練されていって、時間はかかったものの幾人かの見知らぬ通行人を立ち止まらせ、心に響かせられるようになってきていました。
そういったことを、この柏の街の片隅にある、寂れたシャッター前から感じ取るのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます