その十一 丹野有紀子サーガ(上) 殺人よ、こんにちは ~殺す者と殺される者~


 赤川次郎の作品において、探偵と犯人の違いは驚くほど僅かである。

 アウトサイダーが主人公であるとか、犯罪者が事件の謎を解くという展開が多いとか、そういう事とは違い、罪を犯すキャラクターと謎を解く立場のキャラクターの関係性が、非常に近しいのである。


 『殺人よ、こんにちは』はそんな赤川次郎の特徴が非常に良く出た長編である。

あらすじは、主人公・丹野有紀子は自分のパパはママが殺したのだという事を知っていた。ママは若い男とさっそく婚約し、主人公の周囲には事件が起こり始める…、という話。

 角川文庫版の解説で、千街晶之氏は赤川次郎の初期を代表する傑作と評しているが、その意見には同意する部分もありながら、やはりこれが代表作となる赤川次郎はおかしいと思うのである。

 この作品を最初に読んだとき、「正直あらすじはどうでもいい。この本の魅力は主人公・丹野有紀子の魅力が全てであると言い切ってもいい」と思っていた。

 実際有紀子の存在感はすさまじく、徹底して乾いた観察眼と大人への厳しい態度、そしてこの世は全て退屈しのぎのために出来ているという人生観を持っている。強烈な個性ばかりが出てくる赤川次郎作品の中でも屈指のキャラだ。そんな有紀子の一人称を通して、愚かしくも残酷な悲喜劇が彼女の母親・婚約者・叔父・親友などの間に繰り広げられるのだから、それが一番目に付くのは当然だろう。

 しかし、読み直して見ると今作は有紀子以外も十分おかしい。四十歳を過ぎていながら娘よりも幼く危うい部分を持つ有紀子の母や、そんな彼女をひっかけるプレイボーイの金沢。そして典型的なダメ男である有紀子の叔父など、登場人物の大半が非常に危うい。

 この危うさこそが、赤川次郎の「ある特徴」を表している。

(この先今作のネタバレがあります)




 今作は「赤川次郎としては」本格ミステリとして良くできた話である。作中で起ったある殺人事件を実際に解くのは主人公の有紀子なのだが、本筋はそこではない。

今作は主人公・母親・母親の婚約者・叔父・使用人といったメインキャラクター全員が実際に何らかの罪を犯しているというかなり混沌とした展開なのである。前項で「シームレスに殺人を犯す人々を時にユーモラスに、あるいはエキセントリックに描いてきた作家」と赤川次郎を称したが、それが最も顕著に出た作品が『殺人よ、こんにちは』だといえる。

 ラストで自分の親友を傷つけた母の婚約者を、罠に嵌めて殺してしまう有紀子の姿は、赤川次郎の描く女性主人公のダークサイドな一つの頂点である。

 この探偵役でもある主人公が一方で殺人を犯してしまうという境界のあいまいさ、罪を犯す者と追う者の異常な近さこそが、赤川次郎が赤川次郎たる大きな特徴なのだ。


(ネタバレ終わり)


 しかし、有紀子の物語はこれで終わらない。

 彼女が自分の罪と向き合うのは、作中時間で三年経った『殺人よ、さようなら』でのことである。


書誌データ

1983年3月角川書店

1984年6月角川文庫

2007年8月角川文庫(赤川次郎ベストセレクション7)

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