第13話◇日暮れの学校


 窓枠に手をついて、外を眺める。外は夕方、日が沈む。優しいオレンジの光りが街を染める。上空には星がちょいちょいと顔を出しはじめて、地上からはゾンビのうぁーとかうぅうーとかいう声が聞こえる。お前らずっとうろうろ歩いてるけど、疲れないのか? 景色を眺める以外にすることも無い。


「小山さん、これからどうしましょう」

「吉野君はどうする? というか、どうしたい?」

「んー、ここにいてもすること無いんで、外に戻りたいですね。最初のここに来る目的は果たしたのだし」


 俺ら二人だけなら、外の方がサバイバルしやすいからな、吉野君、声をひそめて、


「自分ら二人だけでここの人数を賄う物資を探して運んでくるのは無理でしょう?」

「そうだなー、かと言って俺ら二人で下のゾンビを全部かたずけるってのもなー」


 その場合、校庭のゾンビだけで無くここから物資のありそうなところまでの、道路上のゾンビもかたずけないと。ここの人らが自力で物資をとりに行けるように。無理じゃないかもしれないが、そんなことはえらい時間かかるだろうし、しんどそうだ。


「救助、来ますかね。来ないとここは全滅ですよね」

「ここだけじゃ無いんだろうよ、他の場所でも同じように閉じ込もって救助待ってたりするんじゃねーかな」


 教室の扉がノックされる。コンコンコンコン、はいどーぞー、


「失礼しやす」


 ヤクザ来室、手に毛布を持ってきた。


「これ、使ってくだせぇ。こんなものしか用意できませんで、すいやせん」


 充分ですよ、床に寝るよりははるかに上等。気がきくなヤクザ、顔に似合わず。


「それと、これなんですが……」


 ヤクザが差し出したのは、俺らが持ってきたリュックとバッグ、の成れの果て。うわお、リュックは肩紐取れてるし、バッグはチャックが壊れて破れている。どんなバトルに巻き込まれていたのか、


「うーわ、これ見たら三階に登りたく無いですね」

「だなー、まだなんか隠しもってんじゃと疑われて襲われるかもな」


 ヤクザ、平謝り。


「ホント、すいません」

「謝らなくて、いいですよー。あなたのせいじゃ無いんですから。でも、たいへんですね。来たばかりでここの人達の苦労もわからないけれど」


 吉野君がヤクザを慰めてる。見た目の怖さには慣れたのかな。まぁ、破れたバッグでも枕ぐらいにはなるか。もともとがデパートの無料セールのものだから、また取ってくりゃいいし。


「兄さんらには、本当に感謝してます。これでワシら、もう少しは粘れますんで」


 ヤクザは何度も頭を下げて、三階に戻って行った。吉野君は不思議そうに、


「見た目怖いけど、ずいぶん礼儀正しいというか腰の低い人ですね」

「相手を上と見たら礼儀正しく、下と見たら尊大に、いかにも体育会系ヤクザらしいじゃないの」


 これまでの社会がガラリと変化したのだから、生き残るためにはいろいろ考えなきゃならん。元ヤクザだろうと元消防隊だろうと元保健の先生だろうと。その結果、いろいろと変わったのだろう。暴力で取り締まってるだけでヤクザのグループ内での役割は警察みたいなことなんだろ。

 こうして知りあってしまうと、見捨てることに気分の悪いものを感じてしまう。だからと言って、同情だけでなにができる?


「小山さん、大量に水と食料運ぶなら、自動車とかでどうでしょう? 道に落ちてて使えそうなの探して」

「俺、一応、運転できるけど? 慣れてるのはフォークリフトだけど」


 倉庫での仕事中に覚えた。倉庫内は道路じゃないから道交法適用外。だから無免許でも問題無い。仕事の為なら無免許運転が当たり前ってのは日本の文化だ。自動車はアームのついてないフォークリフトだろ? だったら簡単だろ。


「じゃ、トラックとかで、ゾンビ撥ね飛ばしながらで、デパート、コンビニ回って集めて来るのは」

「吉野君、やる気出てきた? 俺はとんずらしようかとも考えてる」

「まー自分らだけなら、その方がいいかもっていうのも解ります」


 俺はここに長居して、上のあの子と接触するのは避けたい。そのためには何か理由つけてさっさとここを出て行きたい。また、うがーとなっちまう。


「明日はここを出るか、水と食料とってくるってことで」

「わかりました。ここを出て話したいこともありますからね」


 俺らの身体のことね、ここで話してるのを聞かれて、ゾンビ扱いされて退治されたくは無い。


「じゃ、今日は早目に寝るとするか」


 なんのかんのとあって今日は疲れた。


「小山さん、明日、ここを出る方法とかは? 必要なものの準備とかは?」

「今日と同じようにで、いいんじゃない?誰か音楽プレーヤー持ってないかな。」


 吉野君少し考えて、


「……そうですね、ハシゴはあるし、音を出す道具さえあればいいんですよねー、準備というほどでもない」

「だろー」


 毛布を敷いてその上に寝る、畳んだバッグを枕にして。静かになると、階下のゾンビの声が聞こえてくる。うるさくは無いが耳障りだなー。


「ゾンビって、やっぱり寝ないんですねー。昼も夜も歩き回ってんですね」

「不眠症なんだろ。この先、どうやって生きてくのかで悩んで、ローンの支払いの心配とかで夜も眠れないんだろうよ」

「あー世の中こうなっちゃうと、就職も年金も今までどうりにはいかないから、不安になるのも解りますねー」

「気をまぎらわそうにも、カラオケも映画館もやってないし、テレビもなければインターネットも無いし」

「散歩以外、娯楽が無いのは寂しいですね。それはそうと、上は静かですね。話声とか聞こえてこない」

「動かないようにしてカロリー節約、おしゃべりのネタも使い果たして、テレビも無いから新しい話題も無い、てとこかなー」


 ケガを治療には専門知識と専門の道具が必要で、規律を守るには人殺しを見せつける暴力が必要で、おしゃべりするにはテレビかネットで最新の話題が必要で。

 あれ? 人間ってこんな弱っちい生き物だったっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る